魔法少女クレス

「クレスー!」
 路地裏から路地裏へとギル助が走り回っている。
「クレスー、どこ行ったー……!?」
 ギル助が朝起きるとベッドからクレスがいなくなっており、まさか自分を置いて出て行ったということはないだろう、ここはクレスの家だし……と思うも、しばらく待っても帰ってこないため心配して探しに出たというわけだ。
「クレス……」
 ギル助の頭の上の猫耳がぺたんと垂れる。
「どこ行っちまったんだよ……」
 尻尾もぺたんと垂れる。
「お前さんがいねえと、俺……」
「ハッハッハ! お困りのようだな、マスコット君!」
「な、お前は……アリストロ!」
 ギル助が身構える。
「そんな小さな身体で何ができる? せいぜい私の手に弾かれるが関の山!」
「ぐ、ぐぬぬ……」
「おおかたナスターシャムに愛想を尽かされたとかそんな感じだろう! ざまあみろ!」
「何をぅ! ……お前がどうにかしたとかじゃないだろうな! アリストロ!」
「ハ……そんなことをしてどうする? 何の得もない。それにどうにかできるものならとっくにどうにかしている!」
「なにっ」
「ナスターシャムを誘惑し、私の下僕に……いやそれはナスターシャム像的にどうなのだ……? 私に傅くナスターシャムなどナスターシャムではないが……しかしあの鉄面皮が頬を染めてアリストロ様♡ とか言うところはああっナスターシャ」
「お前本当にキモいな……」
「マスコット君に言われたくないな! 大方、君もナスターシャムに惚れているのだろう!」
「そんなわけないだろ!」
「ほほう、果たしてそうかな?」
「それに、『も』ってことはお前もクレスに惚れてるってことじゃねえか!」
「なっ」
「違うのか!?」
「わ、私がナスターシャムに惚れるなどそんな……ありえないことなのだよギル助くん。私は悪であり敵であり首領……確かにナスターシャムをこの手におさめたくはあるが、それはあくまでも世界征服のため……ナスターシャムの尊さで世界を悪に染めるため……手段なのだよ。君とは違うのだよ、君とは」
「いや俺は……」
「惚れているのだろう?」
「俺は魔法少女のマスコットだ! その魔法少女に惚れるなんて……あっちゃいけないんだよ! マスコットと魔法少女の恋なんて聞いたことがねえ!」
「そう、『あってはならない』……だから、君の恋は叶わないのだよ……ああ、可哀想なマスコット君。ハハハ。その身を私に捧げる気はないかね?」
「馬鹿野郎、なんでお前なんかに!」
「私に身を捧げさえすれば、私は君の力でナスターシャムをものにできる……その暁には君にナスターシャムを一晩貸し与えることもやぶさかではない」
「クレスは物じゃねえ! 変な力でクレスの気持ちを動かしたって、それは偽物だ! アリストロ……お前はやっぱり悪だよ、わかり合えねえ悪だ……」
「その通り」
「!? クレス!」
「悪の首領アリストロはとんでもなくお馬鹿だが、やはり悪なのだ。俺たちとわかり合うことはできない」
「………」
「故に、何度でも倒す。いくぞギル助」
「お、おう!「「トランスフォーム!」」
「フ……何度でも倒すというならこちらも受けて立つまで。かかってこい魔法少女ナスターシャム、マスコット君!」
「クレスだ。「「スーパースノーサンシャイン!」」
「ぐわー!」



 戦いの後。
「悪かったな、ギル。心配したのか」
「ああ、起きたらお前がいなかったから……」
「本当はお前が寝ている間に済ませようとしていたんだが……仕方がない、ほら」
 クレスがギル助に包みを手渡す。
「こ、こりゃあ……」
「今日は俺とお前が出会った記念日だろう。お前はこういうのが好きかと思ってな。中身はワインだ。年代物の、な」
「く、クレス……!」
「酒には早い時間だが、なに……飯でも食って、それからにしよう」
「おうよ……!」
 プレゼントに感激したギル助は、どこまで聞いてたか、を確認するのをすっかり忘れてしまい。



「マスコットが恋、か……」
 酔い潰れたギル助を前に、クレスが呟く。
 ぴこぴこと動く耳をそっと撫でると、ギル助はむにゃむにゃ言いながらクレスの手に寄り添った。
「……」
 クレスが少しだけ口角を上げる。
 それは秋の頃。
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