6 祭典(1)







私は朝が好きだ。
まだ誰も起きていない朝、皆さんを起こさないようにこっそりカーテンを開けて外の景色を見る。朝日に照らされた街並みを眺めていると、心が引き締まる気がする。

それから、花瓶に生けてあるマリーゴールドの花束に水やりをする為に、洗面所まで水を取りにいく。水やりは、ここのところの日課になっていた。
上を向いて誇らしげに咲くその花は、私にとって旅の御守りのような存在になりつつあるのであった。
私はそっとカーテンを開け、朝日の入る窓際に花瓶を移動させた。
「…おはよう」
と声をかけ、マリーゴールドに丁寧に水をやる。声をかけることで花達にいい影響がもたらされるような気がして、水やりとセットの行為になっていた。
今後、旅の中で野宿することもあるだろう。毎回このような恵まれた環境にこの花達はいられないかもしれない。その時は、ドライフラワーにしてずっと取っておきたいと決めている。それくらい大切に思っている。


ふと、あの日の事を思い返す。
私が早く馴染めるようにと皆さんが考えてくれた買い出しの際に、最後に行った花屋さんで橙次さんと買ったマリーゴールド。本来なら里穂ちゃんにあげる花束に入れる為に買ったものだと思っていたが、それを小さな花束にして私にくれた。
風助くん達だって買い出し中に私の好きなものを聞いてくれた。それをプレゼントとして歓迎会をひらいてくれた。
なのに…花を見るたび、橙次さんが花束を差し出してくれたシーンがよぎってしまう。よほど嬉しかったのかな、私は…。

ぽーっと考えていると、花瓶から水が溢れていることに気づき、小さくわっ、と声が出てしまった。
この声に、里穂ちゃんがうーーん…と伸びをする声がして、起こしてしまったかと思ったが、寝返りを打っただけだったので安心した。

胸を撫で下ろし、ふと部屋にある時計に目をやる。時計の短針は9の少し先を、長針は6を指している。チェックアウトは10時の予定だった。
「………結構まずいのでは?」

急いで起きてください!!と、1人ずつ身体をゆすって声をかけた。もうさっきまでの気遣いなんて関係ない。

「里穂ちゃん!!!9時半です!起きてください!」
「んぁ〜……?って、え、9時半ん?!?」
「あと30分で出ないとです、ほら、準備しないと」
ばたばたと洗面所にかける里穂ちゃん。里穂ちゃんが起きれば一先ずは安心といったところだろうか。

「ん〜…なんの騒ぎだよ…」
よかった。この騒ぎで橙次さんも起こすのに成功した。そして、案の定時計を見て「やっべ!」と言い藍朓くんを起こしにいく。
…でも、私達は知っている。
本当に大変なのはここからなのだ。

とはいえ、私も女なので準備がしたい。そこで、橙次さんと藍朓くんに謝って、残る1人(と1匹)を起こしていただくことにした。
(2人とも…すみません!)
顔を洗い、歯を磨き簡単に髪をくくる。そして化粧を簡単に終える。歯磨きをしながらうとうとしている里穂ちゃんを起こしながら。
「終わりましたお二人とも!ありがとうございます。起きましたか…?」
「いんや、全く」
「何度もゆすってんだけどなぁおーーい!風助、ヒロユキー!!!」
「ですよね…
じゃあ、私が代わるので準備してきてください」と告げ、バトンタッチをすると依然すやすやと気持ちよさそうに寝ている2人の前に座る。
そう、風助くんとヒロユキくんは、一度寝たら地震が起きても起きないくらい眠りが深いのである。この前の野宿では、猪が出てきて皆うるさくしていたのに、2人だけ最後まで起きなかったのだ。そこで私は2人の恐ろしさを垣間見ることになったのである。

