ポケットモンスターUSUM
いつから「そう」だったのかは覚えていない。
メタモンに生まれた以上、化けるのは性のようなもの。
その日の私は何に化けるかをまだ決めていなくて、悩んでいるうちに朝日が昇って。
「おお、メタモンか」
「メタ」
「いたずらをするのもほどほどにしておけよ」
「メタ」
立ち去ろうとした警察官の背後に大きな影が落ちる。
「……メ!?」
崩れ落ちる警察官。それをしたポケモンは大きく、瞳はぎらぎらと狂気に落ちて。
「メ……」
咄嗟に私は変身する、だが目測を誤り、ポケモンではなく警官に。
「しまった」
口から漏れた「言葉」に驚愕している暇もなく、ポケモンは襲いかかってくる。
「……!」
反射的に身体が動く、「拳銃」と呼ばれるもの、を私は抜いて、撃ち込む。倒れるポケモン。
警察官、は倒れたまま。脈、を確認する。ゼロ。これはもはや生きてはいない。
記憶、がある。私の中に。それまで生きてきた、目の前の警察官のもの。
メタモンである私は、嫌だと言った。警察官である俺は、帰らなければ、と言った。
きっと相棒が心配している。あいつは俺がいないと駄目なんだ。思い込みが激しくて騙されやすくて突っ走る。俺がいてやらないと、戻らないと。
そう、か、それなら。
戻らなければ。
「俺」が。
俺、は。目の前にあったもの、を深く深く埋めた。ここには何もなかった。まったく、見回りの途中で■■を見つけてしまうなんてついてない。
……■■? それは何だ? 何かを埋めた?
どうせブルーの見つけた骨か何かだろう。
気にすることじゃない。
今日も何もなかった。
相棒のところに戻ってやらないと。
いつの日もアローラは変わらず平和だと、言ってやらないと。
◆
「相棒、戻ったか。……遅かったな、何かあったか?」
「……いや、特に。何もない。アローラは今日も平和だ」
「はは、当然だな。ほんと、アローラでは警官が弱くても構わない。それだけ平和だってことだな」
「ああ」
「どうした、元気がないじゃないか」
「そう見えたか? ……実は、途中の道で転んでしまったんだ」
「大丈夫か? だから制服に泥がついてたのか。今日は休んでろよ、どうせここじゃ事件なんて何もないんだ」
「……ああ」
相棒を心配させてしまった。
心配するようなことなんて何もないのに。
アローラは平和なのに。
俺だって何ともなかったのに。
相棒。
「今日も良い天気だなあ」
「……そうだな」
◆
最近、ブルーがよく唸る。
俺は何かしてしまっただろうか。
気付かないうちに餌をやり忘れたとか?
……いや、そんなはずはない。ブルーの餌は当番表に記録してあるし、その表にもきちんと全て丸がついている。忘れたはずはないんだ。
おかしいな。
……まあ、ブルーだってたまには虫の居所が悪いことはあるだろう。
今がたまたまその時期だってだけで、きっとまた大人しいいつものブルーに戻るはずだ。
考えすぎて夜あまり眠れなくて、最近少し寝不足だ。
こんなことでは風邪を引いてしまう。
警察官は健康が命だっていうのに。
◆
「……いかん。今……何時だ」
呟いた、その声がひどくかれている。
「ゴホ…………風邪……か……」
独り身の俺に家族はなく、近くの知り合いといえば交番で世話をしているブルーとあとは相棒、だけ。
「休む、と電話をしなければ……」
目が霞む、無断欠勤なんてしたら相棒が心配するのに、相棒、相棒、俺は……
無情にもそこで意識が落ちた。
「………」
目を開ける、外は明るい。
昼。
いつの昼だ? あれから何日経った?
「……交番に行かなければ」
◆
出勤。相棒の叫び声。
「いつの間にか相棒とメタモンが入れ替わっていただとー!?」
相棒の前には帽子を被った、少年。少年は無言で頷く。その手にはモンスターボール。
俺?
■?
「悪い、風邪を引いて寝込んじゃってな……何があったんだ」
「あ、相棒……無事でよかった」
「俺のことはいい。何があった」
「メタモン5の仕業だ。お前がいない間にメタモンがお前に化けて勤務していたんだ」
俺がいない間に?
俺?
