そんな時もあったな、なんて

「だからノリが足りねえんだよ、ノリが。おれッチが求めてるのはもっと、宇宙まで突き抜けるようなアガり方」
「宇宙までって……」
「ってか宇宙ってこの世界にあるの?」
「ありますよ、たぶん」
「なんでたぶんなんだよ」
「物語とか、宇宙が扱われてるものもありますし……古代人も、空を飛んで宇宙に行ったとか行かないとか」
「ヘエ。けど宇宙も紙ッぺラなんだろ?」
「そりゃそうでしょう。それ以外の何があるんです」
「ははーん」
「……?」
「オマエやっぱ宇宙を知らねえな?」
「パンチさんこそ知ってるんですか」
「おれッチは知ってる」
「行ったことあるんですか?」
「あるわけねーだろ、文房具だぞ」
「でも、文房具って何でもできるような気がして……」
「ま、この世界では神みてえなもんだしな! 実際のカミは紙だけど? っておれッチうまいこと言った?」
「はあ、まあ……」
「反応悪ィな。別にいいけど」
 私はパンチさんを見る。
 巨体を傾け絶妙なバランスで立っているパンチさんは、言葉通り、特に気を悪くした様子もない。
「文房具は神なんだよ。誰も言わねーけどおれッチはそう思ってる。でもその神は」
 パンチさんは言葉を切る。
「世界にとっては邪魔なんだろうな」
「……?」
 パンチさんはたまによくわからないことを言う。世界がどうとか邪魔だとか、まるで世界が生きてるみたいじゃないか。
 世界は生きてなんかない、ただそこにあるだけ。何もしてはくれない代わりに干渉されることもない、冷酷で無慈悲で、それはここにいるこの大きな穴あけパンチとはちょっと違った残酷さで。
 世界は生きてなんかいない、そのはずなのに。
「力を持った文房具なんかは邪魔なんだよ。だからオリガミ、紙ッぺラの配下につけてバランス保ってるとかそういうのだろ、どうせ」
 パンチさんはわからない話を続ける。
「つまんねー、あーつまんねーよ。世界なんてつまんねー。何も面白くねえ」
「……」
「何か曲かけろよDJ、こんなシケてちゃ踊れねえ」
「パンチさんは」
「あ?」
「世界が生きてると思ってるんですか?」
「オマエ、おれッチにこのつまんねー話を続けさせるつもりか?」
「あ、お嫌ならやめますけど」
「フン。……生きてるってのとはちょっと違ぇな」
「じゃあ」
「意志がある、みてーな」
「意志?」
「とあることについてよ、そうなるのが自然、みてーな流れがあるっつーか」
「流れ……」
「わかった? わかったら終わり! おれッチはこの話あんま好きじゃねーの。オマエに話すのはオマエがトクベツだからだぜ? 感謝しろよ、そして二度とこのことを話させるんじゃねー」
「あ、あの」
「返事」
「は、はい」
「感謝」
「あ、りがとうございます……」
「そうだ。……ほら、ボサっとしてねーでディスク回せよ。アガらねーとつまんねー。おれッチはさ、忘れたいの。お前とならできるって思ってる、なぜならお前は」



『トクベツだからな』
 明るい声で告げたあの時のパンチさんが何を考えていたのか、確認する術はもうない。
 いつもの軽口だったのか、私を利用しようとする心だったのか、それとも――
 あの後すぐ、パンチさんはこの世界から永久にいなくなった。
 それが世界の意志とやらなのかは知らない。よくわからない。
 けれど最近何やら記憶にノイズのようなものが入っていて、思い出せなくなってきている。
 黄色、メタリック、煌めくあの姿がだんだん白に侵されて、
 ああ、太陽、だったのになあ。
 だけどそれが世界の意志だというのなら、もうトクベツでも何でもなくなってしまった私に抗う術はないんだろうなと、
 それでも。
 私をそう扱ったあの人と、そう扱われたあの一瞬だけは、絶対に忘れてなんかやるもんか、って、そんなことを思うのはおかしいのかもしれないけど。
 覚えていよう。たとえそれが不可能でも。
 ずっと。
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