一つ一つ重ねたカミは

 その日のパンチさんは何だか元気がなかった。
「パンチさん?」
「……」
「パンチさん」
「……」
「パンチさぁん」
「何だよ」
「どうしたんですか」
「は?」
「す、すみません」
「おれッチがどうかしてるように見える?」
「み……見えます、けど」
「はァ」
「すみません……」
「はァ……」
 もう一度ため息をつくパンチさん。
「……で、どうしてるように見える?」
「なんか、悩みごとがある、みたいな」
「ふーん」
「違うんですか」
「いや、わかんねーんだよ」
「何がわからないんですか」
「オマエのことだよ」
「わ、私ですか!?」
「なんかさーオマエのこと考えてるとおかしいんだよな」
 何がおかしいというのだろうか。
「ぐるぐるする」
「な、何が」
「穴空けたくなるのと似てる」
「え、え、空けないでください」
「空けるか空けないかはおれッチが決めるの。オマエには関係ない」
「そ、そうですよね……すみません」
「なーDJ、おれッチはオマエに穴空けたいんだと思う?」
「え……」
 そんなことを聞かれても困る。そもそも「ぐるぐるする」なんて曖昧すぎるし。そうだ、そこを追求すれば何かわかるのかも……
「パンチさん、ぐるぐるするってどんな感じですか?」
「わかんねーよ、なんかぐるぐるするの。心臓が。おれッチに心臓とかたぶんねえけど」
「えっ心臓」
 心臓?
「それからなんかテンション上がる」
「睡眠足りてないとか」
「バカ、ちょっとオールナイトしたぐらいで調子崩すような身体だったらオールナイトなんてしねえよ」
「す、すみません……じゃあ、何なんでしょうね」
「それがわかんねーから困ってんの」
「あ、悩んでたのそれでしたか」
「そうだよ」
「えっそれってでもつまり」
 私のことで悩んでいたということに……?
「知らねーよ、どうでもいいだろ。っていうかこんなこと別に悩む価値とかねーと思うんだけど何かすっきりしないんだよな、やっぱ」
「やっぱ?」
 カチ、カチ、と刃を鳴らすパンチさん。
「空けた方がいいか」
「や、やめてくださいよ……」
「ハハ……」
 笑い声にも元気がない。
「元気出してくださいよぉ……」
「え」
「パンチさんに元気がないと……」
 元気がないと?
 元気がないと、何だっていうんだ。
 何もない。あってはならない。そもそもこの人は私を攫って監禁している怪物だし、
 何もない。
 あるはずがない。
「はァ。わかんねーけど……でもなァ……」
「……」
「まあいいか、で片付けられるようなことでもねーしな……」
「ううん……困りましたね……」
「別に困っちゃねーけどさ……なんか……」
 カチ、と再び刃を鳴らすパンチさん。
「空けないでくださいね」
「わかってるって……」
 素直に言うことを聞くあたりやっぱり元気がないなと思う。
「でも何でしょうね。変な病気とかじゃないといいんですけど」
「文房具は病気にはならねーよ」
「ほんとですか?」
「たぶんな」
「わからないじゃないですか」
 そう言いながら何かが頭の中で何かが像を結びそうになっていることをわかりたくない、認めたくない。
 だっておかしいじゃないですか、そんなの。
 だけどパンチさんはカチ、とまた刃を鳴らして。
「ま、たぶんそういうことだろうなーとは思う」
「どういうことですか」
「教えねー」
「わかったんですか」
「さあ?」
 煙に巻くパンチさん。
 私は天を仰いで、ミラーボールがぎらぎらと光っている。
 あれは太陽。
 それは……
「ま、いいだろ、どうでも」
「まあいいかで片付けられることでもないって言ったのはパンチさんじゃないですか」
 追求する気はなかったのに追求してしまっているこれは何だろう。
 私は何を確認したいのだろう。
 ずっと違ってきたのに。そう思ってきたのに。
「それじゃオマエは背負う気あるのかよ」
「……」
「ないだろ? 無理だろ? 不可能だろ?」
 何を。
 何を?
「わかったら忘れろ、何もなかった。それでいいだろ、そうすれば何もかもうまく回る」
「……」
「なァ?」
「……はい」
 頷いてしまう。
 都合がいい。
 誰にとって?
 悪魔。
 誰にとって?
 わからない、わかりたくなかった、わからなくていいと思っていたし、それで通すつもりでいた。
 けれど、もう。
 いつまで続けるつもりなんだろう。
 それだって、もうわからなかった。
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