魔法少女クレス
俺はギル助。魔法少女のマスコットだ。
俺の担当している魔法少女(男性だが)のクレス。俺は今、そいつに恋をしてしまっている。
「クレス~今日はどこに行く?」
「海にでも行くか」
「え、この地域海とかあったのか」
「道がわかりにくいが、あるぞ。少し歩くが」
「徒歩でいける距離なんだな」
「ああ」
そう言って、クレスは黙る。
こういう時のクレスは決まって何かを考えている。俺にはわからない、何かを。
「……」
声をかけるとクレスの思考を破ってしまいそうで、黙っている。
「朝食を食べて、向かおう」
「ああ。準備するぜ」
思考から覚めて動き出したクレスの様子を少し伺う。
「……どうした、ギル?」
「いや。なんでも」
「……? それならいいが……」
◆
朝食にパンとサラダを食べてコーヒーを飲み、片付けを済ませたら二人で外に出る。
俺は人型形態、クレスも普段の姿だ。
「ふぃ~朝の街は気持ちいいな」
「そうか」
「一日が始まるときっていうか、爽やかな感じが好きだぜ」
「ふむ……」
クレスは顎に手を当てる。
そして、
「そういう考え方もあるな」
と言った。
「お前さんは……どう思うんだ?」
「俺か? 俺は……そうだな、あまり好きではないが……」
言葉を切るクレス。
「……」
「お前と一緒だと、悪くないと思える」
「……!」
恋に侵されたこの心はその言葉を素直に受け取ってくれず。
ありがとよ、と言った声は震えていなかっただろうか。
ああもう、年甲斐もなくこんな……担当の魔法少女に恋しちまって、どうしたらいいのかわからねえ。
この歳になったら恋なんてもう縁がないと思っていたし、マスコットになったなら余計にそうだ。魔法少女に恋するマスコットなんてありえない。
「いい風だな」
「風? ……風かあ、ほんとだな!」
頬をくすぐる風は朝の街の匂いを運んでくる。
パンが焼ける香り、コロッケが揚がる香り、色々、色々。
「クレスはこの街に住んで長いのか?」
「そうだな……もう10年ほどになるか」
「10年かあ……」
10年前、俺は何をしてたっけな? もうマスコットになってたんだったか、いや確か……10年前はまだ、生きていたような。
どうもマスコットになってから時間感覚が曖昧になっていけねえ。
真っ直ぐ前だけ見据えて進むクレスを眺める。
銀髪がふわりと風になびいている。
碧緑色の瞳。
思わず見入ってしまいそうになって、頭を振る。
「どうした、ギル。最近ぼうっとして……恋の病か?」
「うっ……」
「図星か。協力ならいつでもするぞ。友人のためだ」
「お前さん、俺のこと友人だと思ってくれてんだな……」
「当然だろう?」
「おお……ありがとよ……」
やっぱり俺はこの関係性を崩したくねえ。
恋のことは絶対に黙っていようと思い直す俺だった。
◆
「海だなー!」
「ああ、海だ」
「心が踊るぜぇ!」
「追いかけっこでもするか?」
「な、何を……」
「冗談だ」
「はーっはっは! 警戒心もなく海に来るとは笑止!」
海の上にふわふわ浮いている、黒マントに雰囲気をぶち壊しにする高笑い。これは……
「アリストロ」
クレスがぱち、と瞬きをする。
「俺たちが羨ましくてついてきたのか?」
「ぐっ」
アリストロが海に落ちかける。
「おーおー、危ないねえ」
「違うぞ! 私は断じて! 貴様らが羨ましいなどと!」
「追いかけっこに混ぜて欲しいのか?」
「なっ……ナスターシャム、まさかマスコット君と海でキャッキャウフフの追いかけっこを……!? よもやそこまで……」
「あー何か誤解してるみてえだが、違うからな」
「違うのか!」
「違う違う。クレス流の冗談ってやつだ」
「なるほど冗談……ナスターシャムは昔からわかりにくい冗談を言うことで有名だった」
「有名だったの!?」
「部署内でな。ナスターシャムくんの冗談ってわかりにくーいと言われていたのだ」
「なんじゃあそりゃあ……」
「だがナスターシャムは整った顔に低音ボイス、ふわふわの銀髪なのでやはり人気があっ」
「何の話をしているんだアリストロ」
「い、いや……」
「昔のことはいい。それより、やるのか? やらないのか?」
クレスがロッドを構える。
「…………受けて立つぞ、ナスターシャム!」
「あーあー、やっぱりこうなっちまうのねえ。行くぜ……トランスフォーム!」
「ああ。トランスフォーム!」
俺たちは変身する。
クレスはふわふわの魔法少女服に、俺は人型の戦闘衣装に。
「海で長く戦いたくはない……早期決着でいく」
「望むところだナスターシャム! くらえ、スーパーダークサバイブホー……」
「行くぞギル「おうよ! スーパースノーサンシャイン!!」」
「ぐわー!」
吹き飛ぶアリストロ。
数メートルほど飛んで、桟橋の上に落下。
「う、うぐぐ……」
俺たちはてくてくとアリストロの元まで歩く。
そして。
「まだやるのか?」
アリストロの顎にロッドを突きつけるクレス。
「きょ……今日はこの辺りにしておいてやる。覚えていろ魔法少女ナスターシャムゥ……あとマスコット君……頑張れ」
「へ!?」
次の瞬間、アリストロの姿は消えていた。
「何を頑張れなんだ?」
首を傾げるクレス。
「し、知らねえ……パトロールとかなんじゃねえの?」
「……うむ……いや、あれはお前への恋の応援と考えるべきだろう」
「うっ」
「あいつはあいつなりにお前のことを考えているのか……少し嫉妬してしまうな」
「し、嫉妬?」
「はて……なぜ俺はそんなことを?」
「嫉妬って……誰に?」
「俺も誰に嫉妬しているのかよくわからないんだ」
「そうか……」
俺にじゃねえよな……もしそうならクレスはアリストロのことが好きってことになっちまう。
好き?
