不在の冬
守れなかったこと。
失ったこと。
それらはもう過去だ。
けれど不甲斐ない自分自身を責める心はなくならないもので。
「このままだとあいつに迷惑かけちまうよな……」
「誰に迷惑をかけるだと?」
「おわっ、クレス」
「ギルデロイ」
「む……」
「悩み事があるのか?」
「あるっちゃある……ないっちゃない」
「どっちなんだ」
「どっちだろうな……正直、言いにくい」
「言いにくいのか」
「ああ……」
「言えないようなことなのか」
「言えないような……そうかもしれねえ。言ってもよくはあるんだが、このことは俺が自分でカタをつけたいっつーか……」
「ふむ……それなら追求はしない。充分考えると良い……邪魔したな」
去ろうと後ろを向いたクレスを、
「待った」
と呼び止める。
「どうした、」
俺は立ち上がり、恋人の頭の頂点に唇を落とす。
「……!?!?!?」
頭に手をやり瞬きをするクレス。
「せっかく二人きりなんだ、これくらいはしないと損じゃねえか?」
「な……」
「あ、普段と立場逆だ。やったぜ」
クレスは頭から手を離し、俺を見据える。
「やるな、ギルデロイ……だが次会った時は覚えていろ」
「えっ俺何されるの?」
「さあな。では、失礼する」
コートの裾をなびかせて去る恋人を見送りながら、俺何されるの……? という思考を回しながら。
今日は休みだ。クレスに言われた通り、ゆっくり考えよう。と思った。
◆
ぼんやりと、宿を出て歩きながら考える。
過去は過ぎた、なおも己を許せないのが俺。
何を許せないのか。
守れなかったこと?
違う。それはもう終わった話だ。
失ったこと?
それも違う。過ぎてしまったものは戻ってこない。
では何か。
こうなってしまったこと……たぶんそうだ。俺は、俺が今の俺であることを許せない。
クレスがそれを許そうが、俺は許せない。もっとクレスを支えられる、安定感があって、自分の問題は自分で解決できるような、余裕のある俺……「クレス」を失う前の俺。に、戻れるものなら戻りたい、と思っている。ずっと。
不安定な自分が何よりも許せねえ。本当は俺がクレスを支えてやらなきゃいけないのに、と思っている……思っている。
「そう思ってるんだよね、ギルデロイ」
「えっ何……」
突然声をかけられ、振り返る、と、壁にもたれていたオレンジカラーの踊り子がウィンクする。
「ファビオ?」
「そうさ。キミには悩み事があるんだろう」
「俺が何を思ってるって……?」
「不甲斐ない自分を許せない、と思ってるんだろう」
「な、なんでわかる……」
「わかったんじゃないさ、キミの姿を見て、そうかなぁと思っただけ」
「察し力高すぎだろ……」
「ふふ」
静かに笑うファビオ。珍しい。
「ボクたちやクレスくんが許しても、キミは自分が許せない……責任感の強いキミらしいね。頷ける」
「責任感が強いかどうかはわからねえが、そうだな……許せねえ」
「そもそもキミはあの子を弔ったのかい?」
「あの子って?」
「死んだ者は弔った方が良い……そうすることで、残った生者は気持ちの整理をつけるのさ」
「お前さん、知ってるのか……?」
「いや、何も。そうかなぁと思っただけさ」
「むむ……」
「じゃあボクは行くよ」
「えっ」
「デートがあるからね」
「デート!?」
「ウィンくんとのデートさ」
「ああ、そういう……」
じゃあねと言って右手をひらりと上げ、ファビオは去って行った。
ファビオ……あいつはいつも、真っ直ぐなようでいて真意が読めないところがある。が、弔い……。確かに俺はこれまで前に進むことばかりで、弔いのことなんて考えたこともなかった。
過去を過去にするためには、弔いが必要なのだろうか。
◆
弔いのやり方。
は、墓を作るとか、塚を建てるとか……地方によって違う。聖火教は墓……だが、この世界にはもう「クレス」はいねえし、死んだ仲間たちももちろんそうだ。入れるもののねえ墓……聞いたことはあるが。
しかしそもそも墓を作るという発想が今ひとつしっくり来ねえ。墓を建てて、参りに来る……のは何か違う。
最初からこの世界にいない者たちを弔うのに、この世界に墓を建てるのは違うんじゃないかと。
じゃあ、どうすれば?
