不在の冬
戦いは長引いた。
舞台を街から荒野に移せたのはよかったものの、一人、また一人と負傷者が戦線を離脱していく。
「クレス、あまり前に出るんじゃねえ」
「前に出ないと戦えないだろう」
「いや……」
「何をそんなに警戒している、心配されなくても大丈、」
「…………クレス!」
槍を振り上げた魔物が迫る、のを庇おうと前に出たギルデロイ、の、
「炎よ!」
飛んでくる熱が魔物を焼く。
「じいさん……助かった」
「おイタが過ぎる魔物どもにはそろそろお仕置きが必要らしいの」
「じいさん?」
詠唱を始めるペレディール。その髪が、服が、ふわりと浮き上がる。
「ギルデロイ、ペレディールを守れ」
構えるクレス。
「あ、ああ」
「あ、そういう流れぇ?」
「それなら下がるか」
「ファビオ、ウィンゲート、無事か」
「あんまり無事じゃないけどロディオンくんが優秀だったからね」
「そういうことだ」
喋りながらも魔物の振り上げる剣を、槍を弾いてゆく。
「そうか、使いどころだな……これが……商売人の意地ってもんだ!」
ターゲットがギルデロイに向く。集中する攻撃を、だが、仲間たちが払い落とす。
「はあっ」
群がる敵にクレスの放った雷撃が敵に大きな隙を作る。
と、詠唱を続けていたペレディールの周りが赤く光った。
「今だ、皆退け」
「おうよ」
「もちろん」
「わかった」
「……硯学王アレファンよ…………、焼き尽くせ!」
ごう、と火炎。放たれたそれは戦場を切り裂き、全ての魔物を焼き払った。
◆
「いや~一時はどうなることかと思ったよ」
「荒野がもっと荒野になったな」
「優秀な薬師と神官のおかげで負傷者も今はぴんぴんしとるし、なんとか、といったところじゃな」
「おじいちゃんは寝てなくて大丈夫なのぉ?」
「あれくらいのことで倒れたりせんよ、ちょっと疲れたが美味しいもんを食べれば解決じゃ」
「すごかったな大火炎魔法……」
「あ、珍しくウィンゲートくんが素直に褒めてる」
「すごい以外にないだろうあんなもの。なあギルデロイ」
「あ? ああ……」
「どうしたの、疲れてるの」
真顔で問うファビオ。
「いや……」
「みんなの盾役だったし、休んできた方がいいんじゃない? クレスくん、送ってあげて」
「俺がか」
「うん」
「クレス大丈夫だ、別に俺は一人でも、」
「はいはい疲れたときは仲間に頼る頼る。いってらっしゃーい」
ファビオにぐいぐいと押し出された二人は酒場を出、寒空の下。
「……背負わなくてもも大丈夫か、ギルデロイ」
「お前さんに俺が背負えるのか?」
「……」
「無言で背負おうとするのやめてくれ、冗談だから」
「これでもまだ現役のつもりだが」
「悪かったって」
「……ギルデロイ」
「何だ」
「そろそろ話す気にはならないか」
「…………」
「『過ぎた』んだろう。今日」
「……!? なぜそれを、」
「ファビオが言っていた」
「他に何か聞いたか?」
「知らんな。俺は『過ぎた』とギルデロイに言ってみてと言われただけだ。……やはり、お前は何かを隠していたな」
「ファビオあいつ……!」
「ギルデロイ」
「わかった……わかったけどよ、とりあえずどこかに入らねえか? こんなとこで話してたら風邪引いちまう」
「俺は別に平気だが」
「平気でも身体にはよくないからな。……裏通りの酒場でいいか?」
「お前は休まなくて大丈夫なのか」
「悪いが休めるような精神状態じゃねえ」
「奇遇だな、俺もだ」
「はは。さて、飲み直しといきますか」
◆
「それでお前は俺を酔い潰させて有耶無耶にしようとしているだろう」
「うっ」
「その手には乗らんぞ」
「……」
「今度こそ言ってもらう、お前が何を隠していたのか」
「なあクレス……」
「何だ」
「どうしても言わなきゃ駄目か?」
「……」
「世の中には知らない方がいいこともある、知らなきゃ気持ちよく暮らせるだろうに」
「それでも俺は知りたい、ギルデロイ」
「ああ……ああ、わかった」
そうして商人は語った。
