不在の冬

「ギルデロイ」
「うわっ」
「うわっとは何だ、馬鹿者」
「えっ……いやクレス、この前飲んだときのこと覚えてるか?」
「お前……まさか、覚えていないのか……?」
 ごごご、という効果音を背負っていそうな顔でギルデロイを見るクレス。
「覚えてない、って言っちまいたいとこなんだが……覚えてるんだな、これが」
「それで俺を避けていたのか」
「い、いや、避けてませんよ~? なんとなーく気まずかっただけで」
「それを避けていると言うのだろう!」
「だってよおこんなの……恥ずかしすぎるだろ……」
「好きだクレス、と俺の名前を呼びながらべそべそ泣いていたな」
「うっ」
「あの時のお前の顔……」
「やめて」
「愉快だったぞ」
「いやそういうキャラじゃないでしょお前!? やめて!」
「それで、お前はまだ何か悩んでいるのか」
「別に悩んじゃいねえよ、というか、流れでお前さんに告白したみたいになっちまったのはだいぶまずかったと思ってるが」
「後悔しているか」
「後悔……そう言ったらお前さん悲しむだろ、好きな奴にそんなこと言われたら」
「そこは認めてくれているのだな」
「え?」
「俺がお前のことを好き、というところは」
「ばっまっそんな……お兄さん許しませんからね!」
「いやお前の話だろう」
「そう……だけど! ……やっぱり夢か? って思っちまう」
「夢」
「この世界は前の世界の俺が見ている夢で、何もかも俺の都合のいいように回る夢なんじゃないかって」
「それは」
「ある日ふと目が覚めたら誰もいなくなっていて、全てが終わったあの世界で俺一人……どこにも行けずに」
「悪夢を見たな?」
「ん、!?」
「そういう夢を見ただろう」
「見ましたが……お見通し?」
「この前うなされていたからな」
「えっ……なんで!? 見に来た!?」
「様子を見て来いとファビオに言われたのだが、行くとうなされていた。起こしたが、覚えていないのか」
「それこそ覚えてないやつだぜ……俺、何か言ってたか?」
「『クレス、いなくならないでくれ……頼む』と言って俺を抱き締め」
「わーっわーっ」
「何だ、騒々しい」
「俺何してるの!? 抱き締めるとか俺たちにはまだ早いだろ!? 何してくれちゃってるの!?」
「まだ早い、ということは進展させる気はあるということだな」
「そ……!? 俺そういう……!? そういう解釈……!? というかクレス、お前さんは進展させる気あるのか……?」
「別に」
「別に!?」
「どちらでもいいとは思っている」
「何だそれ!?」
「お前が望むようにすればいい。俺からは特に」
「お前俺のこと好きなんじゃなかったのか」
「それはお前の解釈だろう」
「さっきそう言ってたじゃん!」
「俺は別に、お前の……」
 そこでクレスは言葉を切る。
「何? 俺の何? 途中で切られたら怖くなるだろぉ……」
「わからないか」
「わからないけどよ……」
「頭が回るだろう、商人なんだから」
「ああ、……ああ」
 ギルデロイは考える。
 二人で最後に飲んだ後。
 己が好きだ、と言った後。
 避けていた、そこに、ふらりと寄って、離れて、
「猫みたいだ……」
「は?」
「あ……? 俺なんでそんなこと言ったんだろうな」
「つまり、どういうことだ」
 猫のよう。
 避けていた、それを、無理に寄らずに様子を見、それでもおそらくこいつは、心配していた、のだ、という結論を商人は出す。
「なんか……お前……健気だな……?」
「健気な猫か? 生憎そんなかわいいものじゃない」
「猫……」
 ギルデロイがぼんやりと呟く。
「しっかりしろ、俺が健気だとか猫だとか、商人がそんなことでは審美眼が信頼されなくなるぞ」
「俺の審美眼はしっかりしてるさ。お前は素晴らしい原石だよ」
「な……!?」
「傷付いても、落とされても、生きることを諦めなかった……自分の足で立っていた……懸命に。お前自身、過去を克服したとかそういうわけじゃなく、きっとお前にだってうなされる夜はあるのにうじうじしてる俺のこと心配してくれてる……お人好し、なのはお前の方なんじゃないのかクレス」
