モービダス×ペレディール
『私にも、力が……』
『邪神の力があれば……!』
絞り出す、悲鳴のようにそう言って。
“哀しみ”などという愚かなものをそこに遺し、
無責任な男は消え失せた。
死んだはずのものが再び現れ、繰り返す。
“嘘吐き貴族”は再び消えた。
「私」の前から、
――永遠に。
◆
「じいさん? おい、じいさん」
書斎。
訪れた、旅団の盾が私を呼ぶ。
「……年寄り扱いするなと言っておる。私のことは“ペレディール”と呼べ」
「んなこと言ったってなぁ。じいさんはじいさんだし、遺跡バカだし」
「………遺跡バカ、か」
私は、落とす。
旅団の盾はそのままで。
「なあ、じいさん。……あんた、やっぱり」
「…………」
「あいつの、」
「…………ギルデロイ」
「…………」
黙す、盾。
私は続ける、
「“何もなかった”」
旅団の盾の、目を見ずに言う。
「何も。何も。“何も”、“なかった”。私にも、他の誰にも。何もなかった、誰もおらん。私に付き纏う愚か者も、あのような顔で、私を――私と、██た愚か者も。何も、誰も……いなかったのだよ」
「…………」
最強の盾は無言のままで。
黙って、その黒よりも少し薄い瞳で、
私を見、
「………そっか。じいさんがそう言うなら、“そう”なんだろ」
軽く放って、踵を返す。
「じゃあな、じいさん。…………あんま思いつめんなよ。あいつら心配するからよ」
私が何を返す間もなく、盾の男は出て行った。
「……………」
なかったはずだ。
――何も。
◆
『踊りませんか、名も知らぬあなた』
悪い夢を見て目が覚めた。
夜半。
“名もなき街”の夜、月は無く。
「…………」
窓に映るは漆黒の闇。
深淵、若かった頃は、そんなものに惹かれ、喚ばれたときもあった。
こうして歳を重ねてからは、“そのようなこと”など思う暇もなかったのだがな。
よぎる、
“無かったはず”の記憶。
「憎らしい相手」に向ける色ではなかったあの眼差し。
嘘ばかり。
「知らないあなた」「美しいあなた」
嘘、嘘、嘘ばかりだ。
嘘吐き貴族の█████。
もう名前すら思い出せんよ。
そうじゃろ。
そうだ、
そのはずで――
――黒呪炎に呑まれた“█████”を見たとき。
私の、落ち着いていたはずの胸が、跳ねた。
なぜそんな反応をしたかなぞ、わかるはずないじゃろ。
そのはずだった、
だのに、“あれ”は。
何もなく、色も何も浮かべずに、ただ、“敵”を。
名前すら知らぬ、“敵”を見る目で、私を見た。
“聖火神の指輪”持つ、“選ばれし者”。ただの歯車、“神の駒の犬”を見る色の無い目で、私を見た。
“ペレディール”という個など全て見えない、見ることもできない、ただ「役割」を見るだけの、
あの、
無色のダークブラウン。
“見られた”、
私は――
「…………」
眠りの途中で目覚めて夜更かしなど健康に悪いわ。
さっさと眠って、明日も調査だ。
あの異邦人三人を救う手がかりになりそうな遺跡、それがないかを見るための調査。
大好きな調査をすることが、世のため人のためになるのなら、こんなに嬉しいことはない。
誰にも、誰一人からも理解されず、「頭のおかしい弱小貴族の異端の子」だと指をさされ、遠巻きにされた“あの日々”よりも。
うるさく愚かで嘘吐きのバカがつきまとう“█ぎた日々”の方が、私はよっぽど楽しくて。
――そうじゃろ。
――そうに、決まっておる。
あの時、あの遺跡で、
邪神に呑まれ、嘘吐きは死んだ。
嘘は消え。
魔法が解けて、
何もかもが無くなって。
私は『“選ばれし者”ペレディール』となり、世界は閉じた。
そうして“我々”は終わり、あの“関係”も終わった、“何もなくなった”というのに。
なぜだ?
どうして、今になって。
どうして今ごろ“あれ”が出てきて、“私”のことを、“あのような目”で見る。
――私は。
“ペレディール”は、
そんなことには耐えられんよ。
だからこうして――
「何も無かった。無かったのだ。………█████。嘘吐きの……愚かな貴族、█の、………。」
“何も”。
毛布を被る。
潜り込む、視界は暗くなって。
ダークブラウンに燃えたあの瞳が、“誰か”が吐いた“あの嘘”が。
うすく、脳裏に浮かぶのを。
見ないふりして、私は眠る。
意識を落として、
――きっと。
それでも、消えてはくれん。
――嘘吐きの情。
――嘘吐きの█が、
私に残した“爪痕”は。
死ぬまで私を蝕んで、
鉄を見るたび、ガシエに関わり、各地の遺跡を調査する、私が好きな、それらの行為の中でさえ。
一人の夜に襲い掛かる、
残酷な“嘘”となるのだろう。
――そう、思った。
『“私”が“傷”となるのなら』
『憎らしいあなた、█しいあなたに永遠に残る、この“傷”に』
『“私”が。█████が、なれるなら――』
『こんなに█しいことはない』
『そう思うでしょう』
『█████』
昏い昏い、“悪夢”をずっと見続ける。
“旅団長”ペレディールの、
長い長い、夜のこと。
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