不在の冬
シアトポリス。劇場の街には職人も多い。
大通りから少し入ったところにある小さな店でギルデロイは品物を選んでいた。
「えーと」
「何を選んでるんだい?」
「うわっ」
「びっくりした?」
「驚かすなよファビオ」
「ははは。で、何選んでるの? クレスくんへのプレゼント?」
「わかってるんじゃねえか……」
「そうかな~と思っただけだよぉ、来週ホワイトデーだし」
「お前さんはこんな店に何しに来たんだ。ファンへのプレゼントか?」
「まあ、そんなとこかな」
「お前もマメだな」
「ギルデロイは何買うの?」
「菓子だ」
「お菓子かい?」
「ああ」
「珍しいね」
「ああ、商人仲間の噂で、この店にあるってな」
「へえ……」
「ファビオもそれ目当てに来たんじゃねえのか?」
「いや、ボクはギルデロイくんを見かけたから声掛けに来ただけさ」
「そりゃどうも。この店の菓子は評判いいからオススメだぜ」
「ふうん。じゃあボクもここで買おうかな」
「いいんじゃないか。若い奴には喜ばれるだろ」
「うん」
ファビオはあっさりと頷く。
「じゃボクはこれ買おうかな、ギルデロイくん、お先」
「早いな!?」
「決断は早い方なのさ」
代金を支払い、商品を受け取ってファビオは去る。
「じゃあね」
「お、おう」
当人が操る風魔法のようにさらりと去って行ったファビオを見送り、ギルデロイはまた悩み始めた。
◆
ホワイトデー当日。
「クレス」
「何だ」
「今日ちょっと付き合ってくれよ」
「デートか」
「で、!?」
たじろぐギルデロイ。が、いいぞとすぐに返った返事に瞬きをし、ふにゃりと笑う。
「ありがとな」
「店は決まっているのか」
「いつもの酒場だ」
「承知した」
夜、クレスが酒場に赴くと、ギルデロイは既にカウンターに座っていた。
「待たせたか」
「待ってねえよ、大丈夫だ」
「そうか」
沈黙。
「あのよ……これ」
す、とギルデロイが包みを差し出す。
灰色の包み紙に銀色のリボン。
「これは」
「ホワイトデーだ、受け取ってくれ」
「……ああ」
クレスは包みを受け取り、
「ここで開けていいか?」
「もちろんいいぜ」
がさり、と開封する。
「これは……」
中から出てきたのは、
「宝石……の、菓子か?」
「琥珀糖って名前だそうだ。海越えた遠い地方の菓子だぜ」
「ほう」
クレスは琥珀糖をじ、と見る。
「蒼緑、と薄蒼が半々か」
「ああ」
「大胆なことをする」
「あ、わかっちゃった?」
「わからない方がおかしいだろう」
「鋭いな、さすが盗賊ってとこか」
「ふん」
クレスは薄蒼の方を口に入れる。
「む」
もぐ、と噛み、味わい、飲む。
「美味いな」
「そりゃよかった」
「で、つまりこれはそういうことで良いのか」
「そういうことってどういう……」
「おい」
「う、その、なんつーか、そういうことだ」
「はっきり言え」
クレスの蒼緑の瞳がギルデロイを見据える。
ギルデロイは一つ息を吐くと、口を開く。
「本命は受け取った。そしてこれが俺からの……本命だ」
「ふ……」
クレスは口元を緩める。
「俺は今夜の予定は空いているが」
「えっお兄さんそんなの許しま」
「ギルデロイ」
「は、はい」
「俺を酔わせてくれるんだろう?」
「ぴゃ……」
ぱちり、と瞬きするギルデロイ。
「しっかりしろ、攻める側がそんなことでどうする」
「は、そうだな! 任せとけ、自慢の槍で」
「品がないな」
「言い出したのお前じゃねえか!」
「ふ、ふふふ……」
ツボに入ったのか、笑い始めるクレス。
「ひどいぜクレスー……」
「ふふ……期待している」
「……ああ」
時は夜半。
◆
鳥の声。
「……朝か」
上体を起こしたクレスがギルデロイを見、何かを言いかけてけほ、と咳をする。
喉をやられたなこれは、と小声で呟く。
ギルデロイはすやすやと眠っている。
こいつが悪夢を見ることはなかったようだ、と思うのと、それはあんなに余裕なさげに求め続ければ疲れて眠りも深くなるだろうなどと思うのと、先に起きたのが俺の方だというのはどうなのかなどと思うのと。
「ギルデロイ」
小声で呼ぶ。
「んークレス……」
手が伸びる、それは腰を掴み、すり、と頬擦りされる。
薄蒼の目が眠たげに細められている、それがぱちりと開き、
「クレス!?」
「起きたか」
小声。
「あっ声……枯らしちまったのか、すまねえ」
「別にいい」
「俺昨日……ホワイトデーで……それでえーと」
「覚えているか?」
「ぴゃ」
ぼ、とギルデロイの顔が赤くなる。
「いい夜だった」
「む、無理して喋らなくて大丈夫だからな! 俺朝食作ってく……」
「……ふ」
ギルデロイの頬に顔を寄せるクレス。
「……」
「!」
六文字。それを聞いたギルデロイはクレスをぎゅ、と抱き締めた。
「二回戦か、ギル」
「そういうこと言うんじゃありません」
「だがお前の」
「わーっわーっ」
「朝からうるさいぞギルデロイ」
「朝食作ってくる! から!」
布団の中に散らばっていた服をかき集めてなんとか着、ギルデロイはベッドを出たのだった。
