ペーパーマリオオリガミキング

 春休み。朝。部室。後輩の弟子くんが慌てた様子で飛び込んでくる。
「師匠、見ましたか!? 新人VTuberパンチ!」
「新人VTuberパンチ?」
 言葉の意味がわからず、私は思わず聞き返す。
「そうです! 今日4月1日0時に活動開始ってSNSで告知があったんすよ!」
「誰なの、それは……」
「誰って言われても、個人勢の大型新人でしょ?」
「ええ……知らない……」
「師匠もDJなら流行に乗っていかないと! っていうか、VTuberは知ってるんですよね?」
「知らない……」
「知らない!? イマドキノワカモノなのに!?」
「何その言い方。知らないよぉ」
「VTuberってのは……YouTuberのバーチャル版ですよ! 最近テレビにも出てるでしょうに」
「テレビはあまり見ないからわからないなあ」
「じゃあ師匠は普段何してるんすか」
「え? ラジオ聴きながら宿題したり、買ったレコード再生したり……」
「もしかしてアナログ派なんです?」
「そういうわけじゃないけど……」
「とにかく! 期待の大型新人! 見ないと損ですよ! 今晩20時から配信するって話です、URL送るので絶対見てください!」
「ええ……」
 弟子くんは私に知りもしないVTuber? とやらの、配信? を見せてどうするつもりなのだろうか。
 よくわからなかったけど、ここは頷いておかないと弟子くんが収まらなさそうだったので私は頷いた。



 それから部活の練習を行い、どうでもいい話をしながら昼食を食べ、また練習をして、夕方。下校間際。
「じゃあ師匠! 絶対見てくださいね!」
 言い残して去って行く弟子くんにはいはいと手を振って、下駄箱から靴を取ろうとした私に、
「いてっ」
 ぶつかった、長身の誰か。
「あ……すみません」
 振り返り、確認する。
 金髪にピアス。
 や……ヤンキーか……?
「前見て歩けよな」
「す、すみません……」
 金色の目。
「オマエ……」
「な、なんでしょう」
「なんでもねー。次から気を付けろ、ペラペラ」
 ひらりと手を上げ、ヤンキーは去って行った。



 夕食を食べ、レコードコレクションの整理をしていたとき。
 携帯端末が着信を知らせる。
「……誰からだろ」
 画面を確認すると、弟子くんからだ。
『もうすぐ配信ですよ! 絶対見てくださいね!』
 というメッセージと、URL。
 さすがにここまでされたら見ないわけにはいかない。
 私はレコードコレクションを片付け、ノートパッドからURLを踏んだ。

『大型新人!』
『楽しみ』
『モデル穴あけパンチとか草』
『人外じゃん』
『期待』

 チャット欄らしきところにはそんなコメントが並んでいる。
 モデル穴あけパンチ、とはどういうことだろう。
 激しく流れるチャット欄を眺めていたら、横の画面でカウントダウンが始まる。

『3』

『2』

『1』

「どーも! 期待の大型新人パンチだ!」

 声とともに、画面中央に現れたのは……何だろう?
 長方形で、黄色い……

『モデルマジで穴あけパンチなの草』
『イケボなの草』
『たすかる』

 沸くチャット欄。
 ああ、穴あけパンチってそういうことか……。
 喋る穴あけパンチって斬新だな。

「今日は記念すべきデビューの日ということで、ダンス! するぜ!」

 穴あけパンチがダンスってどういうことだ……?
 疑問符を頭に浮かべる私をよそに、音楽が流れはじめ、画面中央の穴あけパンチが「踊り」始めた。

 跳ねるステップ。
 エッジのきいた回転。
 宙返り。
 穴あけパンチなのにそれはしっかり「ダンス」になっていて、
 最初は困惑していた空気もだんだんダンスに引きこまれ、
 そこには「場」が存在していた。
 「パンチ」が作り出す、夜のステージ。

「……」

 目の下が妙に温かくなる感覚があって、触れると水がついていた。
 何だろう。
 わからない。
 私はなぜ……



 その夜は不思議とよく眠れた。



「師匠見ました!? パンチ!」
「うん……一応は」
「どうでした!?」
「………」
「超カッコよかったですよね! 文房具なのに!」
「えーと……そうだね」
「イケてましたよね! あのステップ、サイコーだった……うちの部活に来ないっすかねえ!?」
「ははは……高校生かどうかもわからないのに、無理だよ」
 私と弟子くんが所属している部活の名は、ディスコ部という。
 昔、バブルの輝きが忘れられない校長がどうしてもと押して作った部活らしい。
 長年顧問だけの状態が続いていたらしいが、「新校長の意向で今年部員がいなければ廃部になってしまう」との顧問(私の担任だ)の必死の頼みを断れなかった私が入部し、その次の年、勧誘のビラを配っていた私になぜか懐いてきた弟子くんが入部し、弟子くんの友人たちも入部し……で、今ではそこそこ人がいる部活になっている。
「ざーんねん……絶対いいダンサーになったと思うんですけどねえ」

