不在の冬

「なんか最近討伐が楽になったと思わねえか?」
 敵の攻撃を弾きながら、ギルデロイ。
「楽になっているのではない、俺たちが強くなっているのだろう」
 そう答えながらクレスは空中で一回転し、敵にナイフを叩きこむ。
「そうかあ……? あんま実感ねーけど」
「ギルデロイは強くなったと思うよ、クレスくんも」
「ファビオ? 後衛も後衛にいるのにここまで声が届くたあ相変わらずだな」
「違うよ! 風魔法に乗せてるのさ!」
「ほー、器用だな!」
「普段から声量があるのも風の素質がある影響なのだろうか」
「そうかもね! わからないけど!」
「わからない、俺はわからねえんだよな」
「何がだ、ギルデロイ」
「俺が本当に……『生きてる』のかどうか」
「……」
「……」
 沈黙が落ちる。魔物を捌く音と、ペレディールの放つ火炎の燃える音だけが場に響いた。



 戦闘後。酒場。
「すまねえ……」
「いいんだよ」
「だがすまねえ……戦闘中に思いっきり場を冷やしちまった……」
「まあキミがそう思ってるってことは変えられない事実だからね」
「でも、言う場は考えた方がよかったぜ……そうだろ」
「それでも言ってしまうほど気にしていたということだろう」
「フォローしてくれてありがとなクレス……」
「随分場が暗いが、三人とも何の話だ」
 隣のテーブルにいたウィンゲートがギルデロイ、クレス、ファビオのいるテーブルを覗き込んで問う。
「あ、そうか、お前は後衛にいたから気付かなかったか」
「……生きるって話さ」
「生きる?」
「ある日ふっと消えてしまわないか、とか、存在の不確かさとか、そういう話さ」
「そんなことを思うのか? 誰がだ」
「ギルデロイだ」
 とクレス。
「あー、もう俺も隠してないでそろそろ皆に話した方がいいのか……」
「私は知っとるぞ!」
 四人のいるテーブルに椅子を引っ張ってきてペレディールが言う。
「なんだって……?」
「悪いが、俺も知ってる」
 とウィンゲート。
「ファビオ……?」
「話したよ。ダメだった?」
「いや、悪くはないが……ファビオ、お前はなんで知ってるんだ?」
「なんとなくさ。踊り子の勘、ってやつ?」
「むむむ……」
「皆が知っていることを俺は知っていた、すまないなギルデロイ」
「えっ、クレスも……じゃあ俺一人で悩んでた?」
「それは違うね。今のキミ自身が何を考えてるかまではキミから言われなければわからないから」
「そうか……」
「で、存在の不確かさの話だったか」
 ウィンゲートが隣のテーブルから椅子を取り、座る。
「話してみろ、ギルデロイ」
「ああ……」
 ギルデロイは覚悟を決め、息を吸う。



