ポケットモンスターブラック・ホワイト

「世界が終わるって言ったら、あんたはどうするの」
「おや」
 長椅子に座って本を読んでいたゲーチスが顔を上げてこちらを見る。
「アナタにしては無意味な質問ですね。太陽が燃え続ける限り、いつか世界は終わるものだ」
「そういうことが聞きたいんじゃないよ。例えば、明日世界が終わるって言ったらあんたはどうするの」
 ゲーチスはため息をついた。
「どうせ何かの小説だかに影響されたんでしょうが。はあ、世界、ですか」
 ゲーチスは開きかけの本をぱたんと閉じて、膝の上に置いた。
「ワタクシとしてはこんな世界などどうなってくれても構わないのですがね。アナタが聞きたいのはおそらく、世界が終わる前に何かやりたいことはあるか等、そういうことでしょう」
 あたしは頷いた。
「そう。あんたは最後に何するの」
「特に何も」
「え?」
「アナタは馬鹿そうなので、美味しいチョコレートを沢山食べるだとかそういうことを言うでしょうね」
「う」
 図星だ。まさにあたしはその通りの望みを持っている。
「ほんとに何もないわけ。ほら、Nに謝っとけばよかったな~とかそういうの」
「ハッ」
 ゲーチスは鼻で笑った。
「何を謝ることがあるのですか、あんなバケモノに。世界が終わらなくとも視界に入れたくない存在と、世界が終わるときにわざわざ関わろうなどと思いますか」
「はあ……人のことをバケモノなんて呼ぶのはよくないよ……」
「アナタは本当に「いい子」ですね。本当はそのようなことどうでも良いと思っている癖に」
「どうでもいいなんて思ってない、あたしは……」
「はいはい。わかっていますよ。世界が終わる前にやりたいこと、でしたか」
「……」
「……」
 沈黙。一瞬、目が合った。少しだけ、あいつの表情が動いた気がした。
「?」
「やはり、ない」
「たっぷり考えといてそれ。つまんない奴ー! もうおじいちゃんで長く生きられないからいつ世界が終ろうが何しようがどうでもいいってわけ?」
「おじっ……」
「おじいちゃんじゃん」
「……アナタこそ、年端もいかない小娘だからこそそのような幼稚な問いを立てるのでしょう。浅はかだ。非常に浅はか。精神年齢が危ぶまれますね」
「なにをー!」
 ゲーチスはフンと笑うとまた本を手に取った。
「幼稚じゃないし! だって世界が終わる前に何するのって気になるじゃんか!」
 あたしは言いつのるが、ゲーチスはそれを完全に無視して本を読んでいる。
「つまんない奴! もう知らない!」
 あたしは怒りのままに台所に向かい、なぜかクッキーをつくってオーブンで焼いた。
 本を読んでいるゲーチスに皿を差し出すと、本に目をやったまま一つ食べて、まあまあですねと言った。




――小娘の顔が見られなくなることを少し惜しく感じたなどと、それそのものが呪わしい。




(了)
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