ポケットモンスターブラック・ホワイト
ポーン、ポーンと音が響く。
プラズマ団の城は地下に埋まっている。外に存在が露見せぬよう、明り取りの窓も最低限しかない。
そんな窓の下に、グランドピアノが置いてある。
今日はピアノの調律の日だった。この城でピアノを弾くのは私とNだけだったが、どちらもそれほど余裕が無かったのか、戴冠式の日以来ピアノは弾かれていない。
昔から、ピアノは楽しむものではなく弾かされるものだった。しかし、私が英雄になれないと決まった日から、ピアノを弾く必要はなくなった。
以来、ピアノを避けていた私であったが、月日も経ち、心を落ち着かせるときなどにそれとなく弾くようになった。
このようなものを趣味と呼ぶのだろうかと思う。
「はい、これで調律はおしまいです」
ピアノから顔を上げて調律師が告げる。
「普段から、もっと弾いてあげてくださいよ」
言われて、咄嗟に予定を確認する。
昼から演説があるので、帰ってきてから弾いてやろうと思った。
午後。先日、ヴィオ達を解放させたのを当てつけるかのように、ホドモエで演説をした。
ジムリーダーが聴きに来ているのが見え、自然と笑いが込み上げる。
警戒心むき出しの顔をしているが、疑いだけでは何もできないのも世の中。せいぜい頑張ってくださいよ。
そう思うが表情には出さない。
聴衆を見渡す。当たり前だがあの小娘はいなかった。
無意識に彼女を探してしまったのは、最近会うことが多かったせいか。
活動を邪魔されないというのは好都合。うるさく絡んではくるが無力な子供のことなど、気にすることはない。
演説を終え、壇上を去る。
反応は上々だった。我々の思想も浸透してきており、最近では演説中に賛同の合いの手が入ることもあった。
この調子で行けば、目的達成まではほどないだろう。
「夕食まで、音楽室に行ってくる」
そう告げると、部屋まで歩く。
がらんとした部屋に置かれたピアノは、明り取りの窓から差し込んだ西日に照らされていた。
特に何も考えることなくピアノを弾いた。無心で弾くのは気持ちが良い。久々に弾いたピアノに私は満足していた。
夕食はいつもNと二人きりでとる。今日あったことなどを聞き取りながら、計画の進行具合を考えるのだ。
今のところ、計画は何の支障もなく順調だった。
「今日またあのトレーナーに会ったよ。トウコっていうんだけどね。この前も言ったっけ。彼女のポケモンはすごいね。ボクはああいうポケモンには会ったことがなかったからとても新鮮だよ。旅の目的は同じみたいだからこれからも度々会うと思う。観察を続けて行くよ」
「そうですか」
私は努めて冷静に応える。
「彼女がどんなトレーナーであろうと、所詮は名もなきただの人間にすぎません。あまり心を砕かれすぎぬよう」
「ゲーチス。ボクは彼女に興味があるんだ。彼女と彼女のポケモンとの関係にもね」
Nの目が剣呑に光る。
「……そうですか」
私は反論をやめた。ここで機嫌を損ねて計画の邪魔になるのも馬鹿らしい。
第一、小娘一人の観察が増えたところで、計画に支障が出るとは思いがたい。Nにはしばらく好きにさせておこうと思った。
トリニティに小娘どもの観察を言いつけ、計画を少し修正してから、音楽室に戻った。
城は地下にあるので、防音のことを気にせずピアノを弾けるのがいい点だ。
私はピアノに手をつける。
Nの反抗的な目が思い出される。
ああいった目を最近どこかで見た気がした。
気がした、と濁してみても、見たものは見たで変わらないのだが。
あの小娘の目だ。
彼女はいつもあの目で私を見る。Nを見てそれを思い出すというのも気に入らなかった。
計画に何の支障も与えないはずの小娘だが、妙に引っかかる。
「やはり別の案も考えておきましょう」
私はピアノの蓋を閉じた。
このままNのあの態度が変わらないのであれば、小娘を逆に利用するという手もある。小娘とNの関係がどのようなものかは知らないが、観察次第だ。
