そんな時もあったな、なんて

 勝手に選んで勝手に脅して勝手に褒めて勝手にいなくなった。
 そうは思っているけどそれが理不尽だということもわかっている、でもそれ以前にあの人の仕打ちが一番理不尽だったじゃないか。
 何を言ってももう遅い。あの人は死んでしまったのだから。
「弟子くん」
「はいっす」
「このサウンドディスク捨てといてくれるかな」
「えっ……サウンドディスクを?」
「はい」
「なんでですか?」
「不要だから」
「不要って師匠……」
 弟子くんは釈然としない様子で私を見ている。
「店は狭いでしょ。いらないサウンドディスクをいつまでも置いておくスペースもないから」
「そう言いましてもね……捨てるってのは」
「捨てるのが嫌なら、割って」
「なんでそんな殺意高いんすか!?」
「……」
「師匠ー?」
「別に曲が嫌いなわけじゃないんだ」
「じゃあなんで?」
「色々あってね」
「はあ……オレ別に師匠の過去に踏み込む気はないですけど、サウンドディスクを捨てるってのはDJ的にはなんか、最後の手段というか、さすがに……。捨てるなら自分でやってくださいよ」
 はい、とディスクを手渡してくる弟子くん。この子案外冷たいな。
「……」
「師匠」
「わかってるよ……」
 手元に戻ってきたディスクを眺める。
 『Disco Devil』の銘。そう、これは例の曲だ。あの最後の夜、■■だったあの夜のナンバー。
「何か思い出があるんでしょう。捨てちゃったら勿体ないですよ」
 追撃を加えてくる弟子くん。
 そりゃ私だって捨てたくて捨てるわけじゃない、いや捨てたくて捨てるんだけれども。
 とにかく私はあの人への怒りを持て余していて。
 なんでそんなに怒ってるのかってそれは私が一番知りたい。
「なんだかなあ……」
「悩み事でも?」
「悩み事というか、うん……なんか……」
「わー遠い目」
「遠い目にもなるさそりゃ」
「そんなに抱えてるんなら旅にでも行ってきたらどうすか?」
「なんでそうなるの」
「傷心旅行とか」
「傷心って」
 この子いったいどこまで知ってるんだ?
「オレは何も知りませんよ」
「心読んでる?」
「師匠は顔に出ますからね」
「サングラスかけてるのになぁ」
「顔に出るからかけてるんですか?」
「いや普通にファッションだけど……」
「で、どこ行くんですか」
「え、決定事項?」
「オレ的におすすめはモミジ山ですね、そんな遠くないし」
「どんどん話が進んでるんだけど弟子くんも行くの?」
「オレは行きませんよ、師匠が旅行してる間この店見てる人が必要でしょ」
「あ、そう」
「ほら思い立ったがなんとやらですよ、行ってきてください」
「今?」
「こういうことはすぐ対処する方がいいでしょう。店はオレに任せてください、ほら」
「う、うん……」
 半ば追い出される形で店を出て、家に帰ってトランクに荷物を詰めて、ブーツカーで出かける。
「暑いな……まあそりゃ」
 太陽があるから。
 呟いて、記憶の蓋がゆるむ。
「ダメだ、思い出しちゃ……」
 ダメなのかな?
 そうでもないだろう。
 だってこの旅はそのための旅なんだし。
 記憶の中の空に空いた穴、そこから見える暗闇、夜に閉ざされた砂漠、永遠の夜。
 そんなことを考えて、記憶を回して、回して、そうしていたらいつの間にかモミジ山に着いていた。



「はあ……」
 トランクに座って景色を眺める。
 一面の赤と、水の青。そして草原の黄色。
 黄色。
 ぱた、ぱた、と頭の中のスライドが回り出す。
 黄色、黄色、ぎらぎらと光るミラーボール。
 フロアの中央で踊るあの人は黄色、黒、それは■■、
「……」
 ため息。それじゃあ私はいったい何に怒っているのか。
 ……置いて行かれた、
 その言葉がふわりと浮かんでくる。
 置いて行かれたと思っている、本当に? 
 問いかけてみても無意識に浮かんできた言葉なのだからもう、疑うことすら馬鹿らしい。
 それが事実なら、簡単に答えが出てしまった。ならば私はこれからどうすれば良いのか。
 怒りは何だろう、それとも悲しみなのか。
 傷心旅行、と言った弟子くんの言葉はその通りになってしまいそうだ。



 それから夜を越して色々歩いて回ったが、結局答えは出なかった。
 けど、一つ、思い付いたことがあった。
「ただいま」
「早いっすね!?」
「不満かい」
「不満じゃないですけど……もういいんですか」
「よくはないけど、思い付いたことがあってね」
「何ですか?」
「捨てようと思ってたディスク、あれをかけようと思って」
「え」
「ちょうど今夜ホテルで仕事だったでしょ。いい機会だし」
「師匠がいいんならオレはいいですけど」
「うん。今日は私メインってことで」
「はいっす」





 オールナイトディスコ。プールサイドでサウンドディスクを回す。
「それじゃあいくぜ……!」
『Disco Devil』
 照明が変わる、黄色、白――





「いやーおつかれさまっす」
「おつかれー」
「サイコーでしたね師匠の今日のプレイ」
「そうかな? ありがとう」
「さすが師匠は神DJだ」
「……」
 手に持ったディスクに目を落とす。
 あれをかけたら何かわかるかと思ったんだけど、わかったのは私の中のあの人の影が今も輝いているということだけだった。
 何のことはない、ただの未練。
 そんなの本当に傷心旅行じゃないか。
「はあ……」
「浮かない顔っすね」
「弟子くん……」
「なんすか」
「私って思ったより引きずる男だったんだね……」
「チョー返答しにくい……」
「ごめんごめん」
「話なら聞きますけど」
「まあまた気持ちの整理ができたらね」
「すぐじゃなくていいんすか?」
「……行くところがあるから」
「わかりました、留守は任せてください」
「ごめんね、たびたび」
「なんのなんのっすよ」




 行って、帰って。
 どこに行ったのかは伏せておく。因縁の場所といえば一つしかないはずだし。
 だけど別に吹っ切れるとかそんなことはなく、それが強まっただけだった。
「はあ……」
「飲んでるときにため息やめてくださいよ師匠」
「ごめんごめん」
「いいっすけど」
「結局あの人は何がしたかったのかなあ」
「知りませんよ……」
「あの人もほんと勝手だよね……別にいいけどさ……」
「サウンドディスク捨てようって気持ちはなくなったんすか?」
「ああ、まあ、」
 どうでもいいからね。
 とこぼす、本当はそんなこと全然ないくせに。
 あのディスクに一番執着してるのは私で、■■を忘れられないのも私で、弟子くんは賢いからきっとそのこともお見通しなんだろう。
「師匠」
「なんだい」
「どんな道を歩むつもりでもオレはちゃんと見てるので」
「……ああ」
 その言葉も本気なのかそうじゃないのかわからないけど、仮面で表情を隠したまま器用に酒を飲む姿に、なんか私いい弟子を持ったかもしれないな、と、
「今日は師匠のおごりですからね」
「え!?」
「シケた顔罪で」
「意味がわからない罪状をでっちあげないでくれないかな!?」
「知りませんよ」
 やっぱ今のなし、全然いい弟子じゃない!
 ……でもまあ、そんな日常も悪くはないんだろうと。
 そう思った。
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