「なあ、じいさん」
食堂で本を読んでいたペレディールに声をかける。
「どうした、ギルデロイ」
「なんか弔う方法とか知ってるか?」
「いきなりじゃな」
「すまん……」
「いや、若人に知識を乞われるのは悪い気はせん。……で、弔う方法か……色々あるが、宗教宗派、あとは目的による」
「宗教宗派はわかるが、目的ってのは何だ?」
「うむ。弔う方法は基本的にはその宗教宗派が行っているやり方に準ずるが、宗教宗派関係なく、弔う者が弔いの気持ちをどう扱いたいかで弔い方を変えることがある……例えば、自然のサイクルの中に戻したいなら鳥葬、さわやかに別れたいのなら遺物を海にまく、とかじゃな」
「でもそれも考え方っつーか宗教宗派なんじゃねえのか」
「それはそうじゃな。考え方が根底に来て、それをどうしたいかというのが目的だ」
「考え方……つまり、俺の考え方が問題になってくるってことか」
「そうじゃ」
俺の考え方。
俺は「クレス」をどうしたいと思っているのか?
重く扱いたくはない。あいつは死んだ、もう戻らない。なるべく軽い感じで、しかしきちんと別れられるように、そうだ、後には何も残らない方がかえって良いような……
「それなら、葉舟流しはどうかね」
「葉船流し?」
「木や草の葉で船を作り、故人を思いながら川に流すのだ。文献で読んだことがある」
「へえ、そういうのがあるのか……いいな」
明確な言語化はできないが、いい、と思った。
川に流す、っての、流れ旅をしてきた商人の俺らしいし。
「うむ。お前が何を考えているかはわからんが、私も祈っておく」
「ありがとうな、じいさん……それじゃあ」
「ああ」
ペレディールに背を向け、食堂を去る。俺が扉を出るまで、見送る気配がした。
いつもならすぐ読書に戻るのに、じいさんなりに気を遣っているのか……俺なんか仲間に恵まれたな、みたいな気持ちになった。
◆
リバーランド。
どこまでも続く川のほとりで俺は草船を作っていた。
形には迷わなかったし、だいたいこんな感じか、って具合に、いくつかの葉を組み合わせて作る。
手先が器用な方でよかったぜ。
完成した船を見、頷く。
これでいい。
川の側に寄る。水の音。
失われた人々。終わってしまった冒険。消えてしまった世界。
それら全てを小さな船一つに背負わせてしまうのはどうなんだか、と思ったが、俺的には結構うまくできたし、すっきりとした外観はどんな業でも背負って流してくれそうな気がした。
「……」
いなくなった人々。
俺は守れなかった……あいつは死んだ。他の皆も。過去、とか言ったが、そのことを思うと今でも胸が少し痛む。
けど今、守ることのできた世界、仲間、恋人たち……ここで俺はそこそこ楽しくやってる。悩み事もあるが……一人じゃない。
守ることができたものを、これからも俺は守りたい。俺一人で守るんじゃなくて、仲間たちと支え合いながら。
「相棒」、俺は……お前がいなくても、たぶんやっていけるんじゃないかと思う。
今の俺を見てお前がどう思うかはわからないし、俺はこれから自分を許せるのかどうか、わからないし、自分のことを不甲斐ねえって思うのもやめられないと思う……けどよ、「相棒」……俺は、守りたいものを、今の俺ができる範囲で、届かないところは仲間に頼って。
……声が届くかって、天国があるかどうかもわからない、そもそも信じてねえし、わからないけどよ。
でも、見ていてくれたらいいって。
思う。
川に船を置く。
手を離す。
船はすうっと滑り出し、流れ。
彼方に消えていった。
◆
自室に戻ると、クレスがいた。
ベッドに座るその側まで行って、向かい合う。
「どうだった……などと聞くまでもないな、その様子だと上々というところか」
「ああ……わかるか」
「晴れやかな顔をしているからな」
「お前さんには勝てねえなあ……」
「寄れ、ギルデロイ」
「ん?」
ぐい、と掴まれ屈まされる。
「!?」
ぽん、と頭に手が置かれた。
「………!」
ぎこちなく撫でられる、その感触に頭が追いつかない。
「お前はよく頑張った」
クレスが言う。
「本当によく頑張った」
「クレス……」
「忘れなくてもいい、忘れられるものではない。だが俺は……共にあろう、俺の望む限り」
「お前が望む限り、なんだな」
「ギル、お前が望む限りだとお前を甘やかしてしまうからな」
「甘やかしてくれねえの?」
「甘やかすさ。だが、メリハリはつける。……ギル」