日はとうに落ち、欠けた月がピアノに映っていた。
プラズマ団の城は地下に埋まっている。外に存在が露見せぬよう、明り取りの窓も最低限しかない。
そんな窓の下に、グランドピアノが置いてある。
今日はピアノの調律の日だった。この城でピアノを弾くのは私とNだけだったが、どちらもそれほど余裕が無かったのか、戴冠式の日以来ピアノは弾かれていない。
昔から、ピアノは楽しむものではなく弾かされるものだった。しかし、私が英雄になれないと決まった日から、ピアノを弾く必要はなくなった。
以来、ピアノを避けていた私であったが、月日も経ち、心を落ち着かせるときなどにそれとなく弾くようになった。
このようなものを趣味と呼ぶのだろうかと思う。
「はい、これで調律はおしまいです」
ピアノから顔を上げて調律師が告げる。
「普段から、もっと弾いてあげてくださいよ」
言われて、咄嗟に予定を確認する。
昼から演説があるので、帰ってきてから弾いてやろうと思った。
午後。先日、ヴィオ達を解放させたのを当てつけるかのように、ホドモエで演説をした。
ジムリーダーが聴きに来ているのが見え、自然と笑いが込み上げる。
警戒心むき出しの顔をしているが、疑いだけでは何もできないのも世の中。せいぜい頑張ってくださいよ。
そう思うが表情には出さない。
聴衆を見渡す。当たり前だがあの小娘はいなかった。
無意識に彼女を探してしまったのは、最近会うことが多かったせいか。
活動を邪魔されないというのは好都合。うるさく絡んではくるが無力な子供のことなど、気にすることはない。
演説を終え、壇上を去る。
反応は上々だった。我々の思想も浸透してきており、最近では演説中に賛同の合いの手が入ることもあった。
この調子で行けば、目的達成まではほどないだろう。
「夕食まで、音楽室に行ってくる」
そう告げると、部屋まで歩く。
がらんとした部屋に置かれたピアノは、明り取りの窓から差し込んだ西日に照らされていた。
特に何も考えることなくピアノを弾いた。無心で弾くのは気持ちが良い。久々に弾いたピアノに私は満足していた。
夕食はいつもNと二人きりでとる。今日あったことなどを聞き取りながら、計画の進行具合を考えるのだ。
今のところ、計画は何の支障もなく順調だった。
「今日またあのトレーナーに会ったよ。トウコっていうんだけどね。この前も言ったっけ。彼女のポケモンはすごいね。ボクはああいうポケモンには会ったことがなかったからとても新鮮だよ。旅の目的は同じみたいだからこれからも度々会うと思う。観察を続けて行くよ」
「そうですか」
私は努めて冷静に応える。
「彼女がどんなトレーナーであろうと、所詮は名もなきただの人間にすぎません。あまり心を砕かれすぎぬよう」
「ゲーチス。ボクは彼女に興味があるんだ。彼女と彼女のポケモンとの関係にもね」
Nの目が剣呑に光る。
「……そうですか」
私は反論をやめた。ここで機嫌を損ねて計画の邪魔になるのも馬鹿らしい。
第一、小娘一人の観察が増えたところで、計画に支障が出るとは思いがたい。Nにはしばらく好きにさせておこうと思った。
トリニティに小娘どもの観察を言いつけ、計画を少し修正してから、音楽室に戻った。
城は地下にあるので、防音のことを気にせずピアノを弾けるのがいい点だ。
私はピアノに手をつける。
Nの反抗的な目が思い出される。
ああいった目を最近どこかで見た気がした。
気がした、と濁してみても、見たものは見たで変わらないのだが。
あの小娘の目だ。
彼女はいつもあの目で私を見る。Nを見てそれを思い出すというのも気に入らなかった。
計画に何の支障も与えないはずの小娘だが、妙に引っかかる。
「やはり別の案も考えておきましょう」
私はピアノの蓋を閉じた。
このままNのあの態度が変わらないのであれば、小娘を逆に利用するという手もある。小娘とNの関係がどのようなものかは知らないが、観察次第だ。
日はとうに落ち、欠けた月がピアノに映っていた。