いや……ありえねえ話じゃない。魔法少女が悪の首領に……いやそれは……なしではないし……友人として見てくれているんなら俺はその恋を応援するべきなんじゃないのか?
「ギル、どうした」
「い、いや……クレス、お前さん、好きな奴っているか?」
「好きな奴? お前のことが好きだぞ」
「そ、そうじゃなくて……恋愛的に好きな奴はいるかって話だ」
「恋愛だと?」
クレスが片眉を上げる。
「ギル、こんなおっさんの恋愛事情など気にしても仕方がないだろう」
「いや……お前さんが俺の恋を応援してくれるならよ……俺もお前さんの恋を応援するのは当然だと思って……」
「好きな奴は……いない、いや、いなくなった、と言う方が正しいか」
「えっ」
「いや……お前には関係のない話だな。忘れてくれ」
「忘れろって……そりゃあ……」
「俺もせっかく忘れられたと思ったものを思い出したいわけではないのでな」
「そうか……そりゃすまなかったな、忘れるぜ……」
「せっかく気を遣ってくれたのにすまないな、ギル」
「いや、大丈夫だ!」
「海鮮通りの店でも冷やかして帰ろうか、お前に蟹汁を食べさせたい」
「蟹汁? そりゃどんな汁なんだ?」
「味噌汁に蟹を入れたものだ。ここの通りの店の名物でな……寒い季節に飲むとうまい」
「おお! 今は秋だし、ぴったりかもな! 飲んで行こうぜ!」
「ああ」
クレスは頷く。
そして俺とクレスは海鮮通りの店という店を冷やかして帰った。
俺の担当している魔法少女(男性だが)のクレス。俺は今、そいつに恋をしてしまっている。
「クレス~今日はどこに行く?」
「海にでも行くか」
「え、この地域海とかあったのか」
「道がわかりにくいが、あるぞ。少し歩くが」
「徒歩でいける距離なんだな」
「ああ」
そう言って、クレスは黙る。
こういう時のクレスは決まって何かを考えている。俺にはわからない、何かを。
「……」
声をかけるとクレスの思考を破ってしまいそうで、黙っている。
「朝食を食べて、向かおう」
「ああ。準備するぜ」
思考から覚めて動き出したクレスの様子を少し伺う。
「……どうした、ギル?」
「いや。なんでも」
「……? それならいいが……」
◆
朝食にパンとサラダを食べてコーヒーを飲み、片付けを済ませたら二人で外に出る。
俺は人型形態、クレスも普段の姿だ。
「ふぃ~朝の街は気持ちいいな」
「そうか」
「一日が始まるときっていうか、爽やかな感じが好きだぜ」
「ふむ……」
クレスは顎に手を当てる。
そして、
「そういう考え方もあるな」
と言った。
「お前さんは……どう思うんだ?」
「俺か? 俺は……そうだな、あまり好きではないが……」
言葉を切るクレス。
「……」
「お前と一緒だと、悪くないと思える」
「……!」
恋に侵されたこの心はその言葉を素直に受け取ってくれず。
ありがとよ、と言った声は震えていなかっただろうか。
ああもう、年甲斐もなくこんな……担当の魔法少女に恋しちまって、どうしたらいいのかわからねえ。
この歳になったら恋なんてもう縁がないと思っていたし、マスコットになったなら余計にそうだ。魔法少女に恋するマスコットなんてありえない。
「いい風だな」
「風? ……風かあ、ほんとだな!」
頬をくすぐる風は朝の街の匂いを運んでくる。
パンが焼ける香り、コロッケが揚がる香り、色々、色々。
「クレスはこの街に住んで長いのか?」
「そうだな……もう10年ほどになるか」
「10年かあ……」
10年前、俺は何をしてたっけな? もうマスコットになってたんだったか、いや確か……10年前はまだ、生きていたような。
どうもマスコットになってから時間感覚が曖昧になっていけねえ。
真っ直ぐ前だけ見据えて進むクレスを眺める。
銀髪がふわりと風になびいている。
碧緑色の瞳。
思わず見入ってしまいそうになって、頭を振る。
「どうした、ギル。最近ぼうっとして……恋の病か?」
「うっ……」
「図星か。協力ならいつでもするぞ。友人のためだ」
「お前さん、俺のこと友人だと思ってくれてんだな……」
「当然だろう?」
「おお……ありがとよ……」
やっぱり俺はこの関係性を崩したくねえ。
恋のことは絶対に黙っていようと思い直す俺だった。
◆
「海だなー!」
「ああ、海だ」
「心が踊るぜぇ!」
