そんな時もあったな、なんて

「あ、いいこと思いついた。この顔なし穴空いてんじゃん? それにオマエが指通して指輪にしたらおれたち結婚できんじゃね?」
 ダンスフロアをふらふら歩く顔なしを角で指し、パンチさんが恐ろしいことを言う。
「な……な……」
「ビビってんの?」
 にやぁ、と効果音がついてきそうな声でパンチさんが私に近付く。私の何倍もある巨体は決してぺらぺらではなく、重量があって。バチン、仲間に穴が空けられたときの音を思い出し、身体が震えて、
「あーあーペラペラはみんなチキンばっかでつまんねー。オマエなんか特にそう。世の中はノリだぜ? 楽しく生きなきゃつまんねーよ。自分から顔なしに近付いてって指通すとかそういうノリはねーの?」
「す……すみません……」
「仲間だからできねーって? オイオイDJ、オマエは『トクベツ』だぜ? トクベツだからオマエだけ穴空けねーで残してやってんのによー、そんなノリ悪くちゃフロアも盛り上がらねーぜ?」
「すみませ……」
 ずい、とさらに近付くパンチさん。大きな影が私に落ちる。
「それとも何、愛の証に穴でも空けてほしいわけ? ハハ、そしたらオマエもお仲間のペラペラと一緒、ノロノロ歩くゴミになっちまうなァ!」
 この人がさっきから言っている、結婚、とか、愛、とか、一体何のことだろう。
 この人は……本当にそれをわかっていて言っているのだろうか。脅している対象に、おもちゃみたいにそんなことを言って、
 ……言って?
「ハハハ、震えちゃっておもしれー。……本気にした?」
 パンチさんが角を傾げる。
「まあチキンなオマエがそんなこと望むわきゃねーよなァ。あーあ、怯えちゃってカワイソ~。いいよDJ、もっとアガる曲かけな。そしたらもっと」
 そこでパンチさんは口をつぐむ。
「……」
 ぎし、と金属の軋む音。
「パンチ、さん……?」
「……まあ、頑張れ? 的な? ペラペラの応援までしてあげるおれッチやさしー。涙流して感謝しろよ?」
「は……はい……」
「ありがとうございます、だろ?」
「あ、ありがとうございます……」
「そう、それでいい」
 また、にやぁという効果音が似合いそうな声を出して、パンチさんは自室に戻っていった。
 私はサウンドディスクを取り出し、ああ、どれならばパンチさんは満足してくれるのだろう。いつになったらこの地獄は終わってくれるのだろう。
 けれどもその「地獄」をだんだん■■のように思ってしまっている自分が。一番「地獄」だったのだと。
 気付くのは、パンチさんがとっくにこの世からいなくなってしまった後だった。
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