2 青空とセスナ









雲ひとつない快晴を見ながら、広い野原を歩く。
これから私の人生は、これまでとは180度変わっていくことになるだろう。
今私が一緒にいる「忍空」の皆さんは、依然平和になったはずの世界で、忍空反対派の残党を是正するという目的で旅を再開したという。
そして私の目的は、故郷を戦争から救ってくれた彼等に恩返しをする事だ。


主に戦闘の面で彼らの援護が出来るように、治癒力というこの力をもって旅に同行させていただくことになった。
私が親元を離れてから数日間は慣れるという意味合いで野宿をしたり、故郷の街近くで過ごした。
私が少しずつ旅に慣れていけるように、皆さんが配慮してくれたのだと思う。

そして段々と外での活動にも慣れてきた頃、いよいよ私の故郷を離れて別の街を目指すことになった。

彼等はこの前からずっと旅をしてきているだが、ふと、今までの旅では長い距離をどうやって移動していたのか気になった。
「すみません。里穂ちゃん、聞きたいことがあるんですが」
彼らの数歩後ろを歩きながら、隣の里穂子ちゃんに尋ねる。
「ん?なに?」
この数日の間に敬語はやめましょうということになったが、私は敬語でいるほうが落ち着くのでそうさせてもらっている。里穂ちゃんという呼び方は、タメ口を聞けない私の精一杯の姿勢でもあった。
「これまでの旅では、街から街へどのように移動されていたのです?」
その一瞬、里穂ちゃんの顔が歪んだ気がした。
「あー…「それは良いことを聞いてくれたねえ!」

里穂ちゃんが続きを言うより先に、満面の笑みの橙次さんが振り向いてきた。
「ちょうど今からその移動手段ってのを見せに行こうと思ってたのさ」と得意げに話す橙次さん。
一体何が待っているんだろうとわくわくする私をよそに、未だに歪んだままの里穂ちゃんの表情がやけに気になる。が、あまり突っ込むべきではないと思い、黙って着いていくことにした。




「じゃじゃーーん」
見晴らしのいい丘の上に着くと、そこにあったのは
「飛行機だ……すごい」
「俺の愛機、ヒンデンブルグ号ちゃんだ!」
鮮やかなオレンジと黄色を少し混ぜたような飛行機は、誇らしげに佇んでいるように見える。
「ひん…?」
「あーあ、ついに灯さんに見せちまったか…」と頭を抱え、項垂れる藍朓くん。
「こんなに立派なもので移動していたんですね」
「飛ぶだけならなあ」
「そう、飛ぶだけなら」
藍朓くんと里穂ちゃんが橙次さんを嗜めるように言う。
「だーいじょうぶだってみんな!さっきだって大成功の着陸だったろ」
橙次さんは慌てて小声で話しているが、全て丸聞こえだった。
「…風助くん、この飛行機には何かがあるんですか?」
3人の小競り合いを見ながら、こっそり隣の風助に尋ねる。風助くんは先程の里穂ちゃん同様一瞬だけ困った顔をしたが、やがて決心したように口を開いた。
「実はな…」
「「「ふうすけ!!!!」」」

その時、風助くんの言葉を制するように3人の大声が綺麗に重なった。3人の焦った様子が印象的で、やっぱり何か呪われた飛行機なのだろうか…と少し狼狽える。
そんな私の不安気な表情を見てまずいと思ったのか
「あ、いやなんでもないんです」と咄嗟に踵を返す藍朓くん。
「あーそーだよなあ!ははははは」とわざとらしく笑う橙次さん。
「そーよそーよ!お兄ちゃんの飛行機が毎回墜落してるだなんて言っちゃったらまずいわよ!」


……墜落?

「「里ーーー穂ーー子ーー!!!!」」
「あ、やばっ」
どうやら最大の失言をしたらしい里穂ちゃんを、2人の大男が追いかける。飛行機の周りをぐるぐる回っている3人の間に入って、2人を止める。
「ちょっちょっとまって!落ち着いてください。一体どういうことですか」
藍朓くんと橙次さんは冷や汗をかきながら顔を見合い、観念したように全てを話し始めた。


つまり、まとめるとこういうことになる。
この飛行機は橙次さんの自作だということ。
でも飛行機の免許は持っていないこと。
そして、よくガス欠や故障、たまに居眠り運転で日常的に墜落していたこと。