でも私は2人の弱点をこのたび学んだのだ…。2人には少し申し訳ないけど…。
「…風助くん、ヒロユキくん、ご飯ができましたよ」
語尾を言い終わる前にガバッと布団から飛び起きる2人。
「飯はどこだ?!?!…あれ?」
ぁあ…本当にごめんなさい。
「風助くん、9時40分です。あと20分で宿屋を出るので起こしました。ご飯はそのあと食べましょう、ね?」
風助くんは少し眉を下げ、「分かったぞ…」とつぶやいた。




なんとかチェックアウトの時間に間に合い、無事に時間ぴったりに宿屋を出ることができた。
私達は港町から、平和祭典が開催されるという大きな街に移動していた。
「いやしかし、灯ちゃんに助けられちゃったよなあ!」
「ほんとほんと、命の恩人よ〜」
「間一髪でしたよね。私がもっと早く起きればよかったです…すみません」
「灯さんが謝ることじゃねえよなあ、風助?」
「う……全くだぞ…ん?」
風助くんが何かに気がついたようだ。そして、私の後ろに回り込む。
「?」
「灯の髪、にんじんみたいでうまそうだぁぞ」
「に、にんじ…ふふ」
「ちょっと風助!レディーにそんなこと言ったら失礼でしょ?!」
「全然大丈夫です…お腹空きましたよね」
「そういやそうだよなぁ、祭りもまだ始まってないみてえだし、先に朝飯でも食べに行くのはどうですか?」と藍朓くんが言う。
「さーんせー!!私もお腹ぺこぺこ〜」
「じゃあ飯屋探しに行くぞ!!」
みんなの後ろをついていく。お祭り、楽しみだなぁ…と考えていると、背後から声をかけられた。

「灯ちゃん、今日結んだんだね」
「あ、はい。あんまり時間がなかったので…」
「ふうん…いいと思う、かわいいよ」
と言って私を抜き、みんなの列に混ざる橙次さん。
私は自分のポニーテールを触り、お店に映る自分の姿を見て、もう一度歩き出した。





朝ごはんを済ませてお店の外に出ると、さっきとは明らかに変わって人通りが増えていた。
「みんな、同じ方向へ歩いてくなぁ」と藍朓くん。
「あ、もしかしてお祭り、始まったんじゃない?!」と里穂ちゃんが目をきらきらさせながら言う。
「ちょっくら行ってみっかぁ」

人混みについてしばらく歩いて行くと、この街で1番大きな通りに辿り着いた。通りの入り口からずらーっと人が通りへ向かって進んでいる。
「しっかしすっげえ人だなあおい。世界中の人が集まってんじゃねえかってぐらいだなまるで」と藍朓くんが言う。
通りの両脇には屋台がずらっと並んでおり、立ち止まる人も多いためか余計にぎゅうぎゅうに見えた。
「どうする…?いけるか?これ」
「人混みね……」
「で、でもせっかく来たんだし行ってみませんか?」
「俺も賛成。反対派の奴らも見つかるかもしれねえしな」
「屋台食うぞー!」
「クーゾー!」
「ったく…ほんっと食うことしか考えてねえなあ」


いざ、大通りに進入する。風助くんが潰れないよう、橙次さんが肩車をし、ヒロユキくんは藍朓くんが抱っこしている。その光景が、なんだか子どもをお祭りに連れてきているお父さんのように見えてしまった。
「それにしてもすっごい人ね〜。灯ちゃん、はぐれないように手つなご?」
「いいですよ」
表面上は平静を保っていたが、内心は里穂ちゃんにそんなことを言われて嬉しかった。なんだか楽しくなってきた私は、意味もなく繋いでいる方の手を少し大きく振った。

「わたあめだ!わたあめ食べたいぞ橙次」
「まったく…俺はお前のお父さんかい…みんな、風助がわたあめ買いたいらしいから、ついてきてもらえるか」
まるで遠足のように一列になって橙次さんについて行く。目印は、人より頭一つ出ている風助くんだ。そして、親子連れの多い列を発見し、無事にわたあめの列に並ぶことができた。大通りの人の流れから少し外れたので、少し身体の力が抜ける。
前に橙次さんと藍朓くん、その後ろに里穂ちゃんと私。すぐ隣には人が行き来していて、限られたスペースで並ばなくてはいけないため自ずと距離が近くなる。2人の背中で景色がいっぱいになっている中里穂ちゃんと話していると、何やらマイクを通した大きな声が聞こえてきた。