夏の日々。
商人と盗賊の過ごした日々。
ある日突然泡のように消えた「前の周」を。
一人記憶を引き継いだ現世、今度こそ守ると誓ったその覚悟を。
◆
「……」
「……」
「今度こそ守る、となったのになぜ距離を置こうとしていたんだ?」
「ぐっ」
「常に近くにいて守ろうとすればいいだろうに。あ、でもお前は常に近くにはいたか」
「距離置こうとしても何かもう癖なんだか離れられないんだかよくわからねえが身体が勝手に近くにいちまったんだよぉ……あいつらには過保護とか言われるしちくしょう……」
「は、確かに最初の方は過保護と言われても仕方がない振る舞いをしていたな」
「やっぱりか……」
「だが最近はそうでもなかっただろう」
「え、そうか?」
「戦闘中も自然と連携が取れるようになっていた……お前の隣は戦いやすい」
「え……えっ」
「本当だぞ」
「え……」
「喜んでいるのか」
「喜ぶだろそんなの……」
「俺なんかの言葉で喜ぶとはやはり物好きな奴だ」
「お前の言葉だから喜ぶんだよ……」
「なぜだ」
「言わなきゃわからねえか?」
「わからないが、お前は言ってくれるのか」
「俺もわからねえ、今でもこの感情が許されるのかどうか迷ってるし、言うべきかどうかでも迷ってる、だが……」
「俺は……聞きたいが」
「お前にそう言わせちまうんだから俺はやっぱり悪い男だよな……ああ、そうだよ、俺はお前のことが」
「俺のことが?」
「好き、なんだろうな……」
「俺をか」
「お前をだよ」
「前の周の俺と混同してるんじゃないのか」
「俺も最初はそう思ったし、重ねちゃいけねえ、お前を自由にしてやらないとって思ってた……でも……なんか、不器用なくせに妙なところで押してくるお前……お前が俺を知ろうとしてくれたことが、何か、わからねえ、わからねえんだ今も……けど……」
「……」
「何かわからねえけど好きになっちまうってのは……恋ってのは、こういうことなんだなって……思ってる……」
「恋?」
クレスが首を傾げる。
「恋とは何だギルデロイ、つまりお前は俺に恋しているのか?」
「それ以外の何だと思ってたの!? そうだよ!」
「そうか……恋か……」
若いな、とクレス。
「お前さん俺とそう歳変わらないはずだけどな!?」
「そうか」
「そうだよ!」
「では俺のこれも恋なのか」
「いやそれはわからねえ、断定するのは危険だぜクレス俺はやめといた方が」
「馬鹿者」
「うっ」
「一度何もかもを捨てた俺が何かを拾おうとするのは悪いことなのか」
「いいことだと思うぜ」
「ではその拾うものがお前というのは悪いことなのか」
「駄目だろそれは」
「馬鹿者!」
「ぐっ」
「肝心なところで臆病になるのはお前の悪いところだ! 前の周の俺はそれで苦労しなかったのか甚だ疑問だな」
「前の周の俺の方は普通の俺だったからそんな心配は……」
「では今のお前を堪能できるのは俺だけの特権ということだな」
「えっ」
「おい、ここまで言わせるのか」
「クレスぅ……」
「なぜ泣く」
「俺やっぱりお前のこと好きだよ……」
「二度言わなくてもわかっている」
「好きだ、クレス……」
ひとしきりべそべそ泣いた後、ギルデロイは寝落ちした。
◆
「結局俺に背負わせているではないか、馬鹿者……」
冬空の下、宿への道を歩くクレス、と背負われたギルデロイ。
「ザルなんじゃなかったのか……」
しかし、疲れているときは酒が入りやすいと言うしな、と一人頷く。
「馬鹿者が抱え込んだ荷物を少しでも減らせているなら俺は、と、俺なんかがそう思うのはやはり迷惑……などと言ったらお前は怒るのだろうな。自分の気持ちは捨てるのに俺に捨てさせようとはしない、やはりお前は悪い男だギルデロイ」
「……」
「馬鹿者。だがそれに付き合うのも悪くはない。勝手に抱え込んで勝手に距離を置いて勝手に泣く愚か者だが……」
ちら、と背中を見る。
「俺なんかに『好かれた』ことを呪うがいい、馬鹿者」
星々は今にあり。