「初めはこの世界が夢じゃねえか、って思い始めたことからだったんだよ。
 もう聞いてるかもしれねえが、俺が毎晩見る夢、世界が消えてなくなっちまう夢……あそこから、この世界は前の周で死んじまった俺が見てる都合のいい夢なんじゃねえかって。
 「弔い」をして、もう大丈夫だって思った。けどよ、だからといって今の俺が、生きてる確信……今確かに俺がここに在る、って確信を持てるようになるわけじゃねえ。仮に、夢なんじゃねえかって気持ちが消えたとしても、今の俺自身が、存在してることが「わからない」んじゃ意味がねえ……
 昔の俺ならそんなことには悩まなかったんだろうし、悩んでも仕方ねえと思って流せたんだろうが……今の俺は……前の世界があんなことになっちまって、流せなくなっちまったからな。
 だから、ってわけでもねえんだが……。
 何をすれば生きてるかどうかわかるか、って、試してみた。酒を飲んでみたり、鍛錬してみたり……けど、やっぱりわからねえ。考えれば考えるほどわからなくなってく。
 自分が生きてるかどうか……皆は、どう思う」
 ギルデロイが、仲間を、見る。
「私はな」
 と最初に語り出したのはペレディールだった。
「皆も予想がつくと思うが、私は遺跡調査をしとるときが一番『生きている』と感じるな。他にも色々あるぞ、文献調査をしているとき、酒を飲みながら土産話をしているとき、おいしいものを食べているとき……色々じゃ。だがお前さんはきっとそういうときがあったとしても、それが感じられなくなってしまったのだろうな」
「ボクはね」
 とファビオ。
「やっぱり、舞ってるときが一番生きてるって感じかな。あとはみんなと遊んでいるとき……話したり、食べたり。たまに昔のことを思い出したりするときもあるけど、そんなときは誰かに絡みに行くなあ」
「ファビオ、お前もそんなことあるのか」
「あるさ、ボクだって人間だもの」
「まあ、そうだよな」
「そうそう」
 頷くファビオ。
「……次は俺か」
 ウィンゲートが口を開く。
「俺はやはり、義に順ずる活動をしているときが最も生きていると感じるな。叔父貴のためにも、義賊ウィンゲートとして立派に生きて行こうと思っている……この前盗みに入った屋敷の屋根から見た月は美しかったが、お前は月を見ると過去を思い出して苦しむことの方が多いのかもしれないな」
「月……そうだな、前までは確かにそうだった。けど今は……見守られてるような気持ちになることの方が多いかもしれねえ」
「それは『弔えた』からなのか」
「たぶん、そうなんだろう。だが、それでも生きてることがわからねえのはなんでなんだろうなあ……」
「……」
 ウィンゲートは横目でクレスを見、頷く。
「最後は俺だな」
 とクレス。
「俺は……死んだように生きていた。『雪狼』が死んだのも……カレンが死んだのも、全て俺のせいだと、何もかもを背負って。唯一、復讐を果たすことだけを胸に……そのときの俺は、『生きていた』とは言えなかったのかもしれん」
「……」
「だが俺は……お前と、そしてお前の仲間たちと会って変わった」
「それって」
「お前だ、ギルデロイ。お前のそのお節介が、俺を救ったのだと思う」
「直球だな……」
「こんなときぐらい直球になるさ」
「……」
「で、生きていると思うとき、か。俺はお前といると生きていると思える。あの暗闇はもうなく、ここには暖かい場があるのだと。最近では旅団の奴等の輪に入っているときも、なんだか生きているような気がする。よくわからないが……俺にもよくわからない、が、生きている実感……は、おそらく、自然に湧いてくるものであって、得ようと探して得られるものでもないのだろう」
「それじゃあ……」
「月並みな答えだが、お前に生きている実感がなくても俺たちにとってお前は生きている、ギルデロイ。お前は一人の人間で、今を生きる宝石商で、旅団の盾で。……そんな言葉で納得しはしないとわかっているが」
「……」
「……」
 場に沈黙が落ちる。けれどもそれは気まずいものではなく、思考の「間」だった。
「……それでも、いいのか」
 とギルデロイ。
「生きていることがわからなくても……お前さんは、お前さんたちは、それを許してくれるのか」
「許すさ」
「許すよ」
「無論だ」
「決まっておるぞ」
 ギルデロイはぱちり、と瞬きをする。
 そして、
「そうかあ……」
 と言った。
「それでも、いいのか……」
「キミ自身が許せなくても」
「俺たちが許しておこう」
「そういう話だ」
「重い荷物は皆で背負う、君の荷物も私たちで背負うぞ。ここは旅団……つまりは『居場所』だからな」
「……」
「あ、ギルデロイもしかして泣いてる?」
「な、泣いてねえよ!」
「泣いているな」
「わかるのか」
「俺はギルデロイの涙には詳しい」
「く、クレス!」
「仲良しじゃのう」
 ペレディールが笑う。
 そうして夜は更け。





「ギルデロイ」
 ベッドに腰かけていたギルデロイが顔を上げる。
「クレス……来てくれたのか」
「恋人がそんな状態にあると知ったら来るだろう」
 クレスはベッド端まで歩いてきて、ギルデロイの隣に座った。
「恋人か、へへ……」
 ギルデロイが鼻をこする。
「もう共に寝た仲だというのに未だに照れるな、お前は」
「いつまでも初々しいのって憧れねえか?」
「なんだそれは」
「なんだろうな……感動? みたいなの、保存しておきたい、っつーか……俺は案外そういうのが好きだからこそ宝石商やってんのかもしれねえな」
「宝石、か」
「太古の昔のこの地を作った成分の塊だからな……宝石は。オルステラ、っつーか世界、が凝縮されてるって感じだ」
「世界が凝縮……すごいな」
「ロマンの塊だろ?」
「確かに、ロマンはある」
「お前さんも、旅団の仲間たちも……宝石、なんだろな、俺にとっては」
「ふむ」
「それはお前さんも同じだろ?」
「ああ、そうだ」
「……こう思えるようになった、ってことは、もう、それだけで生きてるってことなんじゃねえのかって思うが……でも、」
「ああ。急がなくていい」
「……」
「俺は一生背負っていてもいいんだが」
「えっそれって」
「お前はどうだ?」
「え……そりゃあ、もう、答えは一つだろ」
「ほう」
「俺もお前さんの荷物を背負うよ、クレス。一生背負っていてもいい」
「気負うな、ギルデロイ」
「お前さんもだろ、クレス」
「ゆったりと……更けていけばいいと思う」
「そうだな」
「お互い余生みたいなものだからな」
「そうか、余生……」
「まだまだ現役だがな」
「お、俺だってまだ現役だぞ」
「フ、それは知っている」
「あっまた何かいやらしいこと言おうとしてる! お兄さんは許しませんよ!」
「く……」
 肩を震わせて笑うクレス。ぽす、とギルデロイにもたれかかる。
「ふ……」
 ギルデロイもつられて笑う。
 肩を寄せ合いながら二人で笑って、どちらからともなくベッドに身を倒し、そうして眠った。
 ただ眠った。
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