そんな時もあったな、なんて

「ねえ師匠」
「なんですか、弟子くん」
「師匠はオレが死んだらどうします?」
「……え?」
 よくわからない、という顔をする師匠。オレはもう一度繰り返す。
「オレが死んだらどうするんですか、師匠」
「弟子くんが、死んだら……?」
「そう」
「そんなこと言わないでくださいよ。何か悩みがあるなら聞きますから言ってください」
「……」
 オレがこんなことを言い出した理由。
 特に悩みがあるわけではない。
 ただ、オレという存在が師匠の生活に浸透しきる前まであった「ノリ」が……薄れていっていることに、気付いてしまったから。
 師匠のプレイから何かが消えてしまった。
 手に入らない何かを追い求めるような、飢えのようなものが師匠にはあって、オレはそれに惹かれていた。
 師匠の穴は、埋まってしまったのかもしれない。
 一人のプレイヤーをダメにしてしまった原因は誰にあるのか、まあオレだよな。
 師匠を以前の師匠に戻すにはどうすればいい? オレがいなくなれば戻るのか?
 そう考えた上での問いだったが、師匠はまあ本気にしちゃいない。
「ねえ、師匠」
「はい」
「オレは師匠が好きですよ」
「それは、ありがとうございます?」
「でもね」
 そこで言葉を一旦、切る。
「足りてないアンタはもっと好きだった」
「……?」
「アンタは過去に何を失った? それがわかれば『戻せる』のか? 師匠……穴があったはずだ、何を失ったんだ、アンタは」
「穴って、」
 サングラスの奥の目が陰るのがわかる。
「そんなこと聞いて、どうするんですか」
「……」
「私が失ったものなんてありませんよ、あるはずがない。あるはずがないんだ……だって……」
 俯く師匠。
 一歩、距離を詰める。
「空いた穴を埋めようとしてアンタは走ってた……ずっと。なんで止まったかって、オレのせいだよな」
「そんな、弟子くんのせいなんかじゃ……」
「いや、オレのせいだ。師匠、どうすればその穴はまた空く?」
 もう一歩。距離が詰まる。身体が触れる。
「ヒッ」
 師匠が身をすくめる。
「何に怯えてるんすか、師匠……あァそうか、『そいつ』はいつもこうやって……師匠に詰め寄ってたんですか?」
「やめて……やめてください」
「師匠」
「やめて……」
「師匠!」
「やめ……パンチ、さん」
 『そいつ』だ。
 オレは瞬時に悟る。
 それこそが師匠に空いた穴、失われたもの、師匠がずっと追っていた輝きだ。
「へえ……パンチっていうんですね、そいつ」
「これは……違うんです、違う」
「何が違うんですか」
「パンチ、は、怪物で……私は……解放されて、自由になって、全て忘れて、今は平和で、」
「へェ」
 師匠の脇腹を、なぞる。
「ヒッ」
「忘れてるんですね」
「だ、だって」
「アンタはそれを忘れちゃいけなかった」
「そんな……」
「さよなら、師匠」
 言って、身を引く。
「アンタのプレイには『穴』が必要だ。それは側に誰かがいちゃ成立しない、安寧は必要ない、オレはここにいちゃいけないんだ」
「待ってください、弟子くん、」
「悲しんでください。傷ついてください。それがアンタを輝かせる」
「待って……」
 まとめておいた荷物を持って、扉を開ける。
 師匠が何か言ったような気がしたが、聞こえなかった。



 雑誌のインタビューに答える師匠を見て、そのサングラスの奥の目を見て、オレは息を吐く。
 「穴」。
 そこには空虚があって。
 オレのした選択は間違いではなかったのだと、そのとき思った。
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