「お前にそう言われるのは心外だな」
「心外なの!?」
「互いのお人好し度を比較しても仕方ないだろう。俺にとってはお前が一番のお人好しだ」
「いやそれ比較してるじゃん!」
「比較のしようがない。お前が一番なのだから」
「え、逆張り合い?」
「張り合ってなどいない」
「えっ」
「張り合ってなど、いない」
「わかったわかった」
 笑うギルデロイ。黙るクレス。
「ごめんって」
「はあ……まあ、お前が笑えたのならよかったが」
「え」
「最近のお前は、」
「あーいい、言わなくていい、なんとなくわかった……」
「皆も心配していたぞ」
「すまねえ……全員に心配かけて……って、皆?」
「皆だ」
「もしかしてみんな知って……」
「知っているが」
「……ファビオか?」
 頷くクレス。
「あいつ……」
 深くため息を吐くギルデロイ。
「まあいいけどよぉ……」
「また泣くのか?」
「またとか言わないで! 俺そんないつも泣いてるわけじゃない!」
「泣いているだろう」
「泣いてないし!」
「お前がそんなだと皆心配するぞ」
「情けねえな……俺……」
「情けないのもまたお前だと思うが」
「……」
「そういうところも含めて俺はお前が、」
「わーっわーっ」
「おい、騒々しいと言っただろう」
「す、すまねえ……動揺した……」
 ふ、と笑うクレス。
「……クレス?」
「いや、何でもない」
「……いや何か、わかったような気がする、けどよ……俺こんな情けないのに」
「だからそれもお前だと言っている」
「お前のこと……全然守れてやれてない」
「自分の身ぐらい自分で守るさ」
「俺……」
「ギルデロイ、お前はそろそろ今のお前を許してやったらどうなんだ」
「許す?」
「お前は。今の自分が嫌いで……許せない、のだろう」
「……」
 黙するギルデロイ。
 今の今まで考えたこともなかった、いや、考えても気付かないふりをしていた、それが。
 しっくりくる、と思った。
 それ以外にない、と思った。
「そう、か……」
「……」
「俺は自分が許せてねえのか……」
 クレスは頷く。
 ギルデロイはクレスを見た。
「だが、自分を許せてないのはお前さんもなんじゃないのか」
「俺か」
「ああ」
「俺は……そうだな、たぶん俺も、自分を許せてはいない」
「やっぱりそうか」
「雪狼を守れなかった自分……騙された己が。もっとうまくやれたはず、と。やり直したい、とは思わなくなったが……やはり、仇敵を見つけ出すまでは……カタはつかない、のだろう」
「ああ……」
 眉を下げるギルデロイ。
「支えてやれたらよかったんだが……こんな俺じゃな……」
「それが良い、とさっきからずっと言っているのだが」
「え」
「自分に余裕がないのに他人を救おうとするのはお前もだろうギルデロイ」
「す、すまねえ……」
「だがそれがお前のいいところでもある。案外俺たちはお似合いなのかもしれん」
「お、お似合いってお前……お似合いってお前!」
「気に入らないか」
「気に入らないというかお前……心臓が……」
「そうか、嬉しいか」
「なんか立場逆な気がするぞ!」
「両方が両方を補い合うのだろう」
「そういうこと言うの俺の方なのに!」
「いいだろう、俺の方が言っても」
「いいっていうかよお……」
「恋人なのだから」
「こ」
「恋人」
「恋人だって!?」
「違うのか」
「お前それでいいのか!?」
「何度も言わせるな」
「そう、か、そう……恋人……恋人!?」
 二度繰り返すギルデロイ。
「いややっぱ心臓保たねえ……恋人になれるのはすげー嬉しい、嬉しいけど心臓保たねえ、受け入れるのに時間くれ……頼む……」
「わかった、待とう」
「ありがてえ」
「これ」
 クレスが懐から瓶のようなものを出し、渡す。
「これ……? チョコレートリキュール……?」
「バレンタインだからな」
「ば、バレンタイン……」
「ちなみに本命だ。では」
 去るクレス。
「ちょ、ま、これ、本命……」
 後には呆然としたギルデロイだけが残された。
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