7 祭典(2)
祭典にやってきた私たちは、思っていた以上の人の多さにたじろいだものの、折角だからとその平和の祭典を身体いっぱいで楽しむことにした。
次は、たこ焼き屋さんを目掛け、もしその途中で気になるものがあったら寄る、ということになった。
まず、藍朓くんがビールの文字を見つけて手を挙げる。「また藍朓さん?!どんだけ楽しんでるのよお」
「いいだろ別に!たまには昼から飲んだって!」
「そういうことじゃないよ!あ、でも酔って里穂子にくっつきたくなるか・も・ね…」
「ばぁか言ってんじゃねえよ!」
「橙次さんも飲んだらどうですか?折角だから…」
橙次さんは理性と戦っていたが、顔からは嬉しさが隠しきれていなかった。
「そういえば、灯さんは酒飲めるんすか?」と藍朓くんに言われる。
私はこの質問を心待ちにしていたように少し溜めてから言った。
「…大好きです」
2人から歓声が上がったので、並ぶことにした。
「里穂ちゃん、私たちだけごめんなさい」
「飲んで飲んで!灯ちゃんが飲むところ見てみたいし〜。うふふふ、それより私は藍朓さんが酔っちゃってあんなことやそんなこと…いやーんもう!灯ちゃんたら!」
と肩を叩かれる。ちなみに私は何も言っていない。
比較的すぐに買うことができ、簡単に乾杯をして飲みながら歩くことにした。
「…ぷはー!これが祭りの醍醐味だよなあ」
「里穂子は何かいいものあったかー?」と橙次さん。
「ぐふふ、え、なに?私?うーん…」
橙次さんの顔が少し歪んだのが分かった。
「あ!たこ焼きあったよ!!ヒロユキ!」
「ビッ、ビビー!」
「里穂ちゃん、先にたこ焼きでいいんですか?」
「いーよぉ!まだまだこれからいっぱいお店ありそうだし」
ビールとたこ焼き。
昼間から私たちはこんな贅沢をしていいものだろうか…
昨日は敵と戦って緊張感のある時間を過ごした。だけど今はテーマパークに来たような気持ちになっている。
ヒロユキくんは本当に嬉しそうにたこ焼きを食べている。持って帰ってしまいたくなる可愛さに手が震え、隣の里穂ちゃんに「?」という表情で見られた。
みんなで2パックのたこ焼きを分け合ったあと、再び大通りを進んでいると。
通り過ぎようとした屋台に無意識に目を惹かれていた。(飴細工…)
幸か不幸か、ちょうど私から見える位置で店主の職人さんが器用に飴を延ばしている姿が見える。その飴は弧を描いたり曲げられたり、また延びたり。次の瞬間には可愛い犬の形になっていた。
「わあ…すごい!皆さん……あれ、」
嫌な予感を感じたのと同時に、また大きな音が響いた。
「…さあ、お祭りを楽しんでいる皆さんに朗報です!スペシャルゲストの〜…さんに続き、何とあの有名男性シンガー、〜…さんが登場します!!こぞって大ステージにお越しください!!」
という、アナウンスが流れたとき どっ、と波のように列が動くのを肌で感じた。
潰される。
これはまずいと思い、私はなんとか人の列から外れ、飴細工の屋台の前にあったスペースに落ち着いた。
(待って…みんなを探さなきゃ)
完全にはぐれてしまった。
目を凝らしてみるが、1番目立つはずの風助くんの姿がどこにも見当たらない。
「ど、どうしよう、私…なんて事を」
深呼吸をし、ひとまず人の波が落ち着くまでその場でみんなを探すことにした。
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「ねーねーお兄ちゃーん、ビールって美味しいのお?」
「里穂子にはまだ早えよ。にっがーーーいの」
「うええ…」
「てあれ?里穂子お前、灯ちゃんは?」
「えっ?!え?!あれ?!さっきまで私の隣に…え、嘘、どうしよ」
「なに?!灯さんいねえのか?!」
「いない…どうしよう、さっきは手繋いでたのに…」
「ビール持ってたんだからしょうがねえだろ。風助ー、灯ちゃん見えるか?」
「待て、探してみるぞ…」
とその時、またでかい音でさっきのアナウンスが流れ、それに反応した人が押し寄せてきた。
俺たちもはぐれそうになるぐらい凄まじい波で、なんとか全員で近くの屋台の横に避難できた。
「ど、どうしよう…風助、灯ちゃんいた??」
「いや、いなかったぞ…」
「くそ、俺探してくる。みんなはここで待っててくれ」と言い風助をおろす。
「待ってお兄ちゃん!私も行く…!」
「里穂子はここで待ってろ」
「でも!」
「駄目だ!お前もはぐれるかもしれない。俺1人の方が早く動けるし、待っててほしい。藍朓、みんなを頼んだ」
「おう、絶対灯さん連れて戻ってこいよ」
「当たり前だろ!」
人波に逆らうように来た道を戻る。
たこ焼き屋までは確実に一緒にいたから、その間にはいるだろう…いてくれ。
人波はどんどん強くなっている気がする。集団の力は怖い。俺1人でもふらついてしまいそうになる。
心臓の鼓動が速くなってきた。
