Fate/Zero
「ほう。……それは聞き捨てなりませんな」
いつもの笑みを浮かべて、綺礼はこちらを、私を見る。
しまった、と私は顔を引きつらせた。
「時臣師。あなたに魔力を供給しているのは一体誰だとお思いで?」
「そ……それは、」
ふ、と綺礼が笑う。私はばつの悪い思いで下を向いた。元弟子に召喚されてからなんだか優雅でないことばかり続く。
歳を重ねた元弟子は、どんな言葉も聞き逃さない。上げ足をとる機会を伺っているのではないかと疑いたくなるほどだ。
弟子だったころの彼も私の言葉を聴き逃さなかったけれど、それは師の言葉を真摯に受け止めようとしてくれていたからだと私は思う。
今の綺礼は昔の綺礼と何かが違う。ひねくれた、とでも言おうかな。
時臣師、と促すように綺礼が呼ぶ。
何か言えということか、……何を言えというのだ。
今さら言葉など見つからない。
黙っていると私たちの息遣いばかりが聞こえる。ランサーも王も出払っているため、教会はとても静かだ。
綺礼はあの強力な二人のサーヴァントを傍におかず、私だけをここに残している。そのことに。私は常々疑問を感じている。
地に憑いた者としての概念的召喚。
綺礼が行ったのはそれだった。
茫然とする私をよそに、あの元弟子は口元を歪めて、
「おかえりなさい、師よ」
と言ったのだ。
そこからこんなことが始まって。
綺礼は常に私を傍に置く。
私が普通の英霊であれば、ランサーが偵察役、キャスターの私はマスターの傍を守る役であるからということで説明がつく。
だが――あいにく私の力は、その役目を果たすには満たない。
無理に召喚され、他の英霊たちと比べて大した業績を上げてもいない私は、他と比べて格段に弱い。
ランクがキャスターということもあり直接戦闘にも向かないので、もし他のサーヴァントが襲ってきたとしても、ろくに迎撃すらできないだろう。
本来ならば私が工房で偵察役をし、綺礼はランサーを傍に置けばいいことだ。 その程度の采配、彼のような男であればわかるだろうに、何故だろう。
そもそも私がなぜ召喚されたのかということも解明されていない。
召喚するならばもっと強い英霊を選べばよかったものを。それをせず、造反する可能性すらある私をわざわざ召喚した意図が読めない。
あのとき綺礼は「師に会いたかったからですよ」と言ったが、それなら初めから殺さなければよかったではないか。
“本当に私で良いのかい?”
思考をよそに零れた言葉があの弟子の“怒り”を買ったのかは、
「時臣師」
……いつの間にか思考に没頭してしまっていた私は顔を上げて、息を飲んだ。
言峰綺礼の表情からは先ほどまでの笑みが消え。
――深淵の目が。
こちらを、私をじ、と見ている。
……この表情には見覚えがある。弟子であったときにもしばしば見せていた表情だ。
いつ? どんなときだったろうか。私にはブランクがあるのでなかなか思い出すことができず、じっと見られていることも相まって、焦りが思考を妨げる。
「時臣師」
もう一度、呼ばれる、
「私は貴方を待っていた」
それは。
どう、いう、
「ずっと、ずっと待っていた」
「………綺、礼」
「きっと。きっと来てください。もう一度。私のところに、私のところに来てください。師よ……時臣師。私は……私は、本当は…………、」
“言峰綺礼”は私に手を伸ばしかけて、
力なく、下ろす。
「………………」
その顔は。
かつての迷える“私の弟子”、そのもので。
「―――…………」
声をかけてやろう、として黙る。
今さら私にできることなど。
もう何も。
何も、死んでしまったこの私には……もう、何も。
「………………」
「………………」
目を伏せる。
我々の間を隔てた沈黙を、私は瞳を閉じようとして。
さえぎるようにあの手が伸びた、言峰綺礼の黒い手袋、私を侵して狂わせる。
かつての弟子の黒い手が。
――無言。無言のまま、私はそれを、
“受け入れた”。
「――――――…………、」
あれが溢した吐息のようなそれを私は聞き取る、聞き取ってしまう。
“愛しています”
それは『禁忌』。
『言峰綺礼』の存在意義の根底揺るがす禁忌の言葉、そのもので。
私は弟子の口を塞ぐ、私の、あの時妻にしか触れられたことのなかった、私のそれで、私の弟子の口を塞いで、
“綺礼。そんなことを言ってはいけないよ”
などと言おうとしても、元弟子は私を侵し尽くして、食べたまま。
受け入れようが、受け入れまいが――きっとこれが。
我々師弟の終わりであるのだと。
そう、思って。
――“好きだった”。
私だって、本当は、お前を愛してやりたくて。
ヒトの身に押し込まれた神話の妖精の心に愛はなく。
それでも私がこの弟子を愛しい、と思うのは……それすら嘘だと言うのだろうか、そんなことすらわからない。
わからないまま、それでも我々はその時確かに、
今もなお。
あの黒の、ブラウンの漆黒が私を見、
私の存在全てが世界にとって壊れていても、許されなくても、愛しています、と告げるのだ。
私は。
何も返せない、私はあの子に腕を回して。
あの頃のようにはしてやれないが、可愛い弟子のその頭を、
そっと覆うように、近付いて、応えた。
呑み返す、その時綺礼は確かにその、深淵の瞳を細めて。
愛しげに、愛しげに私のことを抱いたのだ。
――存在全てが壊れていても。
――我々はただ、そこにいて。
ここにいる、何が壊れても、悲劇でも夢でもこれだけは、私達の確かな『真実』なのだと。
そんなことは告げずともわかっていて。
そう。
だから、
無言で吐息を呑み合いながら今も。
世界のことを見ているから。
私達が根源から出られなくなっても、たどり着けなくなっても、存在意義の全てが壊され尽くして異端になっても。
今もなお、そこにいるから。
我々のことを、呼んでいる。
“あの日の夢”が“本物”になった、我々だけの『現実』は。
続く――いつまでも、あの“原典”が終わっても、滅んでも。
“
ずっと。
私たちは
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