道化めいた虎
「やはりまた来たか、恋人くんよ」
「あれ……俺は」
「きっとまた来ると言っただろう」
「俺、お前のところに来たつもりはないんだが」
「来たつもりはなくとも来たのだろう。それが真実というもの……恋人くんよ」
「何だよ」
「私はまだお前がナスターシャムの恋人をやっているということを許してはいないからな」
「ナスターシャムじゃなくてクレスな。俺は別にお前に許されなくてもいいんだが」
「今のナスターシャムを作ったのは私、すなわち私こそがナスターシャムの父親とも言えるのだ……」
「お前それ解釈違い大丈夫なのか?」
「うっ」
「自分で言って自分でダメージ受けてやんの」
にや、と笑うギルデロイ。眉を寄せるアリストロ。
「だが私が自らナスターシャムの恋人になるのは違う……私に屈するナスターシャムは違うのだ……そんなものはナスターシャムではない……」
「クレスな。でもお前は好きなんだろ、クレスのこと」
「好きなどと!」
「いきなり大声出すのやめろよ」
「好きなどと……私はナスターシャムのことが……ナスターシャムのことが……」
「何なんだよ、好きじゃなかったら嫌いなのか?」
「嫌いなどと!」
「だから大声出すのやめろっつったろ」
「私はナスターシャムのことを嫌い……嫌い? 好き? 嫌い……?」
「バグってんぞ、どっちなんだ」
「どちらでもないのだ! 私は! ナスターシャムのことが!」
「ナスターシャムじゃなくてクレスっつってんのにどうしても認めようとしないのな」
「ナスターシャムはナスターシャムなのだ! いかに姿を変えようと! 私にとっては在りし日の姿のままの、美しき、私を惑わす愛しく憎い白き花……」
「お前……だいぶキモいぞ……」
「そんなことはわかっている!」
だん、と机を叩くアリストロ。
「物にあたっちゃいけません」
「私は……ナスターシャムが……ナスターシャムを……」
「落ち着けよ」
「お前こそナスターシャムを幸せにもできないくせにいつまでも側にいて! 恥ずかしいと思わないのか!」
「別に俺は幸せにするつもりなんてないぜ」
「ならなぜ側にいる!」
「俺はクレスが在りたいようにあれるように側にいるだけだ。俺がいることでクレスが在りたいようにあれないってんなら身を引くぜ」
「な……な……な……」
「さっきからどうしたんだよ本当に」
「恋人くんよ」
「何だよ」
「貴様何か……変わったな?」
「そうかあ?」
「まさかクレスとしょ……しょ……しょ……」
「そういうこと言うのやめろよ……」
「したのかしてないのかどっちなのだ!?」
「ノーコメントで」
「したんだな!?!?!?!?」
「声が大きい!」
「私は許さんぞ! あのナスターシャムが男と……男と……貴様は大変なことをしたんだぞ、わかっているのか!」
「お前マジでキモいからそういうとこ直した方がいいぜ」
「いいのだ! 私のことなどどうでも! 私が言いたいのはナスターシャムがお前と」
「なーアリストロさんよ、そんなことは別にどうでもいいと思わねえか?」
「どうでもよくないから言っている!」
「だからお前クレスに嫌われんだぞ」
「うっ……だがあの冷たい視線もそれはそれでイイのだ!」
「イイとか言うな」
「ああナスターシャム……お前は本当に美しい、だからこそ朱に染まらず、何者からも省みられることなく、孤独で美しいままのお前でいてほしかった……」
「お前まさかそんなくだらない理由で……」
「おお怖い。急に視線を尖らせないでくれたまえ」
「やっぱり俺はお前を許せねえわ」
「それはそうでしょうとも。恋人くんに許されなくても私は別に何も。ナスターシャムのことを見続けることさえできればそれで」
「見続けるだけでいいってんなら余計なことせず仲間で居続ければよかったじゃねえか」
「貴様は本当にわかっていないな!!!!!!」
「うわ!?」
「ナスターシャムが私を含め私以外の仲間に目を向けること! 尖っていたその感性が丸くなっていくこと……耐えられぬ! 若く美しきナスターシャムが世俗に染まり凡愚になるさま! 私には!」
「お前ほんと自分勝手すぎるって……マジで……」
