Fate/Zero

 御し辛い。
 幼い頃憧れていたはずの存在に対して、そんなことしか思えなくなっている。そうなってしまった自分のことを自分はどう思っているのか、自分自身でもわからない。
「お待ちください王よ、無暗に外出するのは……」
「我がどこに行こうと、お前の知るところではない」
 今日も王の外出を止められなかった。私は尽くして当然の言葉を尽くしているだけだというのに、扱い辛いサーヴァントだ。書斎でぐるぐると考える。今は集中しなければ。計画が狂っているが想定内だ。問題はない。進言をきかないことまで想定して動けば、所詮は道具。下手に出ていればどうにかなる。
 問題なく作業を終わらせ、綺礼からの報告を聞き、計画を練り直し、そんなことをしているうちにあっという間に日が暮れた。
 疲れでぼうっとした頭で――だが疲れは表には出さない、優雅でないからだ――ロマネ・コンティを飲んでいると、外からがしゃりという音がした。何の音か判別する間も置かずに私は玄関に出た。
「ご帰還感謝いたします、王よ」
「誰が帰ると言った。通り掛かっただけだ」
 紅の目が臣下の礼を取った私を見やる。
 その目はいつもと変わらぬ冷たさであった。が、ふと、圧が弱まる気配があった。
「よほど待ち遠しかったと見える」
「は?」
 私は思わず顔を上げた。
「走って出迎えられるとはな」
「……」
 大きく息を吸って、気付いた。息が切れている。紅の目は面白そうにこちらを見ている。赤い。赤い。吸い込まれそうだ。
 そう思った瞬間、ひゅ、と胸がすぼまる。おそらく走ったからだろう。
「……王の帰りが待ち遠しいのは臣下にとって当然のことでありましょう」
 つとめて冷静にそう言う。
「私はいつでもあなたの帰りを待ちわびております、王よ」
 フン、とギルガメッシュが鼻を鳴らした。
「やはりお前はつまらん男だ」
 そう言って霊体化する。私はしばらく臣下の礼を崩さなかったが、パスが切られているため、ギルガメッシュがどこに行ったのかはわからない。また出かけてしまったのかもしれない。
「私は」
 言葉が口から漏れた。
 御し辛い。
 幼い頃憧れていたはずの存在に対してそんなことしか思えなくなっている自分を自分自身がどう思っているのか。わからない。わかりたくないのかもしれなかった。いずれにせよ、そんなことを考えるのは優雅でない。
「……」
 夜の静寂が私の胸をきしませるのに、気付かなかったふりをした。


(了)
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