Fate/Zero

 導いていた、と思っていた。
 「私」が薄れていくとき、考えていたのはそんなことだった。

 遠坂の悲願が、私の代で果たされることはなかった。幸い、娘の凛は優秀だ。彼女ならば必ずや、悲願を成就するだろう。幼い彼女の行く先を知らないにも関わらず、どこか確信めいた予測が私にはあった。凛にならば、安心して残していける。
 そうなると、心配になるのは弟子のほうだ。彼は何を思って私を刺したのだろう。
 魔術師の師弟関係において、裏切りは日常茶飯事だ。そんなことを彼に言ったこともあっただろうか。
 本当にそれを実行に移されるとは、思ってもみなかった。彼は私の教えを忠実に実行したのだ、と誇ってみるのもいいかもしれない。優秀な弟子だ。
 私の前で、彼は一度も笑わなかった。そういえば、配偶者を亡くしたと聞いていた。彼女の前では笑っていたのだろうか。私は彼の笑う姿を想像できない。見た事がないからだ。
 私の思考は散漫になり加速を続ける。
「お下がりください、師よ」
「危ないです、師よ」
「師よ」
「師よ」
 思い出すのは真面目な弟子の無表情な顔ばかり。
 もうすぐ体が床につく。スローモーションの視界はぼやけ、にじんでほとんど何も見えなくなっていた。
 綺礼。君は一人で行くのかい。
 私が薄れきる最後の瞬間に見た黒いものは、彼だったろうか?
 今となっては、確かめる術もない。



(終)
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