ポケットモンスターブラック・ホワイト
ヤグルマの森を抜けて、スカイアローブリッジを歩いていた。
昨日まで滞在していたシッポウシティで、ドラゴンの骨が奪われる事件があった。犯人は他でもない、プラズマ団だ。現場にちょうど出くわしたあたしは、それを追いかけた。
あいつらは限りなく攻撃的で――まあそれは最もな話で、強盗をした後、追ってくるやつに対して攻撃的になるなという方が妙なんだけど――目を合わせたとたん、襲い掛かってきた。
あたしはそれに応戦したのだけれど、結局あいつらはバトルで負けるまで、骨を返そうとしなかった。
あいつらは、どうしてただの骨にあそこまで執着したのだろう。あたしには骨とポケモン解放との関連性がわからなかった。
あいつらの思想と骨強盗に関連性がないとしたら、あいつらは上下の統制が全くとれていないことになる。
関連性があるとしたら、ポケモン解放という一見おキレイな主張をしてはいるけど、内実、手段を選ばない集団ということになる。
何にせよ、「いいことをしている」とはとても思えない。
ぐるぐる考えるあたしの心とは裏腹に、スカイアローブリッジは快晴で、コアルヒーがのんびりと空を飛んでいた。
橋の先は、ヒウンシティだ。
街に入ると、潮の香りがあたしを迎えた。空に伸びるビル群。吹き抜ける潮風が髪を巻き上げる。連れていたジャノビーが驚いたように空を見上げた。
「ううん、広いね」
先ほどまでの思考をいったん置いて、伸びをする。
ジャノビーは珍しそうにビル群を見回している。この子も、こんなに大きな街は始めてだったはずだ。
「ちょっと回っていこっか?」
そう言うと、ジャノビーはうれしそうにこっちを見、こくこくと頷いた。
一人と一匹でヒウンアイスを食べながら、街を歩く。
ジムをイメージしたというハチミツ味のアイスは、ひんやりとした中に甘さが香る絶品だった。虫タイプにちなんでいるのだろうか。
ジャノビーの方は抹茶アイスを食べている。
抹茶の緑が自分の体と同じ色だから、親近感が湧いたのかもしれない。
あたしはポケモンの言葉を話せないから、正確なところはわからないけれど。
◆◆◆
めぼしい箇所を一通り回ったあたしたちは、本来の目的地であるジムに向かった。
ジムに着いて、自動ドアが開いたとき、真っ先に感じたのはハチミツの香りだった。
ジムに似つかわしくないその香りに、あたしたちは立ち止まる。
目の前にはハチミツの壁がでんと立っていた。
あたしとジャノビーはしばしその場に立ち尽くした。
この状況をどう受け入れればいいのかわからなかったからだ。
しかし、これからまだまだいくつもジムを回るのだ。こんなことで動揺していては、先が重いやられる。
そう思って、あたしは足を踏み出した。
苦労して奥までたどり着いたのはよかったのだけれど、ジムリーダーはいなかった。あたしとジャノビーは顔を見合わせた。どうしよっか、とあたしが言った。
10分ほど待ってもジムリーダーは帰ってこなかったので、あたしたちは外に出た。
「ジム放り出さなきゃいけないほど大事な用事があるわけ」
ため息とともにつぶやく。
「とりあえず、誰かに訊いてみよう」
情報は案外すぐに見つかった。
「アーティさんなら、ジムの前の建物に入っていくのを見たけど」
そうだ、ジムリーダーの名前はアーティといったっけ。
「ありがとうございます」
あたしたちは丁寧にお礼を言って、ジムの前まで引き返した。
「このビルね」
見たところ、何の変哲もないビジネスビルだ。
仕事だろうか、と首をひねる。
「まあ、入ってみよっか」
自動ドアが開いて、中の冷気が外に漏れ出す。
覗いてみると、受付の人は丁度いないようだった。
エレベーターは4階で止まっている。行き先ボタンの横にある案内板を見ても、「4階:株式会社アメニィ」とあるだけで手がかりはない。
「4階に行ってみてから、何もなければ受付の人が戻るのを待とう」
ジャノビーが頷く。
あたしはエレベーターの上ボタンを押した。
この瞬間があたしは好きだ。小さいころ、母に連れられて行ったデパートで、ボタンを押させてもらえるようにせがんだものだった。
そういえば、あれもこんな夏の暑い日だったな。道路に陽炎が射して、蝉が鳴いていた。
◆◆◆
ポン、という音をたてて、エレベーターが4階に着いた。