大通りから少し入ったところにある小さな店でギルデロイは品物を選んでいた。
「えーと」
「何を選んでるんだい?」
「うわっ」
「びっくりした?」
「驚かすなよファビオ」
「ははは。で、何選んでるの? クレスくんへのプレゼント?」
「わかってるんじゃねえか……」
「そうかな~と思っただけだよぉ、来週ホワイトデーだし」
「お前さんはこんな店に何しに来たんだ。ファンへのプレゼントか?」
「まあ、そんなとこかな」
「お前もマメだな」
「ギルデロイは何買うの?」
「菓子だ」
「お菓子かい?」
「ああ」
「珍しいね」
「ああ、商人仲間の噂で、この店にあるってな」
「へえ……」
「ファビオもそれ目当てに来たんじゃねえのか?」
「いや、ボクはギルデロイくんを見かけたから声掛けに来ただけさ」
「そりゃどうも。この店の菓子は評判いいからオススメだぜ」
「ふうん。じゃあボクもここで買おうかな」
「いいんじゃないか。若い奴には喜ばれるだろ」
「うん」
ファビオはあっさりと頷く。
「じゃボクはこれ買おうかな、ギルデロイくん、お先」
「早いな!?」
「決断は早い方なのさ」
代金を支払い、商品を受け取ってファビオは去る。
「じゃあね」
「お、おう」
当人が操る風魔法のようにさらりと去って行ったファビオを見送り、ギルデロイはまた悩み始めた。
◆
ホワイトデー当日。
「クレス」
「何だ」
「今日ちょっと付き合ってくれよ」
「デートか」
「で、!?」
たじろぐギルデロイ。が、いいぞとすぐに返った返事に瞬きをし、ふにゃりと笑う。
「ありがとな」
「店は決まっているのか」
「いつもの酒場だ」
「承知した」
夜、クレスが酒場に赴くと、ギルデロイは既にカウンターに座っていた。
「待たせたか」
「待ってねえよ、大丈夫だ」
「そうか」
沈黙。
「あのよ……これ」
す、とギルデロイが包みを差し出す。
灰色の包み紙に銀色のリボン。
「これは」
「ホワイトデーだ、受け取ってくれ」
「……ああ」
クレスは包みを受け取り、
「ここで開けていいか?」
「もちろんいいぜ」
がさり、と開封する。
「これは……」
中から出てきたのは、
「宝石……の、菓子か?」
「琥珀糖って名前だそうだ。海越えた遠い地方の菓子だぜ」
「ほう」
クレスは琥珀糖をじ、と見る。
「蒼緑、と薄蒼が半々か」
「ああ」
「大胆なことをする」
「あ、わかっちゃった?」
「わからない方がおかしいだろう」
「鋭いな、さすが盗賊ってとこか」
「ふん」
クレスは薄蒼の方を口に入れる。
「む」
もぐ、と噛み、味わい、飲む。
「美味いな」
「そりゃよかった」
「で、つまりこれはそういうことで良いのか」
「そういうことってどういう……」
「おい」
「う、その、なんつーか、そういうことだ」
「はっきり言え」
クレスの蒼緑の瞳がギルデロイを見据える。
ギルデロイは一つ息を吐くと、口を開く。
「本命は受け取った。そしてこれが俺からの……本命だ」
「ふ……」
クレスは口元を緩める。
「俺は今夜の予定は空いているが」
「えっお兄さんそんなの許しま」
「ギルデロイ」
「は、はい」
「俺を酔わせてくれるんだろう?」
「ぴゃ……」
ぱちり、と瞬きするギルデロイ。
「しっかりしろ、攻める側がそんなことでどうする」
「は、そうだな! 任せとけ、自慢の槍で」
「品がないな」
「言い出したのお前じゃねえか!」
「ふ、ふふふ……」
ツボに入ったのか、笑い始めるクレス。
「ひどいぜクレスー……」
「ふふ……期待している」
「……ああ」
時は夜半。
◆
鳥の声。
「……朝か」
上体を起こしたクレスがギルデロイを見、何かを言いかけてけほ、と咳をする。
喉をやられたなこれは、と小声で呟く。
ギルデロイはすやすやと眠っている。
こいつが悪夢を見ることはなかったようだ、と思うのと、それはあんなに余裕なさげに求め続ければ疲れて眠りも深くなるだろうなどと思うのと、先に起きたのが俺の方だというのはどうなのかなどと思うのと。
「ギルデロイ」
小声で呼ぶ。
「んークレス……」
手が伸びる、それは腰を掴み、すり、と頬擦りされる。
薄蒼の目が眠たげに細められている、それがぱちりと開き、
「クレス!?」
「起きたか」
小声。
「あっ声……枯らしちまったのか、すまねえ」
「別にいい」
「俺昨日……ホワイトデーで……それでえーと」
「覚えているか?」
「ぴゃ」
ぼ、とギルデロイの顔が赤くなる。
「いい夜だった」
「む、無理して喋らなくて大丈夫だからな! 俺朝食作ってく……」
「……ふ」
ギルデロイの頬に顔を寄せるクレス。
「……」
「!」
六文字。それを聞いたギルデロイはクレスをぎゅ、と抱き締めた。
「二回戦か、ギル」
「そういうこと言うんじゃありません」
「だがお前の」
「わーっわーっ」
「朝からうるさいぞギルデロイ」
「朝食作ってくる! から!」
布団の中に散らばっていた服をかき集めてなんとか着、ギルデロイはベッドを出たのだった。