それを聞いて、どれだけ壮絶な旅をしてきたのかが別方向の面で分かった気がした。と同時に再び飛行機に目をやると、目の前のしょぼくれているこの人が手作りしたとは思えない程立派な出来に見える。しかし墜落が日常的にあったとはいえ、どうして無事だったのだろうか?忍空だから…?
「えっと、じゃあどうして私に隠そうとしたのか教えてください」
「そんなの決まってるわよ!お兄ちゃんのボロヒンデンが墜落することを知っちゃったら、灯ちゃんはもう怒って仲間から抜けちゃうかもしれないからよ〜!」
と言って私の服を掴み、嘆く里穂ちゃん。
「だぁから、もう絶対墜落しないようにするからさ、な?」
里穂ちゃんに対して手を合わせて宥める橙次さん、に対して依然疑いの晴れない顔をしている。

裏でそんなことを考えてくれていたのかと私はすこしおかしくなって、同時に必要とされている事への実感が湧き、嬉しくなる。
「…じゃあとりあえず、私も乗せてもらえませんか?」

「…なんだって?」と橙次さんが言う。
「橙次さんが運転する飛行機でみんなで空を飛んでみたいです、私。墜落の件は、乗ってから考えればいいと思います」
「灯ちゃん……!!ありがとうありがとう!」と涙目で喜ぶ橙次さん。よっぽど自分の飛行機が大好きなんだなぁと思った。
「灯さんがそういうなら…じゃあ橙次!もし墜落しそうになったらお前以外を抱えて逃げるからな!」と容赦ない一言を藍朓くんが伝える。
墜落の危機を今までどうやって回避していたのか藍朓くんの言葉に答えがある気がした。
そしてその牽制は、全く橙次さんには響いていなさそうだった。意気揚々と飛行機の方へ一番乗りで歩いていく。
「おっけーおっけー!ささ、橙次さんの空の旅にさぞご案内ーーー…… … あ」


「「「ん?」」」


「………席、ないかも」



「「「ぁあーーー!!!」」」
と叫ぶ仲間たちの声を聞きながら、飛行機の座席のあたりを覗く。運転席と、後ろに1席あるのが確認できた。
今まで5人(人だけなら4人)で旅をしてきたのに、既に足りないのではないのか?
「ええと、逆に今までどうやって乗ってたんですか?」
すると、得意げに風助くんが言う。
「こうだぞ!運転席に橙次、後ろに里穂子が座って、藍朓は羽根に捕まって、俺とヒロユキは機体の上か、横にいることが多かったぞ!」
「ビッ!」と敬礼するヒロユキくん。

羽根?機体の上……?想像がつかない。目の前の飛行機と照らし合わせて想像しようとすればするほど頭が混乱しそうになったが、まぁ忍空だから…?という何とも雑な結論に至ってしまった。
そして、肝心な私の席だが、話し合いと試行錯誤の結果、里穂ちゃんの隣に詰めればなんとかそこに座れることになった。
「里穂ちゃん…ごめんなさい。狭いですよね」
「確かに狭いけど、なんか楽しーし全然平気!」
里穂ちゃんが優しくて救われた。
そして、橙次さんの合図が聞こえると、プロペラのけたたましい音と共に飛行機は前進をはじめ、しばらく前進したのちに身体が浮く感覚があった。

「本当に……飛んでる」
外に顔を向けると、さっきまで自分がいた故郷が緩やかに小さくなっていくのがわかる。
「どうだい灯ちゃん!気分は」
「……すごい!!橙次さんすごいです!」
「よせやい照れちゃうなぁ。よし、エンジン全開、次の街までひとっ飛びだぜえ!」
飛行機は更に上昇し、もう故郷は見えないぐらいに小さくなっていた。ずっと忍空の皆さんと一緒に旅をしたいと思っていて、願いが叶った瞬間なのだが、喜びと同時に故郷の両親への距離を肌で感じ、少し寂しい気持ちになった。
それをみんなに悟られないように前だけを見ることに専念した。

やがて雲の中に入ったり出たりを繰り返し、緩やかに変わる景色をみんなで見ていると、ついに旅に出たんだと実感する。そして、本当に藍朓くんたちは羽根なり機体の上に乗っていて、落ちてしまわないか冷や冷やする。すごい体幹だと感心した。
「灯ちゃん、これ、あげる」
里穂ちゃんに話しかけられ、そちらを見る。里穂ちゃんの手には可愛い包み紙に入った飴玉がちょこんと乗っている。それをありがたくもらい口に運ぶ。
この空の色のような爽やかな味がした。



ちなみに、橙次さんの技量の賜物か着陸は大成功だった。
橙次さん以外の皆さんは、何故2回連続で成功するのかと心底不思議に思い橙次さんと飛行機を交互に見ていたが、同時にほっと胸を撫で下ろしているようだった。

これから始まる広い世界での旅。長いものになるか、或いはすぐに解決し旅の必要はなくなるのかは皆目見当がつかないが、この人達とならどんな道でもきっと楽しいものになりそうだと胸が高鳴る予感がした。




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