モービダス×ペレディール

「ペレディール、危ない!」

「……ほお!?」
「……これは……!?」
「私だ!」
「私か!?」



「ペレディールが分裂した!?」
 ウィンゲートの大声が建物内に反響する。
「そのようなんだ」
 やれやれと肘をつくファビオ。
「どういうわけだ」
「いやぁ、討伐依頼で出てきた妙な魔物に妙な術をかけられたようで」
「それで分裂するものなのか……?」
「秋のペレディールは『私が発動中だった術と干渉した』とかなんとか言ってたけど」
「なあ、秋のペレディールって何だ」
「ペレディールは秋のペレディールと春のペレディールに分裂したんだ」
「頭がついていかない……」
「こういうのはフィーリングだよ」
「フィーリングでなんとかなる問題か……?」
「おお、ウィンゲートにファビオ! どうしたそんなに頭を悩ませて」
「あ、ペレディール。春の方かな?」
「いかにも私は春のペレディール」
「春のペレディール……」
 ウィンゲートが呆然とした様子で呟く。
「何がどうなって春のペレディールなんだ……?」
「私はペレディールの無邪気担当。いつまで経っても童心を忘れない少年のようなペレディールだ」
「よくわからん……」
「そういうわけで発掘調査の下見に付き合ってほしいのだが」
「え、俺がか?」
「いつも付き合ってもらっているではないか」
「この非常事態でも発掘調査の下見するのか」
「するぞ。分裂ごときに調査の邪魔をされてはかなわん」
「春だねえ」
「春だな……」
「なんじゃ二人して私をそんな目で見て!」
「そういうところが他人を困らせるのだ、春のペレディール」
「貴様は……秋のペレディール!」
「うわぁ……」
「込み入ってきたな……」
「私はペレディールの老成面担当。落ち着いた大人なペレディールだ。春のペレディールよ、貴様がそんな調子だからこそ我々はあのモービダスに付きまとわれてしまったのではないかね?」
「違う! モービダスは私が楽しそうに遺跡調査をしているのに嫉妬して付きまとってきたのだ!」
「いや邪教の手がかりを見つけるために付きまとわれてたんだろう」
 ウィンゲートがぼそりと突っ込む。
「後先考えずモービダスに手を下したのも貴様だ。逆洗脳すれば改心の目もあった、協力者になってくれていたかもしれないのだぞ」
「秋のおじいちゃん怖いこと言う!」
 ファビオが叫ぶが春・秋両者とも全く動じず話を続ける。
「あのモービダスが協力者になるなどありえない! わからずやのモービダスだぞ!? いつも邪魔ばかりして、私に付きまとって……出土品をかっさらわれたことが何度あったか! モービダス対策をせねば調査がまともに進まなくなったことも何度もある! そんなもの、そんなもの……お邪魔虫がいなくなってせいせいしたわい!」
「本当にそうか?」
 秋のペレディールが春のペレディールをじ、と見る。
「本当にそうか、って何じゃ」
「張り合いがないのう、と呟いていたのは誰だ」
「それは本体の私じゃろ、春の私じゃない」
「春も秋も本体の私から生まれたのだ。よく考えろ、春の私」
「やめるんじゃ、そもそも秋の私だって私だろう、そんなことを言って何がしたいというのだ」
「何がしたいか?」
 秋のペレディールは首を傾げる。
「私はお前が逃げている感情に向き合ってほしいと思っただけだ」
「春の私にそんなことをしても本体に戻ったときには忘れとる、無意味じゃ! 春の私に感情をぶつけるんじゃない秋の私よ、貴様も私に外部化することで感情から逃げているのではないのか!?」
「水掛け論はやめるのだ」
「……」
「責任を押しつけ合っても解決しないだろう? 薬師に見てもらってもなお我々の分裂が戻らない理由を考えるのだ、春の私」
「難しいことを考えるのは私の担当ではない! 秋の私の担当だろう!」
「春の私……」
 秋のペレディールがため息を吐く。
「な、なんじゃそんな、呆れた様子を見せられても私は変わらんぞ! だいたい我々の分裂が戻らない理由とモービダスの奴が死んだことと何の関係があるというのだ!」
「あのー……」
 ファビオがそっと手を挙げる。
「なんじゃファビオ!」
「ボクの考えだけど……ひょっとしてモービダスくんが死んだことについておじいちゃんの中で意見が割れてるから分裂が戻らないのかなーとか」
「……」
 春のペレディールは黙り込む。
「優秀じゃの、ファビオ」
 秋のペレディールが褒める。
「そりゃボクは美しいからね」
「美しいのと優秀なのと関係あるのか……?」
「あるともさ!」
「……それで、秋の私……は、私にどうしろと」
「考えたまえ、春の私」
「考えるのは私の担当ではない……」
「感情を弔わなければ先に進むことはできんのだ」
「弔う!? 彼奴を!? そんなのはごめんじゃ!」
「春の私、」
「おじいちゃん……」
「発掘しても発表しても誰一人追いついてこなくなった独走状態、競う者のいない寂しさをお前は思ったことがないのか、春の私」
「それは私の感情ではない……私は無邪気な春の私、私の中に寂しさなど存在しない、断じてだ!」
「春の私……」
「どう思う、ウィンゲートくん」
「秋のペレディールは歩み寄ろうとしているが春のペレディールは歩み寄る気が微妙になさそうなのが……」
「だよね……」
「ふむ……では春の私、ひとまず整理作業でもしようではないか」
「整理作業じゃと!?」
「この前発掘した出土品の整理作業がまだだったじゃろう」
「むむ……」
「一時休戦といこうではないか」
「……」
「ファビオ、ウィンゲート、お前たちも手伝ってくれ」
「え、僕たちも?」
「俺はいつも手伝ってるからいいが、ファビオもか?」
「大勢でやった方が早く片付くじゃろ?」
「まあ、そうだな」
 頷くウィンゲート。
「おい秋の……私はまだ作業をするとは」
「春のおじいちゃん、作業絶対楽しいよ」
「む……む、そうだな……わかった、やるぞ……」
 そうして一行はペレディールが以前遺跡で発掘した出土品の整理作業をすることになった。



