魔法少女クレス

 今年も冬か、とクレスは思う。
 この寒い街にクレスはかれこれ10数年以上住んでいた。
 本人は何を思ってかその過去を語りたがらない。
「ギル、役所に行ってくる」
「俺も行くぜ」
「いや、一人で大丈夫だ。お前は寝ていろ」
「なんでだー!?」
「婚姻届の提出とかじゃないから安心しろ」
「うっぐっお前」
「冗談だと言っているだろう」
「あ、ああ……」
「それじゃ、行ってくる」
 クレスが出て行く。
 部屋の扉がぱたんと閉まった。
「クレス……」
 ギル助が呟く。
 魔法少女クレスのマスコット、ギル助はクレスに恋をしている。
 だが「相棒であり友人である」という関係性を壊したくないギル助はそのことを黙っている。
 ギル助は大きなため息を吐いた。
「いつまで隠しておけるのかねえ……」
「まったくだ、いつまで隠しておくつもりだ」
「えっ」
「邪魔するぞ」
 空間に空いた大きな穴から現れたのは悪の組織の首領、アリストロ。
「げ、玄関から入れよ!」
「む、それは失敬」
 アリストロが穴に消え、
 ぴんぽーん、という音がした。
「はい」
「アリストロだが」
「本当に玄関から来るのかよ!」
「開けてくれないのか」
「クレスの留守にうちを訪ねてきてお前は何のつもりだぁ……」
「恋の相談に乗ろうと思っただけだが?」
「ちくしょう何だよお前はよ!」
「感謝こそされど怒られる覚えはないのだが? 入れてくれないのか?」
「悪いことしないって約束できるか?」
「もちろんだ、今日はオフだからな」
「悪の首領にオフとかあるの?」
「あるぞ。私が決めた日がオフだ」
「わあ自由」
「開けてくれ」
「へえへえ……」
 ギル助が鍵を開け、扉を開く。
「お邪魔します」
「お邪魔されますよっと」
「これ」
 アリストロが何やら包みを差し出す。
「は?」
「手土産だ。ナスターシャムと一緒に食べてくれ」
「ナスターシャムじゃなくてクレスな。毒とかじゃないだろうな」
「また君はそれか。相変わらず失礼だな。中身は生ハムだ」
「生ハム!」
「こっちのワインと一緒に食うとうまい」
 アリストロが謎空間から細長い包みを取り出す。
「進呈しよう」
「お、おう……どうも。けどこっちじゃ何もお構いはできねえぞ……?」
「貧乏な君たちにお構いなど期待する方が愚かというもの」
「腹立つな!」
「はっはっは」
「あ、でも昨日作ったもやしのカレー炒めがあったからそれでも食べてくれ」
「残り物かつ庶民的なメニューだな」
「嫌なら食わなくていいんだぞ」
「食べますとも」
「おう、食え食え」
 ギル助がもやしのカレー炒めを温め、二皿に分ける。
「割り箸でいいか?」
「ああ」
 割り箸を受け取るアリストロ。
 二人は黙々と食べ始めた。
「いや黙々と食べるのはよしたまえ、マスコット君」
「何だよ、お前と話すことなんてねえぞ」
「つれないねえ……最近どうなのだ、ナスターシャムとは」
「どうって……何もねえよ」
「何もないだと? あの海での一件の後に何かあったのではないのかね?」
「ねえよ。何を期待してるんだお前は」
「そりゃあもう、海と言えばキャッキャウフフだろう」
「ねえよ! 秋の海だぞ! 寒いだろ!」
「秋の海でもキャッキャウフフするカップルはキャッキャウフフするぞ」
「それはそれ、これはこれ。そもそも俺とクレスは付き合ってないのにキャッキャウフフしようがないだろ」
「付き合っていなくてもキャッキャウフフはできる」
「はあ……?」
「現に私とナスターシャムは会社員時代に」
「えっ」
「冗談だ」
「えっ……何? お前とクレスってそういう……? クレスが好きだった人ってそういう……?」
「何だ、ナスターシャムの好きな奴の話、知ってたのか」
「えっ……」
 ギル助は固まる。
「アリストロ……お前……やっぱりクレスと付き合って……」
「はあ!? 何でそういう話になるのだ! 私が美の至宝であるあのナスターシャムなどと付き合えるわけがないだろう! ナスターシャムは誰のものにもならない!」
「あっ……そう。そういやお前はそういう奴だったな。あとナスターシャムじゃなくてクレスな、いつになったら覚えんだお前」
「ヒィッマスコット君の目が冷たい!」
「はー。じゃあ、クレスが好きだった人とお前は別ってことか……
「そうに決まっているだろう。どこに勘違いする余地があったのかね
「お前が意味深なこと言うから悪いんだろうが」
「君が勘違いするのが悪い」
「何だと」
「まあまあまあまあ。で、ナスターシャムの好きな人が気になるのかね」
「いや気になるかならないかって言ったら気になるけどよ……」
「聞きたいかね」
「いや……やめとく」
「何?」
「あいつのいないところでお前から直接聞くのは、何か、よくない気がする」
「ほーう。誠実という言葉を絵に描いたような男だねえ君は」
「気味が悪ぃことを言うんじゃねえ」
「私が君を褒めたらいけないかね?」
「いけなかねぇけど気持ち悪いんだよ」
「ひ、ひどい」
 アリストロは箸を置いて両手を顔に当てる。
「私はこんなにマスコット君のことを想っているのに!」
「えっ」
「なーんてね」
 ぱ、と笑うアリストロ。 
「お前……」
 ギル助が心底嫌そうな顔をする。
「私は誰も想ってなどいない。友人の恋を応援したいだけだ、私と君は友人ではないがね」
「友人じゃないのは知ってる」
「それは結構」
 アリストロが手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
「なんか飲むか? ビールあるけど」
「結構だ。そもそも安いビールなど飲めるわけがないだろう」
「貴様……」
「はっはっは」
「やっぱ腹立つぜ、お前」
「何と言っても敵同士だからな。敵に腹が立つのは当然だ」
「はあ……」
「君とナスターシャムの進展が全くないということに呆れかえったところで、私は帰る」
「帰るのか。クレスが帰るまで待たないのか?」
「会ってどうにかなるわけではないからな。一応魔法少女は敵だし」
「ふうん……」
 ギル助はもやしが入っていた皿を流しに運ぶ。
「ではまた、マスコット君。アデュー……」
 空間に大きな穴が空いて、アリストロが消える。それと一緒に玄関にあったアリストロの靴も消える。
「はー、器用な野郎だぜ」
 ギル助がひとりごちる。
 そうして使った食器とアリストロが使っていた割り箸をまとめて洗ったのだった。
10/10ページ
スキ