「おーいお前ら」

 顧問の声。
 思い思いに喋っていた部員たちが入口の方を向く。

「新入部員だ」

 顧問が連れて入ってきたのは、
 長身、金髪、金色の目。

「ちっす……あ、オマエ」
「あ、えーと……ど、どうも」
 私は頭を下げる。
「何すか師匠、知り合いすか?」
 と弟子くん。
「い、いや、そういうわけでは……」
「つれないこと言うなよなー。トモダチだろ?」
 近付いてきて、肩を組んでくるヤンキー。
「おお、もう友達になっていたのか。それなら話が早い! DJくん、この転校生かつ新入部員のパンチくんを案内してやってくれ。ダンサー志望だ。海外から来たので日本の文化にもまだ慣れていないから手取り足取り、な。同じクラスの隣の席にしておくから」
「えっ……えっ」
「じゃあそういうことで。先生は始業式の準備があるから」
「ええ……?」
「オマエ、DJっていうの? ……ふーん」
 細められた金目に、なぜか背筋が震える。
 なんだろうか、この感覚は。
「だ、ダンサー志望なんだよね……とりあえず、1曲プレイするから、踊ってみてくれる?」
「おれッチのダンスは高いぜ?」
「ええ……いや、ここ部活だから……」
「どうしても見たいか?」
「いや……なんというか……」
「見たいだろ?」
 ずい、と顔を近づけてくるパンチ。
 金色の瞳に私が映る。
「………」
「しょうがねーなー! 踊ってやるよ! DJ、ノれる曲かけろ」
「は、はい」

 ◆

 跳ねるステップ。
 エッジのきいた回転。
 宙返り。

 ……それは、いつかどこかで見たような。

「おいオマエ」
 踊り終わったパンチが声をかけてくる。
「は、何でしょう……」
「オマエの選曲……」
 いったい何を言われるのかと身構えていると、
「すっげーいいじゃん!」
 ばふ、と飛びついてくるパンチ。
「わ、わ」
「あー師匠!」
 弟子くんの声。
「オマエ、DJの才能あるんじゃない!? やべーよ! おれッチと組んで世界目指そうぜ!」
 私を映した金色の瞳はきらきらと輝いている。
「や、あの、その……」
「な! 今日からおれッチたちは……コンビだ!」
「オレの師匠を勝手に取らないでくれますか、パンチさん」
 弟子くんがパンチから私を引っぺがす。
「はー? オマエ、下級生?」
 パンチが弟子くんを睨む。
「オレは今年で二年生ですが、師匠を思う気持ちは誰にも負けないつもりです」
「な、弟子くん……何を」
「師匠はオレの師匠で、神DJです。オレが先に師匠に師事したんです。それを途中から来たあなたが勝手に取って行くのは……納得できないですね」
 パンチを睨み返す弟子くん。
「無理だね。おれッチが注目したからにはコイツはもう世界に出るの決定なの。変えられない決まりなの。残念だったな弟子。コイツはもうおれッチ専属」
「オレの師匠です」
「おれッチのDJだ」
「ま、待ってください二人とも……」
「師匠「DJ「は黙って」ろ」てください」
「はあ……」

 ◆

「わ、私がVTuberの専属サウンド担当ですって!?」

 ◆

「わかってるよなァDJ。オマエだ。オマエしかいない。おれッチの専属DJは……今も昔も、オマエだけだ」

 ◆

 アイツがかけたイントロの出だし、コンマ一秒でわかった。おれッチにはコイツが必要で、おれッチのDJはコイツじゃないといけない。
 今も、昔も。
 おれッチをノせられるのはオマエしかいないし、それはオマエが■■を■■■いても同じこと。
 そう。
 ずっと。
 おれッチだけの――

 ◆

 こんなことが、前にもあった気がした。いつだったかさえわからない、遠い遠い昔のこと。
 私と、パンチさんと。
 二人だけの……ステージが。
 それは脳のバグなのかもしれない。
 勘違いなのかもしれない。
 けれど、今、このとき……キラキラ輝くバーチャルライトに照らされるパンチさんのあの姿を見て、私は思ったのだ。
 私は、ずっとこの人が――

 ◆

 バーチャルYouTuber「パンチ」とその相方「DJ」の伝説。
 全てはそこから始まった――

(『サイバーパンチさん』~つづかない~)
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