「さぁさぁ、今日は平和祭にお越しいただきありがとうございます。本日は良いお日柄で…」

「どこから聞こえてんだあ?これ」
「どこかでマイクを使って話してるんだな。風助、どこで喋ってるか見えるか?」
「ぜんぜん、見えないぞ」
風助くんが上半身を回転させて私達の後ろの方向を見るが、どうやら何が起きてるかまでは見えないらしい。

「さあこのあと12時からは、スペシャルゲストの〜…さんがこの大ステージにやってきますよ!先着順なのでどうぞ奮ってお越しください!繰り返します、このあと12時からは…」
「なんか有名人がくるらしいぞ」
「聞こえてるって、風助 しかし聞いたことねえ名前だなあ」
というアナウンスが入ると、通りの人たちが明らかにざわめき、そのスペシャルゲストとやらに一刻も早く会いに行こうと流れが早くなった。
「そんなにすごい人なのかなー?」
「ですねえ……わ!」
「ぶわ!」
べちん。
流れている人達がわたあめの列の後ろのほうにぶつかったのか、ドミノのように私達の後ろの人たちがぶつかってきた。そしてその勢いで私と里穂ちゃんは前の2人の背中に潰れるようにぶつかった。
「いったぁ〜…藍朓さんごめんね」
「大丈夫かあ?」
「う……すみません、橙次さん」
「俺たちが後ろにいた方がいいな。藍朓」
「そうすっか」
その言葉にありがたく甘えさせてもらうことにした。


私達の番が来ると、風助くんと藍朓くんの分のわたあめを買い、屋台の近くで食べることにした。
「甘くてうめえぞ!」
「あっこら、風助!俺の髪についてるって!べたべたする〜」
怒られてもあははははと笑う風助くんは、本当に橙次さんのことを信用してるんだなぁ…と思う。
「藍朓さーん、里穂子にも一口ちょうだい?」
「ぁあん?」
「いいでしょ〜?ねえねえ」
里穂子ちゃんと藍朓くんも楽しそう。藍朓くんが里穂ちゃんにわたあめを差し出し、里穂ちゃんがもらっている。なんだか2人がいい感じに見えて、ドキドキしてしまった。
藍朓くんがわたあめを食べている間、ヒロユキくんの抱っこを立候補させてもらった。大人しく収まってくれていて、心底可愛くてどうかしてしまいそうだった。
「ひ、ヒロユキくん?」
「ビ?」
ぁああ…かわいい!!
「ヒロユキくんは何か食べたいものとかないんですか?」
「ビビ…アオー!」
「青……かき氷のブルーハワイでしょうか!?」
ヒロユキくんは首を振る。
「あお、青いもの……なんだろう…」
「ビッ、ビ!」
何やらジェスチャーで示してくれている。
「まる… さして… たべる… はっ!たこやき?!」
「ワーワー!!!」
あってた!嬉しい!!
「皆さん!次はたこ焼きを探したいです!」
「いいけど、灯ちゃん食べたいのかい?だからふうすけ、ついてるって!」
「ヒロユキくんが食べたいみたいなんです」
「灯、よくヒロユキの言っていることが分かったなあ。立派な忍空の仲間だぞ!」
「お前は早くそのわたあめを食べ終わってくれ、風助!」


2人がわたあめを食べ終わり、次の場所へ向かうことにしたとき、橙次さんが髪を気にしているのが分かった。私は鞄の中を確認し、ウェットティッシュを取り出す。
「はい、橙次さん」
「いいの?サンキュ〜灯ちゃん!」
「いえいえ、もっと早く渡してあげればよかったですね」

さあ、お祭りはまだまだこれから。
幸い騒ぎも起きていそうにないので、もう少しこの平和を楽しむことにした。



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