「どこかに避難してるよな…」
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今すぐここから動きたい。身体と心がそわそわして、行かなきゃいけないという気持ちと、行ったら余計はぐれてしまうかも、という気持ちがせめぎ合っていた。
私は本当に何をしているんだろう。細心の注意を払おうと皆で考えていたのに…あろうことか、自分の意思でみんなからはぐれてしまうなんて。
楽しそうに話してる声、お祭りの音、それらが耳に痛く響く。
私は、考えた。このままここにいたら、もしみんなが探してくれていたとしても、気づいてもらえないかもしれない。だとしたら、自分からアクションをとっていたほうが会える確率は上がるのではないだろうか。思えばこの時は冷静になればもっと適切な判断ができたのかもしれない。だけど、半分混乱している頭ではこの答えが精一杯だった。
もし会えなかったら、街の中を探せばいい。みんなもきっと街の中にはいるはずだから。
決心した私は、意を決して人ごみの中へ戻った。
やっぱりさっきよりも勢いが増していて、自分もステージへ誘われるように人の波に任せるしかなかった。
身体が苦しい。でもそんなことよりみんなに会いたい気持ちが強く、どうでも良くなっていた。
なんとか辺りを見渡すが、私の目の前に大きな男の人がいるため、前を見ることができない。
そして、距離を保っていたのに、後ろに押されたはずみで男の人にぶつかってしまった。
「す、すみません!」
「ん〜? 可愛いお嬢さんだね、1人なの?」
…怖い。すごくお酒の匂いがする。相当酔っているようだ。よく見ると、隣にも仲間と見られる人がいて、にやにやしながら見下ろされている。
「いえ、人と待ち合わせしておりますので…」
「ふーん?そうには見えねえけどなあ。そうそう、折角だし、一緒に抜け出さない…?」
依然立ち止まれないので、男たちのほうへ進んでしまう。危機感を感じた私は、逃げるために無理やり道を逸れようとした。
だけど、大男に腕を掴まれてしまった。
「どこ行くのお嬢ちゃん。悪いことはしねえからさあ…な?」
怖い!!
咄嗟に振り払おうとした瞬間、腕にもうひとつ感触が伝わった。
「………!!!」
「…この子に何か?」
聞き覚えのある、いつもの声。
「あ?だれだよお前…
ちっ、男連れか…行くぞ」
「…と、橙次さん」
「灯ちゃん、来て」
橙次さんが人ごみを強引にかき分け、それに着いていく。その後ろ姿と強く掴まれている腕に、まだ安心感は感じられなかった。
(ぁあ…怒らせてしまっている)
そりゃそうだ、勝手にはぐれて、かと思えば男の人に絡まれて。迷惑しかかけていないじゃないか。
やっと人ごみから外れ、少し静かで人気の少ない道まで戻ってきた。
私の腕はまだ掴まれたままだ。
「………橙次さん、ごめんなさい」
「…怪我はない?」
「ないです…あの、本当にごめんなさい!」
橙次さんの手が離れる。
「屋台を見ていたら、しばらく見入ってしまって気づいたら1人になっていて…」
「…」
「…人ごみからは抜けた場所に居たんですけど、動いた方が会えるかなって、それで…」
「…そのままそこにいてほしかった」
「…そうですよね、ごめんなさい」
あの時の自分の判断はやはり間違っていた。自分の考えの浅はかさを思い知らされる。
「本当に心配だった。俺でも狼狽えるぐらいの人の波で、もし潰されてたらどうしようと…」
「…」
「見つけたと思ったら、男たちに連れて行かれそうになってて、心臓が止まるかと思った」
「すみません…」
「ひとりで逸れちゃってきっと不安だろうなと思ってた…でも、まさかナンパをされてるとは思わなかったよ」
だんだん低くなっていく橙次さんの声。
その言葉に、私はかぁっと顔が熱くなるのを感じた。
「…私だって!好きで声かけられたわけじゃないです…!!」
はっと気づいた時には、もう遅かった。後悔した。違う。こんな事を言うつもりじゃなかった。
険悪な空気が流れるのを肌で感じる。
橙次さんはわざわざ探しにきてくれたのに、反抗するなんてまるで子どもみたい、最低だ。
どうしよう、会えたのに。話したいのはこんな事じゃないのに…悔しくて涙が出てくる。
口を開きたいのに、次の言葉が出てこない。
「…ごめん、俺も言い過ぎた。灯ちゃん怖い思いしたのに蒸し返すような事言うなんて」
「違っ…います!私が悪いんです」
「とりあえず終わった事だから、誰が悪いか悪くないかはやめよう。灯ちゃんが無事でいることに変わりないんだから」
「…」
「ただし、これからは立ち止まりたい時はちゃんと誰かに言うこと。いい?」
「はい、絶対言います…!」
橙次さんが長い息を吐く。
「よし。じゃあみんな待ってるから、そろそろ戻ろう」
「橙次さん、助けてくれて本当にありがとうございました」