「これはこれは、ジムリーダーのアーティさん」
ドアが開いた途端、聞こえた声にあたしははっとした。
聞き覚えのある声だ。
それより、探し人、アーティさんはここにいる。色々とはやる気持ちを抑えて、部屋に入った。
「おや?」
ジムリーダーと相対していた人物が顔を上げる。
偶然か、幼馴染のベルと、そして見知らぬ女の子もそこにいた。
「小さなお客様も増えて、今日は千客万来ですね。……それで、ジムリーダーさんがここに一体なんの御用で?」
「プラズマ団って人が持っているものが欲しくなると盗っちゃう人たち?」
アーティさんがおどけたように訊いた。
どうやら「株式会社アメニィ」はプラズマ団の隠れ蓑だったようで、アーティさんはそれを嗅ぎ付けて単身ここに乗り込んだということらしい。
振る舞いはおどけているようだがやるときはやる人なのか。
プラズマ団はイッシュ伝説の英雄とポケモンを甦らせ、人心掌握することで望むイッシュを手に入れるのだと言う。
対してアーティさんは、プラズマ団のやっていることは逆にポケモンと人との結びつきを強めるのではないかと言った。
それを聞いたゲーチスは愉快げに笑って、今回は手を引きましょうと言った。ポケモンも返す、と。
「今日は解散」の流れだ。
アーティさんがこちらを向いて手をひらっとあげた。
「挑戦者の子かな? ごめんねージム放り出しちゃって。ちょっと見過ごせなくてね。よければこの後にでも来てくれたら、相手するからさー」
ひらひらと手を振りながら、階段を下りてゆく。
「トウコ、偶然だねえ。びっくりしたよ」
「ベル。ポケモン戻ってきたんだね、よかった」
「うん。ムンナが戻ってきてくれてうれしいよ」
緑のごてごてした衣装が視界の隅から消えた。
「ベルごめん、あたしちょっと」
「そっか。またねー」
ベルが笑顔で手を振るのに返して、あたしは駆け出した。エレベーターが下の階へ降りてゆく。
あたしは階段を駆け下る。アーティさんを追い抜いた。
「急がなくてもオレは逃げないよー」
アーティさんの声が後ろに遠ざかる。
「後で挑戦しに行きますー」
それに応えて叫び返す。
ビルを出て角を曲がった路地で、あたしはそれに追いついた。
「ゲーチス」
その人物は振り返る。
「奇遇でしたね、お嬢さん」
ぜえぜえいう息をなだめながら、あたしはそいつに歩み寄った。
「それで、わざわざ息を切らせて一体何の御用です?」
「ちょっと、あんたに訊きたいことが、あってね」
「ほう、それが素ですか。少しの間に扱いが変わるとは、アナタの中で何があったのやら」
そんなことはどうでもいいでしょと言いかけて黙る。言葉遣いは大事だ。
「アーティさんの訊いたことと同じだ、よ。プラズマ団は目的のためには手段を選ばない組織で、それを上も許してるわけ、ですか?」
「無理に敬語を使わずとも構いませんよ。プラズマ団に、ひいてはワタクシに対する評価が変わりつつあるというわけですか。なるほど。お嬢さん」
一瞬何が起こったかわからなかった。あいつの腕があたしの頭の横にあって、赤い目が超至近距離にあった。
じっと覗き込んでくる目はまるで赤い水を湛えた深い深い湖だ。初めて会ったときと同じような感想が浮かんだ。
「いいですか、お嬢さん」
あいつは言った。
「ワタクシたちの組織について嗅ぎまわるなら、それ相応の覚悟をしてもらわねばなりませんよ」
そう続けた後、含み笑いをして身体を引いた。
「この程度で震えてくれるとは、おどかしがいのあるお嬢さんだ」
「震えてない」
あたしは奴を睨みつける。
「そうですか? まあいいでしょう。アナタとは縁があるようだ。またどこかで会うこともあるでしょう。ですがワタクシの邪魔をするようならば容赦はしませんよ」
それではまた、と言ってボールを投げ上げる。現れたのは四枚の翼を持つドラゴン。
「サザンドラ、城まで」
ばさばさという羽音を残してあいつは空高く去った。
ぱたぱたという足音とともに、置いてきてしまったジャノビーが追い付く。
「ジャノ?」
不思議そうにあたしを見上げるジャノビー。
「ごめんね、置いてきて」
「ジャノ」
気にしてないよと言うようにジャノビーが頷く。
「優しいね、ジャノビーは」
ジャノビーの頭を撫で、あたしは空を見上げた。
夕暮れが迫りつつあった。