それは日常の話。
舞台を街から荒野に移せたのはよかったものの、一人、また一人と負傷者が戦線を離脱していく。
「クレス、あまり前に出るんじゃねえ」
「前に出ないと戦えないだろう」
「いや……」
「何をそんなに警戒している、心配されなくても大丈、」
「…………クレス!」
槍を振り上げた魔物が迫る、のを庇おうと前に出たギルデロイ、の、
「炎よ!」
飛んでくる熱が魔物を焼く。
「じいさん……助かった」
「おイタが過ぎる魔物どもにはそろそろお仕置きが必要らしいの」
「じいさん?」
詠唱を始めるペレディール。その髪が、服が、ふわりと浮き上がる。
「ギルデロイ、ペレディールを守れ」
構えるクレス。
「あ、ああ」
「あ、そういう流れぇ?」
「それなら下がるか」
「ファビオ、ウィンゲート、無事か」
「あんまり無事じゃないけどロディオンくんが優秀だったからね」
「そういうことだ」
喋りながらも魔物の振り上げる剣を、槍を弾いてゆく。
「そうか、使いどころだな……これが……商売人の意地ってもんだ!」
ターゲットがギルデロイに向く。集中する攻撃を、だが、仲間たちが払い落とす。
「はあっ」
群がる敵にクレスの放った雷撃が敵に大きな隙を作る。
と、詠唱を続けていたペレディールの周りが赤く光った。
「今だ、皆退け」
「おうよ」
「もちろん」
「わかった」
「……硯学王アレファンよ…………、焼き尽くせ!」
ごう、と火炎。放たれたそれは戦場を切り裂き、全ての魔物を焼き払った。
◆
「いや~一時はどうなることかと思ったよ」
「荒野がもっと荒野になったな」
「優秀な薬師と神官のおかげで負傷者も今はぴんぴんしとるし、なんとか、といったところじゃな」
「おじいちゃんは寝てなくて大丈夫なのぉ?」
「あれくらいのことで倒れたりせんよ、ちょっと疲れたが美味しいもんを食べれば解決じゃ」
「すごかったな大火炎魔法……」
「あ、珍しくウィンゲートくんが素直に褒めてる」
「すごい以外にないだろうあんなもの。なあギルデロイ」
「あ? ああ……」
「どうしたの、疲れてるの」
真顔で問うファビオ。
「いや……」
「みんなの盾役だったし、休んできた方がいいんじゃない? クレスくん、送ってあげて」
「俺がか」
「うん」
「クレス大丈夫だ、別に俺は一人でも、」
「はいはい疲れたときは仲間に頼る頼る。いってらっしゃーい」
ファビオにぐいぐいと押し出された二人は酒場を出、寒空の下。
「……背負わなくてもも大丈夫か、ギルデロイ」
「お前さんに俺が背負えるのか?」
「……」
「無言で背負おうとするのやめてくれ、冗談だから」
「これでもまだ現役のつもりだが」
「悪かったって」
「……ギルデロイ」
「何だ」
「そろそろ話す気にはならないか」
「…………」
「『過ぎた』んだろう。今日」
「……!? なぜそれを、」
「ファビオが言っていた」
「他に何か聞いたか?」
「知らんな。俺は『過ぎた』とギルデロイに言ってみてと言われただけだ。……やはり、お前は何かを隠していたな」
「ファビオあいつ……!」
「ギルデロイ」
「わかった……わかったけどよ、とりあえずどこかに入らねえか? こんなとこで話してたら風邪引いちまう」
「俺は別に平気だが」
「平気でも身体にはよくないからな。……裏通りの酒場でいいか?」
「お前は休まなくて大丈夫なのか」
「悪いが休めるような精神状態じゃねえ」
「奇遇だな、俺もだ」
「はは。さて、飲み直しといきますか」
◆
「それでお前は俺を酔い潰させて有耶無耶にしようとしているだろう」
「うっ」
「その手には乗らんぞ」
「……」
「今度こそ言ってもらう、お前が何を隠していたのか」
「なあクレス……」
「何だ」
「どうしても言わなきゃ駄目か?」
「……」
「世の中には知らない方がいいこともある、知らなきゃ気持ちよく暮らせるだろうに」
「それでも俺は知りたい、ギルデロイ」
「ああ……ああ、わかった」
そうして商人は語った。
夏の日々。