■………
「メタメタって言うからおかしいと思っていたが、まさかメタモンの仕業だったとはな……この少年が捕まえてくれたんだが、せっかくだから他のメタモン5の対処もしてもらうことにしたんだ」
メタモン5。
確か……人間そっくりに化けてイタズラをするのが好きな、メタモンたちのこと。
事件の少ないアローラでは珍しくそこそこな事件の一つであり、まあそれがあるから仕事になっているようなもので、それがなければ本当に毎日することがなく、欠伸しながらパトロールするぐらいしか、しかし事件自体は面倒なものであり、俺も相棒もたまに化かされて振り回されて、そんなメタモン5。
が、俺に化けていたのか。
「困ったこともあるもんだ」
「そうだよー。困ったもんだ。だが依頼したからには安心、事件もすぐに解決するだろう」
「楽観的すぎるのがお前の悪いところだぞ」
大丈夫、任せて、と少年は頷く。
「いやあ頼りになるねえ君。将来有望な少年……輝いてるよ」
「おいおい」
じゃあ行ってきます、と手を振って、少年は去って行った。
◆
それから少年は何度か街と交番を行き来し、この辺りを困らせていたメタモン5を全て捕獲し片付けた。
「いやあすごいな、ありがとう!」
感謝する相棒。俺は二人をぼうっと見る。
「今回はよかったが、いつか人間の行動や口調まで真似ることができるメタモンが出てくるかもしれんな!」
何を馬鹿なことを。そんな日が来るわけがないだろう。
でもまあ、俺に化けて数日気付かせなかったメタモンはやっぱり、すごいポケモンなのかもしれない。
相棒が鈍いから気付かれなかっただけなのかもしれないが。
「何にでもなれる、すごいポケモン……」
――誰が?
――■が?
――■■■■は……
おかしいな、俺は今何を考えた?
……目の前に少年が立っている。
表情を全く変えぬまま。
「メタモンは何にでもなれるすごいポケモンなんだ、よ」
そうだ。そう。メタモンはすごいな。
人間にそんなことはとてもできない。
人間には。
ブルーがこちらを睨んでいる。
あいつ、まだ機嫌が悪いみたいだ。
今度給料日が来たら骨でも買ってやろう。
「相棒」
相棒がこちらを見ている。
「……何だ」
「今回は見破れなかったが、また同じことになったら今度は俺が解決してやるよ。……改めて、これからもよろしく!」
「……ああ」
「っていうかお前、風邪には気をつけてくれよ。風邪引いたなら言えって、水くさいな」
「すまん」
「俺がいなきゃ駄目だとか言うくせにお前の方こそ俺がいなきゃ駄目なんじゃないの?」
「そんなことは」
「はっはっは、冗談だよ。いやあ、アローラは今日も平和だな」
俺が■なら。
■が俺なら。
■が■なら。
思考にノイズが走っている、きっとまだ本調子じゃないんだな。
今度はあんなことはさせない。
相棒は俺が守らなければ。
俺が。
俺。
「どうした?」
「いや、本当に、アローラは平和だと思ってな」
「いい地方に生まれたもんだ、アローラ」
「アローラ」
遠く、消えてゆくノイズ。
相棒。
今日も言ってやれる、アローラは平和だ。
そう、今日も――
何もなかった、と。
メタモンに生まれた以上、化けるのは性のようなもの。
その日の私は何に化けるかをまだ決めていなくて、悩んでいるうちに朝日が昇って。
「おお、メタモンか」
「メタ」
「いたずらをするのもほどほどにしておけよ」
「メタ」
立ち去ろうとした警察官の背後に大きな影が落ちる。
「……メ!?」
崩れ落ちる警察官。それをしたポケモンは大きく、瞳はぎらぎらと狂気に落ちて。
「メ……」
咄嗟に私は変身する、だが目測を誤り、ポケモンではなく警官に。
「しまった」
口から漏れた「言葉」に驚愕している暇もなく、ポケモンは襲いかかってくる。
「……!」
反射的に身体が動く、「拳銃」と呼ばれるもの、を私は抜いて、撃ち込む。倒れるポケモン。
警察官、は倒れたまま。脈、を確認する。ゼロ。これはもはや生きてはいない。
記憶、がある。私の中に。それまで生きてきた、目の前の警察官のもの。
メタモンである私は、嫌だと言った。警察官である俺は、帰らなければ、と言った。
きっと相棒が心配している。あいつは俺がいないと駄目なんだ。思い込みが激しくて騙されやすくて突っ走る。俺がいてやらないと、戻らないと。
そう、か、それなら。
戻らなければ。
「俺」が。
俺、は。目の前にあったもの、を深く深く埋めた。ここには何もなかった。まったく、見回りの途中で■■を見つけてしまうなんてついてない。
……■■? それは何だ? 何かを埋めた?
どうせブルーの見つけた骨か何かだろう。
気にすることじゃない。
今日も何もなかった。
相棒のところに戻ってやらないと。
いつの日もアローラは変わらず平和だと、言ってやらないと。
◆
「相棒、戻ったか。……遅かったな、何かあったか?」
「……いや、特に。何もない。アローラは今日も平和だ」
「はは、当然だな。ほんと、アローラでは警官が弱くても構わない。それだけ平和だってことだな」
「ああ」
「どうした、元気がないじゃないか」
「そう見えたか? ……実は、途中の道で転んでしまったんだ」
「大丈夫か? だから制服に泥がついてたのか。今日は休んでろよ、どうせここじゃ事件なんて何もないんだ」
「……ああ」
相棒を心配させてしまった。
心配するようなことなんて何もないのに。
アローラは平和なのに。
俺だって何ともなかったのに。
相棒。
「今日も良い天気だなあ」
「……そうだな」
◆
最近、ブルーがよく唸る。
俺は何かしてしまっただろうか。
気付かないうちに餌をやり忘れたとか?