「ん」
「愛している」
視界があいつだけになる。
いつもみたいに頭が真っ白になることはなく、ただ愛しい。やられたなあなんて思いながらも、俺はそれを返して、
その日はそれで終わり。
失ったこと。
それらはもう過去だ。
けれど不甲斐ない自分自身を責める心はなくならないもので。
「このままだとあいつに迷惑かけちまうよな……」
「誰に迷惑をかけるだと?」
「おわっ、クレス」
「ギルデロイ」
「む……」
「悩み事があるのか?」
「あるっちゃある……ないっちゃない」
「どっちなんだ」
「どっちだろうな……正直、言いにくい」
「言いにくいのか」
「ああ……」
「言えないようなことなのか」
「言えないような……そうかもしれねえ。言ってもよくはあるんだが、このことは俺が自分でカタをつけたいっつーか……」
「ふむ……それなら追求はしない。充分考えると良い……邪魔したな」
去ろうと後ろを向いたクレスを、
「待った」
と呼び止める。
「どうした、」
俺は立ち上がり、恋人の頭の頂点に唇を落とす。
「……!?!?!?」
頭に手をやり瞬きをするクレス。
「せっかく二人きりなんだ、これくらいはしないと損じゃねえか?」
「な……」
「あ、普段と立場逆だ。やったぜ」
クレスは頭から手を離し、俺を見据える。
「やるな、ギルデロイ……だが次会った時は覚えていろ」
「えっ俺何されるの?」
「さあな。では、失礼する」
コートの裾をなびかせて去る恋人を見送りながら、俺何されるの……? という思考を回しながら。
今日は休みだ。クレスに言われた通り、ゆっくり考えよう。と思った。
◆
ぼんやりと、宿を出て歩きながら考える。
過去は過ぎた、なおも己を許せないのが俺。
何を許せないのか。
守れなかったこと?
違う。それはもう終わった話だ。
失ったこと?
それも違う。過ぎてしまったものは戻ってこない。
では何か。
こうなってしまったこと……たぶんそうだ。俺は、俺が今の俺であることを許せない。
クレスがそれを許そうが、俺は許せない。もっとクレスを支えられる、安定感があって、自分の問題は自分で解決できるような、余裕のある俺……「クレス」を失う前の俺。に、戻れるものなら戻りたい、と思っている。ずっと。
不安定な自分が何よりも許せねえ。本当は俺がクレスを支えてやらなきゃいけないのに、と思っている……思っている。
「そう思ってるんだよね、ギルデロイ」
「えっ何……」
突然声をかけられ、振り返る、と、壁にもたれていたオレンジカラーの踊り子がウィンクする。
「ファビオ?」
「そうさ。キミには悩み事があるんだろう」
「俺が何を思ってるって……?」
「不甲斐ない自分を許せない、と思ってるんだろう」
「な、なんでわかる……」
「わかったんじゃないさ、キミの姿を見て、そうかなぁと思っただけ」
「察し力高すぎだろ……」
「ふふ」
静かに笑うファビオ。珍しい。
「ボクたちやクレスくんが許しても、キミは自分が許せない……責任感の強いキミらしいね。頷ける」
「責任感が強いかどうかはわからねえが、そうだな……許せねえ」
「そもそもキミはあの子を弔ったのかい?」
「あの子って?」
「死んだ者は弔った方が良い……そうすることで、残った生者は気持ちの整理をつけるのさ」
「お前さん、知ってるのか……?」
「いや、何も。そうかなぁと思っただけさ」
「むむ……」
「じゃあボクは行くよ」
「えっ」
「デートがあるからね」
「デート!?」
「ウィンくんとのデートさ」
「ああ、そういう……」
じゃあねと言って右手をひらりと上げ、ファビオは去って行った。
ファビオ……あいつはいつも、真っ直ぐなようでいて真意が読めないところがある。が、弔い……。確かに俺はこれまで前に進むことばかりで、弔いのことなんて考えたこともなかった。
過去を過去にするためには、弔いが必要なのだろうか。
◆
弔いのやり方。
は、墓を作るとか、塚を建てるとか……地方によって違う。聖火教は墓……だが、この世界にはもう「クレス」はいねえし、死んだ仲間たちももちろんそうだ。入れるもののねえ墓……聞いたことはあるが。
しかしそもそも墓を作るという発想が今ひとつしっくり来ねえ。墓を建てて、参りに来る……のは何か違う。
最初からこの世界にいない者たちを弔うのに、この世界に墓を建てるのは違うんじゃないかと。
じゃあ、どうすれば?
