ポケットモンスターブラック・ホワイト

「今日は寒いね……」
 夏の間緑だった草はすっかり枯れてしまって、降りしきる雪の中、半袖短パンの少女が白い息を吐く。
 彼女の横に立つ緑色のポケモン、ジャノビーが半ば呆れたような眼で彼女を見た。
「ジャノ」
「上着着ろって? ごもっとも。でも、アタシは今これしか持ってないのよね…」
 外気にさらされている腕をさすりながら少女は空を見上げた。

 綿のような雪が後から後から降ってくる。
 雪は少女の茶色の髪にもむき出しの腕にも降りかかり、体温でじわりと溶けてゆく。

「あー、寒い……」
 言っても何の解決にもならないことをわかっていながら、彼女はぼやくことをやめない。
「寒い」
「ほう」
「ちょっと寒すぎるのよね」
「なぜです?」
「あたしが夏服だから……あれ? あんたなんでここにいるの」
 少女が胡散臭そうな眼をして見やった先には、ごてごてした服を着た長身の男。
「アナタに教える理由などありませんよ」
 同じように白い息を吐きながら、男は空を見上げた。

 雪は男の緑色の髪の上にも非対称な衣装の上にも降りかかり、しばらくしてから溶けて行く。
 少女はそれをぼんやり眺めた。
「……あんたって体温低いのね」
 男は空を見上げたまま口を開く。
「なんなら確かめてみますか、お嬢さん」
 平坦な調子で吐かれた言葉は宙に浮かび、雪がゆっくりとそれを散らす。

 少女は男を見つめたままジャノビーに手を伸ばしかけて、やめる。ぱた、と手を下ろして男から視線を外す。

「遠慮しとく、あたしはあんたが嫌いだから」
 そう言った少女の目は足元の雪を見つめていた。
 自分の靴に踏まれて黒ずんだ雪が、新たな雪で覆われていく。
 少女はのろのろと足を持ち上げ、新しい雪に足跡をつけた。
 白かった雪に灰色が滲む。

 鉛色の空を見上げたままの男はゆっくりと目を閉じ、変わらぬ調子で「そうですか」と応えた。



 少女と男はそれからしばらく動かず雪に降られていた。
 街がモノトーンに染まるのをただ見ていた。
 そんな冬の日の話。
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