……いや、そんなはずはない。ブルーの餌は当番表に記録してあるし、その表にもきちんと全て丸がついている。忘れたはずはないんだ。
おかしいな。
……まあ、ブルーだってたまには虫の居所が悪いことはあるだろう。
今がたまたまその時期だってだけで、きっとまた大人しいいつものブルーに戻るはずだ。
考えすぎて夜あまり眠れなくて、最近少し寝不足だ。
こんなことでは風邪を引いてしまう。
警察官は健康が命だっていうのに。
◆
「……いかん。今……何時だ」
呟いた、その声がひどくかれている。
「ゴホ…………風邪……か……」
独り身の俺に家族はなく、近くの知り合いといえば交番で世話をしているブルーとあとは相棒、だけ。
「休む、と電話をしなければ……」
目が霞む、無断欠勤なんてしたら相棒が心配するのに、相棒、相棒、俺は……
無情にもそこで意識が落ちた。
「………」
目を開ける、外は明るい。
昼。
いつの昼だ? あれから何日経った?
「……交番に行かなければ」
◆
出勤。相棒の叫び声。
「いつの間にか相棒とメタモンが入れ替わっていただとー!?」
相棒の前には帽子を被った、少年。少年は無言で頷く。その手にはモンスターボール。
俺?
■?
「悪い、風邪を引いて寝込んじゃってな……何があったんだ」
「あ、相棒……無事でよかった」
「俺のことはいい。何があった」
「メタモン5の仕業だ。お前がいない間にメタモンがお前に化けて勤務していたんだ」
俺がいない間に?
俺?
■………
「メタメタって言うからおかしいと思っていたが、まさかメタモンの仕業だったとはな……この少年が捕まえてくれたんだが、せっかくだから他のメタモン5の対処もしてもらうことにしたんだ」
メタモン5。
確か……人間そっくりに化けてイタズラをするのが好きな、メタモンたちのこと。
事件の少ないアローラでは珍しくそこそこな事件の一つであり、まあそれがあるから仕事になっているようなもので、それがなければ本当に毎日することがなく、欠伸しながらパトロールするぐらいしか、しかし事件自体は面倒なものであり、俺も相棒もたまに化かされて振り回されて、そんなメタモン5。
が、俺に化けていたのか。
「困ったこともあるもんだ」
「そうだよー。困ったもんだ。だが依頼したからには安心、事件もすぐに解決するだろう」
「楽観的すぎるのがお前の悪いところだぞ」
大丈夫、任せて、と少年は頷く。
「いやあ頼りになるねえ君。将来有望な少年……輝いてるよ」
「おいおい」
じゃあ行ってきます、と手を振って、少年は去って行った。
◆
それから少年は何度か街と交番を行き来し、この辺りを困らせていたメタモン5を全て捕獲し片付けた。
「いやあすごいな、ありがとう!」
感謝する相棒。俺は二人をぼうっと見る。
「今回はよかったが、いつか人間の行動や口調まで真似ることができるメタモンが出てくるかもしれんな!」
何を馬鹿なことを。そんな日が来るわけがないだろう。
でもまあ、俺に化けて数日気付かせなかったメタモンはやっぱり、すごいポケモンなのかもしれない。
相棒が鈍いから気付かれなかっただけなのかもしれないが。
「何にでもなれる、すごいポケモン……」
――誰が?
――■が?
――■■■■は……
おかしいな、俺は今何を考えた?
……目の前に少年が立っている。
表情を全く変えぬまま。
「メタモンは何にでもなれるすごいポケモンなんだ、よ」
そうだ。そう。メタモンはすごいな。
人間にそんなことはとてもできない。
人間には。
ブルーがこちらを睨んでいる。
あいつ、まだ機嫌が悪いみたいだ。
今度給料日が来たら骨でも買ってやろう。
「相棒」
相棒がこちらを見ている。
「……何だ」
「今回は見破れなかったが、また同じことになったら今度は俺が解決してやるよ。……改めて、これからもよろしく!」
「……ああ」
「っていうかお前、風邪には気をつけてくれよ。風邪引いたなら言えって、水くさいな」
「すまん」
「俺がいなきゃ駄目だとか言うくせにお前の方こそ俺がいなきゃ駄目なんじゃないの?」
「そんなことは」
「はっはっは、冗談だよ。いやあ、アローラは今日も平和だな」
俺が■なら。
■が俺なら。
■が■なら。
思考にノイズが走っている、きっとまだ本調子じゃないんだな。
今度はあんなことはさせない。
相棒は俺が守らなければ。
俺が。
俺。
「どうした?」
「いや、本当に、アローラは平和だと思ってな」
「いい地方に生まれたもんだ、アローラ」
「アローラ」
遠く、消えてゆくノイズ。
相棒。
今日も言ってやれる、アローラは平和だ。
そう、今日も――
何もなかった、と。
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