商人と盗賊の過ごした日々。
ある日突然泡のように消えた「前の周」を。
一人記憶を引き継いだ現世、今度こそ守ると誓ったその覚悟を。
◆
「……」
「……」
「今度こそ守る、となったのになぜ距離を置こうとしていたんだ?」
「ぐっ」
「常に近くにいて守ろうとすればいいだろうに。あ、でもお前は常に近くにはいたか」
「距離置こうとしても何かもう癖なんだか離れられないんだかよくわからねえが身体が勝手に近くにいちまったんだよぉ……あいつらには過保護とか言われるしちくしょう……」
「は、確かに最初の方は過保護と言われても仕方がない振る舞いをしていたな」
「やっぱりか……」
「だが最近はそうでもなかっただろう」
「え、そうか?」
「戦闘中も自然と連携が取れるようになっていた……お前の隣は戦いやすい」
「え……えっ」
「本当だぞ」
「え……」
「喜んでいるのか」
「喜ぶだろそんなの……」
「俺なんかの言葉で喜ぶとはやはり物好きな奴だ」
「お前の言葉だから喜ぶんだよ……」
「なぜだ」
「言わなきゃわからねえか?」
「わからないが、お前は言ってくれるのか」
「俺もわからねえ、今でもこの感情が許されるのかどうか迷ってるし、言うべきかどうかでも迷ってる、だが……」
「俺は……聞きたいが」
「お前にそう言わせちまうんだから俺はやっぱり悪い男だよな……ああ、そうだよ、俺はお前のことが」
「俺のことが?」
「好き、なんだろうな……」
「俺をか」
「お前をだよ」
「前の周の俺と混同してるんじゃないのか」
「俺も最初はそう思ったし、重ねちゃいけねえ、お前を自由にしてやらないとって思ってた……でも……なんか、不器用なくせに妙なところで押してくるお前……お前が俺を知ろうとしてくれたことが、何か、わからねえ、わからねえんだ今も……けど……」
「……」
「何かわからねえけど好きになっちまうってのは……恋ってのは、こういうことなんだなって……思ってる……」
「恋?」
クレスが首を傾げる。
「恋とは何だギルデロイ、つまりお前は俺に恋しているのか?」
「それ以外の何だと思ってたの!? そうだよ!」
「そうか……恋か……」
若いな、とクレス。
「お前さん俺とそう歳変わらないはずだけどな!?」
「そうか」
「そうだよ!」
「では俺のこれも恋なのか」
「いやそれはわからねえ、断定するのは危険だぜクレス俺はやめといた方が」
「馬鹿者」
「うっ」
「一度何もかもを捨てた俺が何かを拾おうとするのは悪いことなのか」
「いいことだと思うぜ」
「ではその拾うものがお前というのは悪いことなのか」
「駄目だろそれは」
「馬鹿者!」
「ぐっ」
「肝心なところで臆病になるのはお前の悪いところだ! 前の周の俺はそれで苦労しなかったのか甚だ疑問だな」
「前の周の俺の方は普通の俺だったからそんな心配は……」
「では今のお前を堪能できるのは俺だけの特権ということだな」
「えっ」
「おい、ここまで言わせるのか」
「クレスぅ……」
「なぜ泣く」
「俺やっぱりお前のこと好きだよ……」
「二度言わなくてもわかっている」
「好きだ、クレス……」
ひとしきりべそべそ泣いた後、ギルデロイは寝落ちした。
◆
「結局俺に背負わせているではないか、馬鹿者……」
冬空の下、宿への道を歩くクレス、と背負われたギルデロイ。
「ザルなんじゃなかったのか……」
しかし、疲れているときは酒が入りやすいと言うしな、と一人頷く。
「馬鹿者が抱え込んだ荷物を少しでも減らせているなら俺は、と、俺なんかがそう思うのはやはり迷惑……などと言ったらお前は怒るのだろうな。自分の気持ちは捨てるのに俺に捨てさせようとはしない、やはりお前は悪い男だギルデロイ」
「……」
「馬鹿者。だがそれに付き合うのも悪くはない。勝手に抱え込んで勝手に距離を置いて勝手に泣く愚か者だが……」
ちら、と背中を見る。
「俺なんかに『好かれた』ことを呪うがいい、馬鹿者」
星々は今にあり。
それは日常の話。