ポケットモンスターブラック・ホワイト

 トモダチ宣言をして去った彼、Nと再び会ったのは、蒸し暑い夏の日だった。
 ライモンシティジムに挑むため、ライモンシティの遊園地に来ていたときのこと。プラズマ団を見かけたというNに出会った。
 ついてこいと言う彼につられて、あたしは遊園地の奥へと進んだ。
「ボクがプラズマ団の王様。ゲーチスに頼まれ、一緒にポケモンを救うんだよ」
 唐突に始まった告白にも、予想外の人物の名が出てきたことにも、そうですかとしか言えなかった。
 早口の彼は、相槌を打つ暇さえろくに与えてくれない。
 ゲーチスとはどういう関係なのかとか、どうしてプラズマ団の王になったのかとか、そういうことを訊く暇もなかった。
 Nは、チャンピオンを倒して英雄になり、全てのトレーナーにポケモンを解放させるという。ボクを止めてみせろ、と言う言葉に返す間もなくNは去った。
 プラズマ団が怪しげな組織なのはこの前の骨強盗事件で確定している。そんなのの王だというNもまた怪しげなはずなのだけれど、不思議とそんな感じはしなかった。彼らとはまた違った感じというか、変に突き抜けた感じというか、どこか必死になっているような気さえした。
 トモダチになるのに宣言はいらなくて、勝手にトモダチだと思ってくれてればいいとあたしは思うんだけど、何かを乗り越えなくちゃトモダチにはなれないと彼は思っているのかもしれない。よくわからないが。
 必死なのは幼馴染のチェレンも同じだ。5番道路で会ったチェレンは、強さというものになかなか拘っているようだった。そんなに拘っていては、そのうちこだわりハチマキでも巻きだすんじゃないだろうか。
 チャンピオンのアデクさんは、色々な人がいる、という内容のことを言ったけど、チェレンは納得してないみたいだった。彼はこうと決めたら譲らないところがある。そんなあたしも人のことは言えないが。


 チェレンと共にホドモエの跳ね橋を渡ってホドモエシティに着く。
 最近、橋を渡る機会が多い。潮風が好きなあたしにとっては、すこぶる嬉しいことだ。
 ジャローダも海が気に入ったみたいで、砂浜に足跡がつくのを嬉しそうに確かめながら歩いている。
 と、チェレンが立ち止まった。
「お前らがカミツレの話していたトレーナーか」
 橋を渡った先に立っていたのは、この街のジムリーダーだった。
 ヤーコンさんというらしい。
 橋をおろしたせいで捕らえていたプラズマ団が逃げてしまったとご立腹のヤーコンさんは、プラズマ団を探し出せればジムで挑戦を受けてやるという。
 チェレンはそれを受ける気満々で、強くなれるからという理由もつけて先に行ってしまった。
「行っちゃったね」
 ジャローダの頭に手を置く。彼女はまだ砂浜が気になっているらしく、ちらちらと浜の方を見ている。
「ジム戦が終わったら、一緒に遊ぼうね」
 ジャローダは目を輝かせて頷いた。


 街の人に聞き込みをして回ったが、なかなかプラズマ団は見つからない。
 暑い日だったので、あたしたちは休憩にサイコソーダを買って飲んだ。
 倉庫の横にあったベンチに座って、ソーダを口に運ぶ。
 道には太陽がぎらぎらと照り付けているが、倉庫の側は日陰になっていて涼しい。
「こんな暑い日にも冷たい飲み物が飲めるなんて、科学の力ってすごい」
 どこかで聞いたような感想を口にして、ベンチの背もたれにもたれる。
 と、倉庫の中で物音がした。
 今日はこの倉庫は休みの日で、中には誰も入っていないと街の人に聞いた。その倉庫の中で物音がするとは、どういうことだろうか。
 あたしはジャローダにちらりと目をやった。ジャローダは頷いた。
 彼女も怪しいと思っているようだ。
「少しだけ入ってみよう」
 おじゃまします、と言って、あたしたちは倉庫に足を踏み入れた。

 倉庫の中は涼しいなんて問題じゃなかった。あちこち凍り付いて、つららなんかもできている。
 靴を履いていないから足が冷たいのだろう、ジャローダが歩きながらぶるりと震えた。
「暑い日にはサイコーね」
 むき出しの両腕をさすりながら、あたし。
 そうこうしているうちに、見慣れたメガネの少年が立っているのを見つけた。
「あ、トウコ」
「チェレンじゃない。そっちもここが怪しいと踏んだの?」
「まさかこの中にプラズマ団、いないよな……?」
 寒いのは苦手だとぼやくチェレン。
 正直、あたしも得意ではない。でも、ここまで奥に来てしまったら、確かめずに引き返そうという気にはもはやなれない。
「さっさと探して帰ろう」
「そうね」
「ジャロ」
 満場一致で、先に進む。

◆◆◆

「お前たち、もっとワタシをくるめ。寒くてかなわんぞ」
「やれやれ。本当に隠れていたとは……」
 呆れたように、チェレン。
 そこには、おしくらまんじゅうのように身をよせあったプラズマ団団員たちがいた。寒そうな姿に、あたしたちまで寒くなる。もともと寒いけど。
 こいつを蹴散らせ、と言うのはプラズマ団の七賢人の一人、ヴィオ。
 だがそう言われて素直に蹴散らされるようなあたしたちではない。
 寒い倉庫で参っていたのか、団員たちは意外にあっけなく負けてくれた。
「こんな寒いところに身を潜めていたとはな」
 後からやってきたのはヤーコンさん。プラズマ団を連行しながら、後で挑戦しに来いと言い残して去った。