すると、橙次さんの顔から力が抜けたように、いつもの表情に戻った。
「ん、もういいよ。 ところで、何に見入ってたの?」
「あ…えと、飴細工に」
「ぁあ。確かそんな屋台通ったかもしれないな。それは見ちゃうなあ」
私の罪悪感を洗い流してくれるかのように優しい言葉をくれる橙次さん。
「じゃあ、みんなのとこ戻る前に一緒に行こうか」
「え?でも」
「ちゃんと見れなかったでしょ?それとももういい?」
「…行きたいです。でもみなさんが」
「だーじょぶだーじょぶ、少しぐらい待たせても。友達だし」
橙次さんの言葉に甘えることにさせてもらった。
戻ったらすぐに謝ろう。
「あ、そうだ」
「?」
何かを思いついたように橙次さんが言う。
「戻るまで、ここ掴んでて」
と言い、シャツの裾に私の手を持っていく橙次さん。
「わ、わかりました…」
「よおーし、突入するぜい?」
幸いなことにさっきまでの人波は無くなっていた。それどころか、大半の人がステージのほうへ向かったのだろうか。かなり歩くスペースができている。
「…空きましたね」
「…そうだね」
これなら普通に歩けそうなので、掴んでいる服の裾から手を離す。
だが、再び私の手は裾に戻されてしまった。
「え、なんでですか?」
「このままね。………怖かったの。俺が」
「……はい」
少し照れたような顔をした気がする橙次さんの顔が焼きついたまま、橙次さんの少し後ろを歩く。
さっきまでとは違う後ろ姿に、もう不安は感じない。屋台がたくさんあるのに、私はいつまでも後ろ姿を見つめてしまっていた。
「は、あそこです橙次さん!飴細工のお店がありました」
「本当だ」
「ほらあの人、さっきはあっという間に犬の飴を作っていたんですよ!今度は何かなあ…橙次さんは何だと思いますか?」
「んーー……鳥?」
2人で予想をしながら、次々と形が変わる飴を見る。ふと横にいる橙次さんを見ると、その手捌きに感心したり、笑顔になったりしていて、何故か心臓がぎゅっと速くなるのを感じた。
「…?」
できたのは蛇だった。
「蛇かぁ〜!全然違った」
まるで博打で外れたようなリアクションをとる橙次さんがおかしくて、ふふっと笑った。
「さて、何が欲しい?」
「えっ 買っていいんですか?」
「もちろん。そのために来たんでしょ?」
「えと、じゃあ…その蛇の飴、もらえますか?」
「いいよ〜!400円ね」
職人のおじさんから飴を受け取り、きらきらした飴を見つめる。
「すみません、買っていただいて。ありがとうございます」
「よかったね。俺の飴、大事にしてね」と、にやりと笑う橙次さん。
「…?」何故俺の飴なんだろう。買ってくれたから…?
ハテナマークの顔でいると、自分の顔と腕を交互に指差すジェスチャーをする橙次さん。そこで私は彼が巳忍の隊長さんだからと言うことがわかり、とてもスッキリした。
その後も橙次さんの服につかまり歩いていると、屋台のそばにみんなの姿が見え、橙次さんを置いて駆け出した。
「!!!!灯ちゃーん!!」
「みなさーん!ごめんなさい…!!」
「灯〜!!心配したんだぞおお」
「ビ、デビー!!」
「本当にご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「違うぞ、ご迷惑じゃなくて心配だぞ」
「そうでしたね…ご心配をおかけしました」
「おう!無事でよかったぞ!」
「橙次さんが助けてくれて…」
「はははははー。橙次さんにかかればなんてこと!」
「あんなに焦った顔してたくせに」
「ぁぁあ〜りーほーこ!」
少しみんなで笑ったあと、やっといつもの日常に戻れた気がして安心した。と同時に、危機管理をしっかりしなければいけないことを今回の件で学んだ。もう、余計な心配はかけたくない。
そして、お祭りの続きを満喫しようとした、その時だった。
どん、と大きな地鳴りがして、悲鳴が上がる。
すると、街の外れの方で黒い煙が上がったのが見えた。
「なんだ?!爆発か?!」
「行ってみるぞ!」
幸いなことに、祭りの会場ではなさそうだったが、会場にも響く大きな地鳴りだったので観衆は怯えている様子だ。
大通りを抜け、横道を走る。煙の方へ一直線に向かう。
現場が近づいてくると、どうやら人が戦っているらしかった。
「やっぱり忍空反対派の奴らがいやがったか…」
「だれか戦ってるぞ!加勢しにいくぞ!」
「灯ちゃんたちは隠れてて。すぐ戻る」
すると、風助くんが立ち止まった。
「なっ…?!」
「どうした風助!!」
「あれ、反対派と戦ってるのはもしかして……
赤雷?!」
「なにい?!」
「赤雷だと?」
風助くんやふたりの態度から、かつての仲間である人なのかと思った。そしてあっという間に3人は、煙の中へ駆け出していった。
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