「追いかけっこでもするか?」
「な、何を……」
「冗談だ」
「はーっはっは! 警戒心もなく海に来るとは笑止!」
海の上にふわふわ浮いている、黒マントに雰囲気をぶち壊しにする高笑い。これは……
「アリストロ」
クレスがぱち、と瞬きをする。
「俺たちが羨ましくてついてきたのか?」
「ぐっ」
アリストロが海に落ちかける。
「おーおー、危ないねえ」
「違うぞ! 私は断じて! 貴様らが羨ましいなどと!」
「追いかけっこに混ぜて欲しいのか?」
「なっ……ナスターシャム、まさかマスコット君と海でキャッキャウフフの追いかけっこを……!? よもやそこまで……」
「あー何か誤解してるみてえだが、違うからな」
「違うのか!」
「違う違う。クレス流の冗談ってやつだ」
「なるほど冗談……ナスターシャムは昔からわかりにくい冗談を言うことで有名だった」
「有名だったの!?」
「部署内でな。ナスターシャムくんの冗談ってわかりにくーいと言われていたのだ」
「なんじゃあそりゃあ……」
「だがナスターシャムは整った顔に低音ボイス、ふわふわの銀髪なのでやはり人気があっ」
「何の話をしているんだアリストロ」
「い、いや……」
「昔のことはいい。それより、やるのか? やらないのか?」
クレスがロッドを構える。
「…………受けて立つぞ、ナスターシャム!」
「あーあー、やっぱりこうなっちまうのねえ。行くぜ……トランスフォーム!」
「ああ。トランスフォーム!」
俺たちは変身する。
クレスはふわふわの魔法少女服に、俺は人型の戦闘衣装に。
「海で長く戦いたくはない……早期決着でいく」
「望むところだナスターシャム! くらえ、スーパーダークサバイブホー……」
「行くぞギル「おうよ! スーパースノーサンシャイン!!」」
「ぐわー!」
吹き飛ぶアリストロ。
数メートルほど飛んで、桟橋の上に落下。
「う、うぐぐ……」
俺たちはてくてくとアリストロの元まで歩く。
そして。
「まだやるのか?」
アリストロの顎にロッドを突きつけるクレス。
「きょ……今日はこの辺りにしておいてやる。覚えていろ魔法少女ナスターシャムゥ……あとマスコット君……頑張れ」
「へ!?」
次の瞬間、アリストロの姿は消えていた。
「何を頑張れなんだ?」
首を傾げるクレス。
「し、知らねえ……パトロールとかなんじゃねえの?」
「……うむ……いや、あれはお前への恋の応援と考えるべきだろう」
「うっ」
「あいつはあいつなりにお前のことを考えているのか……少し嫉妬してしまうな」
「し、嫉妬?」
「はて……なぜ俺はそんなことを?」
「嫉妬って……誰に?」
「俺も誰に嫉妬しているのかよくわからないんだ」
「そうか……」
俺にじゃねえよな……もしそうならクレスはアリストロのことが好きってことになっちまう。
好き?
いや……ありえねえ話じゃない。魔法少女が悪の首領に……いやそれは……なしではないし……友人として見てくれているんなら俺はその恋を応援するべきなんじゃないのか?
「ギル、どうした」
「い、いや……クレス、お前さん、好きな奴っているか?」
「好きな奴? お前のことが好きだぞ」
「そ、そうじゃなくて……恋愛的に好きな奴はいるかって話だ」
「恋愛だと?」
クレスが片眉を上げる。
「ギル、こんなおっさんの恋愛事情など気にしても仕方がないだろう」
「いや……お前さんが俺の恋を応援してくれるならよ……俺もお前さんの恋を応援するのは当然だと思って……」
「好きな奴は……いない、いや、いなくなった、と言う方が正しいか」
「えっ」
「いや……お前には関係のない話だな。忘れてくれ」
「忘れろって……そりゃあ……」
「俺もせっかく忘れられたと思ったものを思い出したいわけではないのでな」
「そうか……そりゃすまなかったな、忘れるぜ……」
「せっかく気を遣ってくれたのにすまないな、ギル」
「いや、大丈夫だ!」
「海鮮通りの店でも冷やかして帰ろうか、お前に蟹汁を食べさせたい」
「蟹汁? そりゃどんな汁なんだ?」
「味噌汁に蟹を入れたものだ。ここの通りの店の名物でな……寒い季節に飲むとうまい」
「おお! 今は秋だし、ぴったりかもな! 飲んで行こうぜ!」
「ああ」
クレスは頷く。
そして俺とクレスは海鮮通りの店という店を冷やかして帰った。