「トウコ、寒いから外に出るよ」
 チェレンもかなり冷え切っているのか、唇が青い。あたしも半袖では限界だったところだ。
 こんなところに長時間いたプラズマ団員たちはすごいと思う。いったい何が彼らをそうさせるのか。
 上に逆らうのが怖いという気持ちと、ポケモン解放への信心か。
 外に出ると、さっきまでは地獄からの使者のようだった日差しが天国からの使者のように感じた。
「暖かい!」
 ジャローダがこくこく頷く。
「夏の日差しをこんなに暖かく感じるとは思わなかった」
 とチェレン。
「ほんとにそうね」
 あたしは同意した。
 冷えた体を強烈な日差しで温めながら、市場を抜けてホドモエジムへ向かう。
 歩きながら、プラズマ団のせいでジムリーダーに挑むまでに時間がかかるのも最近よくあるなと思った。
 なにせ、行くところ行くところあいつらがいるのだから。活動が活発なのか、よほど因縁があるのかのどっちかだ。
 市場に寄りたい気持ちを我慢して、まっすぐジムに向かった。
 ジム前まで来ると、ヤーコンさんと、何か緑の背が高い人影が目に入った。
「ヤーコンさん、初めまして。ワタクシ、プラズマ団のゲーチスと申します」
 自己紹介してんじゃねえよ、などと思ったが言わない。というか、言える距離にいない。
 ゲーチスはヤーコンさんをやんわりと脅し、プラズマ団を解放するように言った。
 ヤーコンさんはとても不服そうだったが、自分の街を危険にさらすわけにはいかないとそれを呑んだ。
 七賢人のヴィオがゲーチスに礼を言う。
「よいのです。共に王のために働く同士……同じ七賢人ではないですか」
 それを聞いて、ヴィオは感極まったように頷いた。
 言葉を聞く限り、ゲーチスはプラズマ団で七賢人、という地位にいるらしい。同じとは言っているものの、遊園地でのNの口ぶりからすると、他の七賢人よりも上にいてもおかしくはない。
「それではみなさんまたいつの日かお会いすることもあるでしょう」
 ゲーチスは去り際にあたしにちらりと目を向けて、にやりと笑った。
 あたしは固まった。


 苛立ちが体を突き動かす。
 去ったあいつの後を追う足が、止まらない。
 何を慌てているのかと首を傾げたチェレンの顔を思い出す。
 置いて行ってしまわないよう、ジャローダはボールに戻していた。
 今回もまた、あたしは狭い路地裏に入る。
 果たしてあいつは、いた。
「ようこそ、お嬢さん」
 待ち構えていたかのように両手を広げてあたしを迎える。
 悠然とした態度に腹は立ったが、今回は訊きたいことがあった。
「ゲーチスは確か、プラズマ団よね」
 ゲーチスは何を今更、と言うように片眉を上げた。
「入団希望ですか、お嬢さん」
「そんなわけないじゃない」
「おや、残念です」
「あんたたちには、王ってのがいるらしいって聞いたんだけど。本当?」
「回りくどく聞かずともよいですよ、お嬢さん。王に会われたのでしょう?」
「なんで……」
「それは、N様が楽しそうに話すものですからね。トモダチができた、と。喜ばしいことです」
 そう言って微笑んでみせる。胡散臭い。あたしは相手をじっと見詰めた。
「なんですか? そんなに見詰められては困ってしまいますよ」
「あんたは嘘つきだ」
「心外ですね。証拠もないのに嘘つき呼ばわりするのはやめていただきたい」
「あんたたちがそんなほのぼのした組織だとは思えないけど。団なのに王っていうのも妙ね。実はみんなどこかの国民かなんかだったりするわけ?」
「これはまたいい決め付けをなさる。我々プラズマ団は、ヒトとポケモンの架け橋である王、N様の下に自ら集い、ポケモンをヒトから開放するという偉大な目標を共に目指す『同胞』です。国民などとは」
「どうして? 王の下にいるものは国民じゃないの」
「違います」
 あいつがこっちに一歩踏み出す。あたしはそれにつられて一歩後ずさった。
「なんでそんな頑なに否定するわけ」
「偶然その場所に生まれただけで自分たちの正当性を当たり前のように主張し、自分たちと少しでも違うものがいれば排除しようとする、国民などそんなものです。アナタはそんなものと我が団を一緒にしようというのですか? それは大いなる過ちだ。そのような曖昧なものたちと一緒にするなど許されないこと」
 そう、激しい口調で言い切った。
「ええ、と」
 見開かれた赤い目がこちらをじっと見る。その目の奥に、何らかの感情が認められた気がしてあたしは戸惑った。
 そんな感情は、似合わない。
「ごめん」
 かろうじて、そう言う。
「いえ……少し話しすぎました。アナタには必要のない話だった」
「必要ないかどうかは……」
 言いかけたあたしの言葉を遮って、では、と言うあいつ。
「失礼」
 きびすを返して去る。その表情は見えなかった。
 
 また、取り残された。
 ジャローダの入ったボールを見る。
「海に……その前にジムか」
 日差しは再び地獄の使者めいて、存在すら忘れていた汗が首筋をつたっていた。

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