「で、ボクは何をしたらいいのかな?」
「今日は洗浄じゃな。春の私に教えてもらってくれ」
「え、私か!?」
「わかった!」
「ウィンゲートは私とだ。いつも手伝ってもらっているから要領はわかると思うが……」
「ああ、わかっている。箱はどこだ」
「そこだ」
「これをいつもの場所に持っていけばいいんだな」
「その通りだ。春の私もファビオも、箱の運搬を手伝ってくれ」
「オッケー!」
「わかった……」
 四人は出土品を詰めた箱をそれぞれ持ち、ペレディールが使っている作業場に運んだ。
「ファビオ、水を汲んできてくれ。春の私も一緒に。私はウィンゲートと出土品を箱から出して待っているぞ」
「了解! 行こう、春のおじいちゃん」
「ああ……」


 ファビオと春のペレディールは桶を持って井戸に向かう。
「秋のは人使いが荒いな!」
「そうかな?」
「かよわい春の私に水汲みをさせるとは!」
「元気なおじいちゃんなんじゃなかったっけ」
「そうでもあるが! 春の私はかよわいのだ!」
「変なキャラ付けするねえ春のおじいちゃん……で、本当はどうなの」
「まあ……いくら運んでも元気だぞ!」
「そうだろうねえ……ペレディールは本当に元気だもんね」
「本体の私は元気だ! 従って春の私も元気……」
「さっきからなんだか元気がないように見えるけど」
「それは……」
「やっぱり気になってるの? モービダスくんのこと」
「……」
「別に自分で手を下した相手を悼んじゃいけないなんて決まりはないと思うけどねえ」
「それ以前の問題なのだ、モービダスは憎き敵であり、死んでせいせいしたとは思えど悼むなど……」
「いやー……人間の心って複雑だよー? ボクだって自分のこと天才だと思ってるけど、実はすごく自信のないとこもあるし」
「何!? 初耳だぞ!」
「うん。それはまあいいんだ。……ペレディールだってモービダスくんのことすごく嫌いでも、その『嫌い』が突然なくなったら、気持ちのやり場がなくなる、っていうかさ。それをどうにかするのが、悼む、ってことなんじゃないかってボクは思うんだけど」
「…………」
「ほら、水汲んで」
「む、むむ……」