「なあ、じいさん」
食堂で本を読んでいたペレディールに声をかける。
「どうした、ギルデロイ」
「なんか弔う方法とか知ってるか?」
「いきなりじゃな」
「すまん……」
「いや、若人に知識を乞われるのは悪い気はせん。……で、弔う方法か……色々あるが、宗教宗派、あとは目的による」
「宗教宗派はわかるが、目的ってのは何だ?」
「うむ。弔う方法は基本的にはその宗教宗派が行っているやり方に準ずるが、宗教宗派関係なく、弔う者が弔いの気持ちをどう扱いたいかで弔い方を変えることがある……例えば、自然のサイクルの中に戻したいなら鳥葬、さわやかに別れたいのなら遺物を海にまく、とかじゃな」
「でもそれも考え方っつーか宗教宗派なんじゃねえのか」
「それはそうじゃな。考え方が根底に来て、それをどうしたいかというのが目的だ」
「考え方……つまり、俺の考え方が問題になってくるってことか」
「そうじゃ」
俺の考え方。
俺は「クレス」をどうしたいと思っているのか?
重く扱いたくはない。あいつは死んだ、もう戻らない。なるべく軽い感じで、しかしきちんと別れられるように、そうだ、後には何も残らない方がかえって良いような……
「それなら、葉舟流しはどうかね」
「葉船流し?」
「木や草の葉で船を作り、故人を思いながら川に流すのだ。文献で読んだことがある」
「へえ、そういうのがあるのか……いいな」
明確な言語化はできないが、いい、と思った。
川に流す、っての、流れ旅をしてきた商人の俺らしいし。
「うむ。お前が何を考えているかはわからんが、私も祈っておく」
「ありがとうな、じいさん……それじゃあ」
「ああ」
ペレディールに背を向け、食堂を去る。俺が扉を出るまで、見送る気配がした。
いつもならすぐ読書に戻るのに、じいさんなりに気を遣っているのか……俺なんか仲間に恵まれたな、みたいな気持ちになった。
◆
リバーランド。
どこまでも続く川のほとりで俺は草船を作っていた。
形には迷わなかったし、だいたいこんな感じか、って具合に、いくつかの葉を組み合わせて作る。
手先が器用な方でよかったぜ。
完成した船を見、頷く。
これでいい。
川の側に寄る。水の音。
失われた人々。終わってしまった冒険。消えてしまった世界。
それら全てを小さな船一つに背負わせてしまうのはどうなんだか、と思ったが、俺的には結構うまくできたし、すっきりとした外観はどんな業でも背負って流してくれそうな気がした。
「……」
いなくなった人々。
俺は守れなかった……あいつは死んだ。他の皆も。過去、とか言ったが、そのことを思うと今でも胸が少し痛む。
けど今、守ることのできた世界、仲間、恋人たち……ここで俺はそこそこ楽しくやってる。悩み事もあるが……一人じゃない。
守ることができたものを、これからも俺は守りたい。俺一人で守るんじゃなくて、仲間たちと支え合いながら。
「相棒」、俺は……お前がいなくても、たぶんやっていけるんじゃないかと思う。
今の俺を見てお前がどう思うかはわからないし、俺はこれから自分を許せるのかどうか、わからないし、自分のことを不甲斐ねえって思うのもやめられないと思う……けどよ、「相棒」……俺は、守りたいものを、今の俺ができる範囲で、届かないところは仲間に頼って。
……声が届くかって、天国があるかどうかもわからない、そもそも信じてねえし、わからないけどよ。
でも、見ていてくれたらいいって。
思う。
川に船を置く。
手を離す。
船はすうっと滑り出し、流れ。
彼方に消えていった。
◆
自室に戻ると、クレスがいた。
ベッドに座るその側まで行って、向かい合う。
「どうだった……などと聞くまでもないな、その様子だと上々というところか」
「ああ……わかるか」
「晴れやかな顔をしているからな」
「お前さんには勝てねえなあ……」
「寄れ、ギルデロイ」
「ん?」
ぐい、と掴まれ屈まされる。
「!?」
ぽん、と頭に手が置かれた。
「………!」
ぎこちなく撫でられる、その感触に頭が追いつかない。
「お前はよく頑張った」
クレスが言う。
「本当によく頑張った」
「クレス……」
「忘れなくてもいい、忘れられるものではない。だが俺は……共にあろう、俺の望む限り」
「お前が望む限り、なんだな」
「ギル、お前が望む限りだとお前を甘やかしてしまうからな」
「甘やかしてくれねえの?」
「甘やかすさ。だが、メリハリはつける。……ギル」
「ん」
「愛している」
視界があいつだけになる。
いつもみたいに頭が真っ白になることはなく、ただ愛しい。やられたなあなんて思いながらも、俺はそれを返して、
その日はそれで終わり。