ジムリーダーもジムに戻ったことだし、ジムが閉まる前に早く突破してしまおう、とぼんやり思った。
昨日まで滞在していたシッポウシティで、ドラゴンの骨が奪われる事件があった。犯人は他でもない、プラズマ団だ。現場にちょうど出くわしたあたしは、それを追いかけた。
あいつらは限りなく攻撃的で――まあそれは最もな話で、強盗をした後、追ってくるやつに対して攻撃的になるなという方が妙なんだけど――目を合わせたとたん、襲い掛かってきた。
あたしはそれに応戦したのだけれど、結局あいつらはバトルで負けるまで、骨を返そうとしなかった。
あいつらは、どうしてただの骨にあそこまで執着したのだろう。あたしには骨とポケモン解放との関連性がわからなかった。
あいつらの思想と骨強盗に関連性がないとしたら、あいつらは上下の統制が全くとれていないことになる。
関連性があるとしたら、ポケモン解放という一見おキレイな主張をしてはいるけど、内実、手段を選ばない集団ということになる。
何にせよ、「いいことをしている」とはとても思えない。
ぐるぐる考えるあたしの心とは裏腹に、スカイアローブリッジは快晴で、コアルヒーがのんびりと空を飛んでいた。
橋の先は、ヒウンシティだ。
街に入ると、潮の香りがあたしを迎えた。空に伸びるビル群。吹き抜ける潮風が髪を巻き上げる。連れていたジャノビーが驚いたように空を見上げた。
「ううん、広いね」
先ほどまでの思考をいったん置いて、伸びをする。
ジャノビーは珍しそうにビル群を見回している。この子も、こんなに大きな街は始めてだったはずだ。
「ちょっと回っていこっか?」
そう言うと、ジャノビーはうれしそうにこっちを見、こくこくと頷いた。
一人と一匹でヒウンアイスを食べながら、街を歩く。
ジムをイメージしたというハチミツ味のアイスは、ひんやりとした中に甘さが香る絶品だった。虫タイプにちなんでいるのだろうか。
ジャノビーの方は抹茶アイスを食べている。
抹茶の緑が自分の体と同じ色だから、親近感が湧いたのかもしれない。
あたしはポケモンの言葉を話せないから、正確なところはわからないけれど。
◆◆◆
めぼしい箇所を一通り回ったあたしたちは、本来の目的地であるジムに向かった。
ジムに着いて、自動ドアが開いたとき、真っ先に感じたのはハチミツの香りだった。
ジムに似つかわしくないその香りに、あたしたちは立ち止まる。
目の前にはハチミツの壁がでんと立っていた。
あたしとジャノビーはしばしその場に立ち尽くした。
この状況をどう受け入れればいいのかわからなかったからだ。
しかし、これからまだまだいくつもジムを回るのだ。こんなことで動揺していては、先が重いやられる。
そう思って、あたしは足を踏み出した。
苦労して奥までたどり着いたのはよかったのだけれど、ジムリーダーはいなかった。あたしとジャノビーは顔を見合わせた。どうしよっか、とあたしが言った。
10分ほど待ってもジムリーダーは帰ってこなかったので、あたしたちは外に出た。
「ジム放り出さなきゃいけないほど大事な用事があるわけ」
ため息とともにつぶやく。
「とりあえず、誰かに訊いてみよう」
情報は案外すぐに見つかった。
「アーティさんなら、ジムの前の建物に入っていくのを見たけど」
そうだ、ジムリーダーの名前はアーティといったっけ。
「ありがとうございます」
あたしたちは丁寧にお礼を言って、ジムの前まで引き返した。
「このビルね」
見たところ、何の変哲もないビジネスビルだ。
仕事だろうか、と首をひねる。
「まあ、入ってみよっか」
自動ドアが開いて、中の冷気が外に漏れ出す。
覗いてみると、受付の人は丁度いないようだった。
エレベーターは4階で止まっている。行き先ボタンの横にある案内板を見ても、「4階:株式会社アメニィ」とあるだけで手がかりはない。
「4階に行ってみてから、何もなければ受付の人が戻るのを待とう」
ジャノビーが頷く。
あたしはエレベーターの上ボタンを押した。
この瞬間があたしは好きだ。小さいころ、母に連れられて行ったデパートで、ボタンを押させてもらえるようにせがんだものだった。
そういえば、あれもこんな夏の暑い日だったな。道路に陽炎が射して、蝉が鳴いていた。
◆◆◆
ポン、という音をたてて、エレベーターが4階に着いた。
「これはこれは、ジムリーダーのアーティさん」
