一つ一つ重ねたカミは

 夕暮れ。魔の刻。
 世界が赤に閉ざされる。
 遠くの空はオレンジ、黄色、そして黒、それを見てあの人を思い出してしまう私は相当重傷で。
 このまま夜になっても空に穴は空かない。わかっているのに夢想する。夕闇の中でだけはそれも許されるようなそんな気がして。
 ■■のような人だった、と表現するのは許されないような気がして無意識にノイズを走らせる。それでもあの人は■■だった。
 沈みかけているそれそのもの。
 怪物にそれを重ねることは許されない、何が許さないかって世間が許さないんだ。
 悪逆非道なあの怪物は突然やってきて全てをめちゃくちゃにした。幸い死者は出なかったが、皆そのことには怒っている。
 だけどキノピオは忘れっぽいから既に忘れてしまっている可能性もある。
 だったらいつまでもそれを引きずっている私は何なのだろう。
 それを一番許していないのは世間じゃなくて私なんじゃないか。そう思ったりもして。
 わからない。
 純粋に思いを馳せることが許されない、罪人のような気持ちになるのは何かが後ろめたいからなんだ、でも何にって言われるとやっぱり世間で。
 群れていないと生きられない弱い私たちは世間の中で生きるより他は無い。私のこの出張DJという仕事だって頼んでくる客がいないと成立しないわけだし。
 だから私は世間に反してはいけない。そう思って生きていたのにたった一つ、世間に反する思いを抱いてしまった。
 太陽が攫われたあの日から何もかもが違ってしまった。
 ごく普通の一般キノピオだった私がこんなことを考えるようになったのもそのせいだ。
 あの人のせい。
 恨むのも憎むのも簡単なのに、それができない。
 ただただ喪失感が強すぎて、胸に穴が空いたような。
 最後のカウント、あの人のハンドルがカチ、と動いたような気がした、完全に錯覚なのだけど、その瞬間私に穴が空いてしまったのか。
 わからないけれどそんな気がしてならない。
 空に空いた穴が戻った代わりに私に穴が空いて、あの人がいなくなった今それが戻ることは二度とない。
 なんて考えるのは感傷だけど。
 日が沈む。光が消える。穴のない空を見上げる。
 別に何も思いやしない。先ほどまで思っていたそれら何もかもを穴に呑ませて。
 今日も日常を送る、それしかないからそうする。
 本当にそれしかないから。
 今日も。
42/82ページ
スキ