遠くに行って戻らない。
　昔から、そんな何かがあるような。
　別に失ったものがあるわけじゃない。ごく普通のキノピオとして生きてきたし、DJとして生きている今だってそう、ごく普通の標準的なキノピオ。
　そのはず。
　だった。

　失ったもの。ずっと、何かが欠けているような感覚。私の生活には何かが足りない。
　朝起きて、空を見上げて、太陽がある。
　夜起きて、空を見上げて、月がある。
　当たり前のことのはずなのに、どちらもどこか間違っているような気がしてならなかった。
　世界がモノクロに見える。他の人たちには色がついて見えているのだと知った時点でそんな風に思うのは「普通じゃない」と悟る。おかしいんだ。だから、思わなかったことにした。

『オマエ、DJ？ ならおれッチのために働けよ』

　出会った瞬間、何かが震えるのがわかった。
　それはあるのかどうかわからない心臓だったのかもしれないし、もしくは心だったのかもしれない。
　怪物と呼ばれたあの人と違って、私には心があった。
　あった？
　そうなのだろうか。

『イケてるノリを用意してくれよ？ さもなきゃどうなるかなんてわかってるな、何せおれッチは穴あけパンチだ』

　怪物に、心はなかったのだろうか？


『カウントダウン、ヨロシク！』

　確かにあの瞬間、世界に色がついて見えて、ああ、色彩とはこのようなものだったのだと。
　強く輝いて。
　そうして消えた。

　その日からまた、私は「あの感覚」を味わうことになった。
　遠くに行って、戻らない。
　そうなってからやっとわかった、私に欠けていたものはきっとそれで、二度と埋まることはないのだと。

　もっと早くにわかればよかった？
　でもね、わかったところでどうします？
　行かないで、と引き留める？
　できないとわかっている。無理なんですよ。
　だからこの話はここで終わり。
　私の色彩は戻らなかった。