「どうでもいいのだそんなことは! 世界とはナスターシャム! ナスターシャムがナスターシャムであり続けることこそが世界であり、そのためならば何を犠牲にしてもよい、そう、ナスターシャム自身でさえも!!!!!!!」
「お前は間違ってるよ」
「間違っていても良いのだ!」
「ほんと、理解できねーな……」
「理解するわけにはいかないのだろう」
「は?」
「理解してしまえば自分も私と同じになってしまう……怖いのだろう、私になるのが」
「いやそれは違ぇよ」
「何」
「お前の言ってることは話としてはわかる。そういう奴もいるんだなってこともわかる。けど、俺はそれを認めるわけにはいかねえ」
「ナスターシャムが大事だからか」
「わかってるんじゃねーか。わかってるのになんでお前は譲らねえんだ、アリストロ」
「恋人くん……お前はやはり私にはなれないのだな……失望したよ。だが……なぜ私がここまで意固地なのか、知りたいか?」
「はあ?」
「それはな……」
私が。
死者だからだよ。
「……!?」
室内、なのに突風が吹く。
『貴様など……もう嫌いだ! 勝手に生きろ! 私は知らない! 勝手に生きて変わってしまったナスターシャムと幸せになってりゃいいんだクソ野郎バーカバーカ!』
「さわやかに消えるかと思ったら言い残すことがそれーーー!?」
「うるさいぞ、ギル」
「あ、クレス……ってクレス!? いつからいたんだ」
「ここは俺の部屋だが?」
「あれ……?」
「夢でも見たのか」
「そう……だな、夢だったのかもしれねえ」
◆
勝手な奴だと思った。
変わるつもりもないんだと思った。
それはあいつが死んでたからだったのか、それとも。
夢だったのか、それとも幽霊か何かだったのか、どっちにしたって俺は今を生きるし、あいつのことはわからねえし、わかる気もない。
どこまでもあいつは自分勝手で、俺だってある種そう、だから和解なんて無理な話で。
綺麗にまとめることなんてできない。あった過去はあった過去として、死者は消えず、ただ古びるのみ。
「ギルデロイ」
「……ああ」
扉のところで振り返る。
記憶だけが残り。
外から吹き込む風が、俺達の髪を揺らしていた。
「あれ……俺は」
「きっとまた来ると言っただろう」
「俺、お前のところに来たつもりはないんだが」
「来たつもりはなくとも来たのだろう。それが真実というもの……恋人くんよ」
「何だよ」
「私はまだお前がナスターシャムの恋人をやっているということを許してはいないからな」
「ナスターシャムじゃなくてクレスな。俺は別にお前に許されなくてもいいんだが」
「今のナスターシャムを作ったのは私、すなわち私こそがナスターシャムの父親とも言えるのだ……」
「お前それ解釈違い大丈夫なのか?」
「うっ」
「自分で言って自分でダメージ受けてやんの」
にや、と笑うギルデロイ。眉を寄せるアリストロ。
「だが私が自らナスターシャムの恋人になるのは違う……私に屈するナスターシャムは違うのだ……そんなものはナスターシャムではない……」
「クレスな。でもお前は好きなんだろ、クレスのこと」
「好きなどと!」
「いきなり大声出すのやめろよ」
「好きなどと……私はナスターシャムのことが……ナスターシャムのことが……」
「何なんだよ、好きじゃなかったら嫌いなのか?」
「嫌いなどと!」
「だから大声出すのやめろっつったろ」
「私はナスターシャムのことを嫌い……嫌い? 好き? 嫌い……?」
「バグってんぞ、どっちなんだ」
「どちらでもないのだ! 私は! ナスターシャムのことが!」
「ナスターシャムじゃなくてクレスっつってんのにどうしても認めようとしないのな」
「ナスターシャムはナスターシャムなのだ! いかに姿を変えようと! 私にとっては在りし日の姿のままの、美しき、私を惑わす愛しく憎い白き花……」
「お前……だいぶキモいぞ……」
「そんなことはわかっている!」
だん、と机を叩くアリストロ。
「物にあたっちゃいけません」
「私は……ナスターシャムが……ナスターシャムを……」
「落ち着けよ」
「お前こそナスターシャムを幸せにもできないくせにいつまでも側にいて! 恥ずかしいと思わないのか!」
「別に俺は幸せにするつもりなんてないぜ」
「ならなぜ側にいる!」
「俺はクレスが在りたいようにあれるように側にいるだけだ。俺がいることでクレスが在りたいようにあれないってんなら身を引くぜ」
