モービダス×ペレディール

「ふう……」
 私は顔を上げる。書斎のテーブルに置いた手の下には今度赴く予定の地方の旅行記。
 地質や歴史については納得のいくところまで調べることができた、と思っている。この旅行記は外部から見たこの地方がどう見えているか、比較文化的な観点からの調査の一環であった。
 しかし。
「張り合いがないのう……」
 漏れる、独り言。
 自分でもどのような意図で発した言葉なのかわからなかった。
 いや。わからないふりをしている、のかもしれない。
 そうだ、本当はわかっている。
 「何に」張り合いがないのか。
 「誰と」張り合っていたのか。
 ため息。
「こんな調子では皆に心配されてしまうぞ……」
 遺跡調査が趣味の高飛車貴族、いつも私の邪魔ばかりして、憎らしかったし嫌いだった。
『我らが神を』
 あれが邪教の使徒だったとは。
 それを知ったとき、私はどこか納得したような、けれどそれ以上に。
 落胆。
 おそらく、そういう類のものだった。
 遺跡が好きでやっていたことではない、私と張り合うためにやっていたことではない。
 あれにはずっと目的があって、その目的を達成するためだけに……私と「無関係に」動いていたのだと。
 だがそれでなぜ私が落胆しなければいけないのか、それはわからなかった。
 こんな歳になっても人間自分のことは容易くはわからない。
 自分のことは自分が一番よく知っている、などという言葉もあるが、私はそれはある種正解である種間違っていると思うのだ。
 自分に一番近いのは自分だ。だが近すぎると見えないものもある。人間は自分のことをよく知っているが、「今ここにある私のこの自我」から遠い他人こそが知っていること、というのもある。
 と、私はこれまでの人生経験からそう思っていた。
 他人こそが……ということは、これはもう誰かに相談した方が良いのかもしれん。
 そう思うが、なんとなく気が進まない。
 なぜ気が進まないのかもわからない。
 ぼんやりとした感情を抱えてぼんやりと持て余す。
 だが、そういった感情を抱え続けることもまあ、人生における楽しみの一つであるような気もして。
 自分もそのような気持ちになることがあったのだな、と。
 まだまだ私も若いわい、と。
 そう思って、席を立った。
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