「洗って洗う、綺麗に洗うのが出土品の保存状態を保つ秘訣の一つじゃ」
「だが傷はつけない程度に、だろ、秋のペレディール」
「さすがウィンゲート。よくわかっとるのう」
「私もそのぐらいわかっているぞ!」
「なんじゃ、春の私」
「どうだ! プロだろう!」
「私自身がうまいのはわかりきったことだろうに」
「どう、ボクはできてる?」
「ファビオは筋がいいな。初心者とは思えん手際の良さじゃ」
「私は!?」
「うまいと言ってるじゃろうが。並べる箱を間違えるんじゃないぞ」
「この私が間違えるわけなかろう!」
 そんな春のペレディールを見ながら秋のペレディールはやれやれじゃな、と呟く。
「春の私がそんなだから、モービ」
「その名前は出さんでくれ秋の!」
「だがずっと逃げているわけにもいかないじゃろう」
「ぐぬぬ……」
「春のじいさん、手が止まってるぞ」
「む、むむ!」
 洗浄を再開する春のペレディール。


 和気藹々としているようなしていないような洗浄作業は日が少し傾いた頃に終わる。
「ペレディール、お日様は本調子じゃないみたいだけど、これちゃんと乾くのかい?」
「もちろん。私の属性を何だと思っている」
 秋のペレディールが静かに胸を張る。
「えっ、まさか炎で乾かすのかい!?」
「そうじゃ! 炎は万能! 洗浄した出土品の乾燥速度を促進できる、私は自分が炎属性の使い手であることに何度感謝したかわからんぞ!」
 春のペレディールが嬉しそうに叫ぶ。
「乾燥速度を速める? ってことは直接乾かすわけじゃないの?」
「術式を組んでちょちょいと置けば次見たときには乾燥している、そんな具合じゃな」
「へえ、炎魔法便利だねえ」
「便利じゃろ!」
「うんうん」
「自分の属性を本業に活かすってのはいいよな。俺もたまにやる」
「ウィンゲートくんも? 実はボクも踊りのキメ時にいい感じの風吹かせたりしてる」
「あのいい感じの風お前がやってたのか!?」
「そうだよ! 見直したかい?」
「そこまでするとは……」
 はーとウィンゲートが息を吐く。
「すごいだろう?」
「ああ、すごいすごい」
「ははは!」



 乾燥を待つ間。
『ウィンゲートくんとご飯食べてくるから秋おじいちゃんと春おじいちゃんも二人でご飯食べてきたら? じゃあね!』
 と言って去って行ったファビオを見送り、秋のペレディールと春のペレディールは酒場の椅子に座っている。
「なあ、春の」
「……」
「春の」
「なんじゃ!」
「拗ねるな拗ねるな。貴様、どう思っているんじゃ」
「どうって、何がだ!」
「決まっているだろう。モービダ」
「秋の!」
「何じゃ」
「私は……花一輪だけ手向けるぐらいなら、無論調査のついでじゃ。あくまで主眼は調査だ、調べ残したことが若干あったからの!」
「……春の」
「……」
「……」
「張り合いがない、」
「うむ……」
「やはり……邪教徒とはいえ、ライバル、のようなものだったのは……確かだったのかもしれないな」
「春の……、!?」
 ぽん、という音と共に煙が上がる。
「なんじゃ……!?」
 煙が晴れた後。
 春のペレディールも秋のペレディールもそこにはおらず、いるのは『ペレディール』一人きり。
「私は……討伐任務で術を受けてから記憶がないぞ! ご飯を食べに来たのか!? しかしなぜ食事が二人分あるのだ……!?」
 首を傾げるペレディール。
「まあ……いいか。食事は多い方が力が出ると言うしな! それに何だか今日はとても腹が減っている……はっ! 妙な術はひょっとすると腹を空かせる術だったのか……!?」



 数日後。
「ペレディール、戻ってよかったねえ」
「何事もなくてよかったな」
「うんうん!」
「ファビオ! ウィンゲート!」
「どうしたのおじいちゃん、血相変えて」
「春の! 逃げるんじゃない」
 えっ、とファビオ。
 えっ、とウィンゲート。
「お前らまた分裂したのか……?」
「出土品の解釈で意見が割れたんじゃ! 私は絶対■■期だと言ってるのだが秋のは●●期と言って聞かないんじゃ!」
「……勝手にしろ」
「それは普通に酒場で議論でもして解決した方がいいんじゃないかなあ……」
「春のー!」
「うおお! 分裂はもうこりごりじゃ~!」



◆おわり◆
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