「な……な……な……」
「さっきからどうしたんだよ本当に」
「恋人くんよ」
「何だよ」
「貴様何か……変わったな?」
「そうかあ?」
「まさかクレスとしょ……しょ……しょ……」
「そういうこと言うのやめろよ……」
「したのかしてないのかどっちなのだ!?」
「ノーコメントで」
「したんだな!?!?!?!?」
「声が大きい!」
「私は許さんぞ! あのナスターシャムが男と……男と……貴様は大変なことをしたんだぞ、わかっているのか!」
「お前マジでキモいからそういうとこ直した方がいいぜ」
「いいのだ! 私のことなどどうでも! 私が言いたいのはナスターシャムがお前と」
「なーアリストロさんよ、そんなことは別にどうでもいいと思わねえか?」
「どうでもよくないから言っている!」
「だからお前クレスに嫌われんだぞ」
「うっ……だがあの冷たい視線もそれはそれでイイのだ!」
「イイとか言うな」
「ああナスターシャム……お前は本当に美しい、だからこそ朱に染まらず、何者からも省みられることなく、孤独で美しいままのお前でいてほしかった……」
「お前まさかそんなくだらない理由で……」
「おお怖い。急に視線を尖らせないでくれたまえ」
「やっぱり俺はお前を許せねえわ」
「それはそうでしょうとも。恋人くんに許されなくても私は別に何も。ナスターシャムのことを見続けることさえできればそれで」
「見続けるだけでいいってんなら余計なことせず仲間で居続ければよかったじゃねえか」
「貴様は本当にわかっていないな!!!!!!」
「うわ!?」
「ナスターシャムが私を含め私以外の仲間に目を向けること! 尖っていたその感性が丸くなっていくこと……耐えられぬ! 若く美しきナスターシャムが世俗に染まり凡愚になるさま! 私には!」
「お前ほんと自分勝手すぎるって……マジで……」
「どうでもいいのだそんなことは! 世界とはナスターシャム! ナスターシャムがナスターシャムであり続けることこそが世界であり、そのためならば何を犠牲にしてもよい、そう、ナスターシャム自身でさえも!!!!!!!」
「お前は間違ってるよ」
「間違っていても良いのだ!」
「ほんと、理解できねーな……」
「理解するわけにはいかないのだろう」
「は?」
「理解してしまえば自分も私と同じになってしまう……怖いのだろう、私になるのが」
「いやそれは違ぇよ」
「何」
「お前の言ってることは話としてはわかる。そういう奴もいるんだなってこともわかる。けど、俺はそれを認めるわけにはいかねえ」
「ナスターシャムが大事だからか」
「わかってるんじゃねーか。わかってるのになんでお前は譲らねえんだ、アリストロ」
「恋人くん……お前はやはり私にはなれないのだな……失望したよ。だが……なぜ私がここまで意固地なのか、知りたいか?」
「はあ?」
「それはな……」
私が。
死者だからだよ。
「……!?」
室内、なのに突風が吹く。
『貴様など……もう嫌いだ! 勝手に生きろ! 私は知らない! 勝手に生きて変わってしまったナスターシャムと幸せになってりゃいいんだクソ野郎バーカバーカ!』
「さわやかに消えるかと思ったら言い残すことがそれーーー!?」
「うるさいぞ、ギル」
「あ、クレス……ってクレス!? いつからいたんだ」
「ここは俺の部屋だが?」
「あれ……?」
「夢でも見たのか」
「そう……だな、夢だったのかもしれねえ」
◆
勝手な奴だと思った。
変わるつもりもないんだと思った。
それはあいつが死んでたからだったのか、それとも。
夢だったのか、それとも幽霊か何かだったのか、どっちにしたって俺は今を生きるし、あいつのことはわからねえし、わかる気もない。
どこまでもあいつは自分勝手で、俺だってある種そう、だから和解なんて無理な話で。
綺麗にまとめることなんてできない。あった過去はあった過去として、死者は消えず、ただ古びるのみ。
「ギルデロイ」
「……ああ」
扉のところで振り返る。
記憶だけが残り。
外から吹き込む風が、俺達の髪を揺らしていた。
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