一つ一つ重ねたカミは

 BBQガーデンでの出張DJの帰り、山頂に寄ってぼんやりと景色を眺めている。
 高いところから自然を見ると癒やしになるとかなんとか言うし、いいかな、と思ったのだ。
 でも、癒やされているのかどうかはよくわからない。
 思考はぼんやりしていて、よくもまあこんなぼんやりで仕事ができたなと思うくらいだが仕事中は集中しているのでよくわからなかっただけなのだと思う。
「はあ……」
 弟子くんは荷物を持って先に帰っている。ハイキングでもしてきてくださいよ、なんて言われたけど、私に気を遣ったのかな。
 ……そんなに疲れて見えただろうか。
 実際疲れているのかどうかはよくわからない。
 あの事件が終わってから、何だか毎日がぼんやりとしていて、生きている実感がない。
 あの人が死んだというのもよくわからなくて、今でもどこかで生きているような気がしてならない。
 でも死んだんだ、本当は。
 死んだ、当たり前のことなのに不意にどこからか現れて「よう、DJ」とか言ってくるんじゃないかって、そんなことは二度とないのに。
 恐怖の時間だった、当然だ。皆そう言っているし、私だってそう思う。
 だけどそれだけだったかと聞かれるとどうだろう、と。
 心の底の底に何かが残って消えないままでいる。それが何かと聞かれても、一言では答えられないのだけれど。
 朝、一日の始まりになると思い出す。
 昼、天頂近くの太陽を見ると思い出す。
 夜、真っ暗な空を見ると思い出す。
 となると思い出さなくてもいいのは夕方ぐらいのものなのかなどと考えて、目の前の景色の中で夕陽が沈みそうになっていることに思い至る。
 夕陽。
 あの人とは朝日を見ることも夕陽を見ることも叶わなかった。
 共に見たかったのかと問われると、どうなんだろう。でも、全くないかと聞かれると困ってしまう。
 「通じ合えた」ような錯覚、どこまでも行けるかもしれない、なんて思って、馬鹿みたいな精神の錯覚。
 囚われた者の病気だ、正気じゃなかったんだ、そう片付けるにはあまりにも輝きすぎていて目が眩む。本当はどうだったのだろう、あれは一体何だったのだろう。
 今となってはわからない。そもそも何もかもがぼんやりと霞んでいる。
 夕陽が視界を射す。オレンジ、その中の、黄色と黒、あの人の色。
 どこに行ってしまったのですか、って、あの世。もう二度と現れることはない、そのことが。夕陽、あの人が生きている限り見ることはできなかったであろう「非現実」のそれを見て、わかる。
 いや、わからない。
 また思考にもやがかかる。
 受け入れられないなんて、それもまた病なのだろう。病、病、病に違いない。
 病だったらどうしてあれはあんなにも煌めいていたのだろう。
 病だから、全ては病が悪いんだ、病が治ればあんな煌めきも忘れられるはず、そのはず、
 そう、だったらよかった。

 ――本当はもう、気付いているのに。

 夢想を回しているうちに日は沈み、暗くなり始めた空にあの穴は、なかった。
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