ドアが開いた途端、聞こえた声にあたしははっとした。
聞き覚えのある声だ。
それより、探し人、アーティさんはここにいる。色々とはやる気持ちを抑えて、部屋に入った。
「おや?」
ジムリーダーと相対していた人物が顔を上げる。
偶然か、幼馴染のベルと、そして見知らぬ女の子もそこにいた。
「小さなお客様も増えて、今日は千客万来ですね。……それで、ジムリーダーさんがここに一体なんの御用で?」
「プラズマ団って人が持っているものが欲しくなると盗っちゃう人たち?」
アーティさんがおどけたように訊いた。
どうやら「株式会社アメニィ」はプラズマ団の隠れ蓑だったようで、アーティさんはそれを嗅ぎ付けて単身ここに乗り込んだということらしい。
振る舞いはおどけているようだがやるときはやる人なのか。
プラズマ団はイッシュ伝説の英雄とポケモンを甦らせ、人心掌握することで望むイッシュを手に入れるのだと言う。
対してアーティさんは、プラズマ団のやっていることは逆にポケモンと人との結びつきを強めるのではないかと言った。
それを聞いたゲーチスは愉快げに笑って、今回は手を引きましょうと言った。ポケモンも返す、と。
「今日は解散」の流れだ。
アーティさんがこちらを向いて手をひらっとあげた。
「挑戦者の子かな? ごめんねージム放り出しちゃって。ちょっと見過ごせなくてね。よければこの後にでも来てくれたら、相手するからさー」
ひらひらと手を振りながら、階段を下りてゆく。
「トウコ、偶然だねえ。びっくりしたよ」
「ベル。ポケモン戻ってきたんだね、よかった」
「うん。ムンナが戻ってきてくれてうれしいよ」
緑のごてごてした衣装が視界の隅から消えた。
「ベルごめん、あたしちょっと」
「そっか。またねー」
ベルが笑顔で手を振るのに返して、あたしは駆け出した。エレベーターが下の階へ降りてゆく。
あたしは階段を駆け下る。アーティさんを追い抜いた。
「急がなくてもオレは逃げないよー」
アーティさんの声が後ろに遠ざかる。
「後で挑戦しに行きますー」
それに応えて叫び返す。
ビルを出て角を曲がった路地で、あたしはそれに追いついた。
「ゲーチス」
その人物は振り返る。
「奇遇でしたね、お嬢さん」
ぜえぜえいう息をなだめながら、あたしはそいつに歩み寄った。
「それで、わざわざ息を切らせて一体何の御用です?」
「ちょっと、あんたに訊きたいことが、あってね」
「ほう、それが素ですか。少しの間に扱いが変わるとは、アナタの中で何があったのやら」
そんなことはどうでもいいでしょと言いかけて黙る。言葉遣いは大事だ。
「アーティさんの訊いたことと同じだ、よ。プラズマ団は目的のためには手段を選ばない組織で、それを上も許してるわけ、ですか?」
「無理に敬語を使わずとも構いませんよ。プラズマ団に、ひいてはワタクシに対する評価が変わりつつあるというわけですか。なるほど。お嬢さん」
一瞬何が起こったかわからなかった。あいつの腕があたしの頭の横にあって、赤い目が超至近距離にあった。
じっと覗き込んでくる目はまるで赤い水を湛えた深い深い湖だ。初めて会ったときと同じような感想が浮かんだ。
「いいですか、お嬢さん」
あいつは言った。
「ワタクシたちの組織について嗅ぎまわるなら、それ相応の覚悟をしてもらわねばなりませんよ」
そう続けた後、含み笑いをして身体を引いた。
「この程度で震えてくれるとは、おどかしがいのあるお嬢さんだ」
「震えてない」
あたしは奴を睨みつける。
「そうですか? まあいいでしょう。アナタとは縁があるようだ。またどこかで会うこともあるでしょう。ですがワタクシの邪魔をするようならば容赦はしませんよ」
それではまた、と言ってボールを投げ上げる。現れたのは四枚の翼を持つドラゴン。
「サザンドラ、城まで」
ばさばさという羽音を残してあいつは空高く去った。
ぱたぱたという足音とともに、置いてきてしまったジャノビーが追い付く。
「ジャノ?」
不思議そうにあたしを見上げるジャノビー。
「ごめんね、置いてきて」
「ジャノ」
気にしてないよと言うようにジャノビーが頷く。
「優しいね、ジャノビーは」
ジャノビーの頭を撫で、あたしは空を見上げた。
夕暮れが迫りつつあった。
ジムリーダーもジムに戻ったことだし、ジムが閉まる前に早く突破してしまおう、とぼんやり思った。