そんな時もあったな、なんて


『今日が永遠に続けばいいと思ったことはねえか?』



「今日もフロアは大盛り上がりでしたね! さすが師匠」
「そうだね」
「師匠? クールなのはいいですけどもうちょっとこう、喜ぶとかしてもいいんじゃないすか?」
「そうだね……」
「おーい」
 弟子くんが私の前で手をひらひらと振る。
「起きてるよ、大丈夫」
「師匠最近反応薄いんですよねー。謙虚も過ぎるとシケシケになっちゃいますよ」
「はは……」
「流すのやめてくださいよ~」

 最近、よく眠れない。
 よくわからない夢を見る。
 あの日の夢。
「カウントダウン、ヨロシク!」
 1、で止まるカウントダウン。
 世界がモノクロになって、
「なあ……今日が永遠に続けばいいと思ったことはねえか?」
 そこでいつも目が覚める。
 夢の中のあの人がいったい何を伝えたいのか、そもそもあれは私の何かの願望なのか。
 わからないまま思考だけがぐるぐる回る、回らなくても場面が回る。
 同じあのステージ、あの夜のフロアだけがぐるぐる、ぐるぐる脳内で回って。



「師匠、最近明らかクマできてますけど」
「ああ……ちょっとね」
「眠れてないんすか?」
「うーん、そうだね」
「安眠枕とか買ったらどうですか?」
「はは……」
「流さないでくださいよ~」

 毎晩同じ夢を見る。
 同じ夢を見過ぎてどちらが現実なのかわからなくなってくるくらいだ。
 オールナイト、オールナイト。
 今夜も眠れない。
 カウントダウンは途中で止まる。
 終わらない夜。
「今日が永遠に続けばいいと思ったことはねえか?」
 何が伝えたいんだろう、何を言おうとしているのだろう、わからないままぐるぐる回る。
 浅い眠りで何度も同じ夢を見て。



「師匠、本気で顔やばいんですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
「大丈夫って顔じゃないですけど。今日休みます? 仕事はオレがやっときますよ」
「ありがとう、けど……」
「けど?」
「休んでも変わらない気がする」
「うーん……」
 弟子くんは黙り込んでしまった。
 ああ、迷惑をかけているな、と思う。
 申し訳ないとは思うのだが、こればっかりは自分でもどうしようもできないし、何と言えばいいのかもわからないし。
 ただ、大丈夫だから、と繰り返すだけ。
「本当ですかー? まあ本人がそう言うなら無理に休ませるのもどうかと思いますし、いいのか……よくないけど……」
 ぶつぶつと呟く弟子くん。
「ごめんね」
「師匠が謝るこたないんですよ」
「……」
「まあ、今日もブチアゲて行きましょうよ。パーっと」
「……そうだね」
 DJにはそれしかできないのだし。

 その日もフロアは盛り上がった。
「コンディション悪くてもカンペキでしたね……さすが師匠!」
「うん……」
「反応薄っ! 早く帰って寝てください、片付けはオレがやっときます」
「ありがとう、でも……」
「休んでも変わらないって? いいんですよそんなことはもうこの際。オレの気持ちです」
「……」
「ほら、帰って帰って」
「うん……ごめんね」
「謝らないでくださいって」
「うん……」



 家に帰る。寝る準備をして、ベッドに横たわると、
 襲ってくるのはあの夢。
 オールナイト、オールナイト。
「なあ、今日のフロアはどうだった?」
 あの人が声をかけてくる。
 こんな展開は初めてだ。
「なあ」
「は……はい、上々でした」
「『あの夜』と比べてどうだった?」
 時が止まる。色が抜ける。
 あの人だけが鮮やかな黄色で。
「……」
「なあ、本当にねえのか、『その日』が永遠に続けばいいと思ったことが」
「………」
 そうか。
 そういうことか。
 どうやったって『あの夜』が超えられないこと。
 あの夜。それが永遠に続けばいいと心の片隅で思ってしまったこと。
 それがずっと尾を引いていて、こんな風になっている。
「でも、だからどうしろと言うんです。こんな風に夢にまで出てきて、あなたは何がしたいんです」
「怪物が人を襲うことに理由なんかあるか? 気まぐれだよ気まぐれ。それにおれッチは『オマエ』なんだし変わらねーよ、責任押しつけるのやめてくんねー? それとも」
 カチ、カチ、と刃が鳴る。
「穴、空けられてえの?」
「…………」
 ぎらぎらと輝く黄色。メタリックカラー。
『大丈夫ですか、師匠』
 ………。
 穴は、まだ空けられちゃいけない。
「私は……まだ空けられるわけには。……待っていてくれる人がいます」
「……」
「あの夜が超えられなくても、永遠を願っていても、私は……私たちは、生きるしかない。ただの『日常』を……苦しくても、つらくても」
「オマエ自身も本当は永遠の夜がいいって思ってるくせに、なんで無理すんの? 後悔するに決まってる」
「それでも私は生きるしか、ないんだ……それが残された者の責任で、それだけが、永遠の夜を覚えたまま生きることだけが、ただ一つの道で……私は、生きて、『それ』を覚えていたいから」
「ふーん。まあオマエがそう思うならこれ以上は何も言わないけどよ」
 引き下がる「あの人」。
「まあつまりよ、オマエは永遠に忘れられないってことだろ? あー、サイコーに面白ェな」
「……」
「……ハハ。せいぜい足掻けよ、おれッチはずっとここから見てるから」
 ずっと?
「いいん、ですか。だって私は、」
 離れようとしているのに。
「勝手にしろって。おれッチはおれッチじゃねえ、オマエなんだよ。離れようが覚えてようが忘れようがオマエがそう決めたんなら止める理由なんてないし、どうでもいいだろ? 勝手にしろって。な、優しいだろ? ほら、感謝」
「……ありがとうございます、」
「そう、それでいい」
 ゼロ。
 世界が動き出す。
 あの人が、消える。



 目が覚める。外は朝。
 何一つ解決しなかったのだけれど、何だかよく眠れたような、そんな気だけがしていて。

「おはようございます、師匠!」
「ああ、おはよう」
「クマ消えてるじゃないすか! よく眠れたんすね! よかったー!」
 私の両手を握ってぴょんぴょん跳ねる弟子くん。
「……」
「やっぱ休むのは大事っすね、うんうん」
「……弟子くん」
「何ですか?」
「……ありがとう」
「何ですか改まって~いえいいですけど、こっちの方がありがとうですよ師匠」
「……ふふ」
 見てますか、パンチさん。
 『ずっと』見ていてくれるなら。
 私も生きていてもいいかな、なんてそんな気がしたりして。勝手、ですけど。
 悪くはないかな、と思います。
 そんな感じで。
 私たちは日常に回帰していくのです。
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