ペーパーマリオオリガミキング
「太陽」が落ちてから、私が窓を開けたことはなかった。
窓を通して吹く風がまるで、あのひとのいなくなった穴を思わせるようで怖かったから。
◆
朝。
「もうすぐパンチさん■周忌ですね」
窓の外を見る。
偽りの太陽がぎらぎらと輝いていて、明けない。
私の本当の太陽は、あの夜終わってしまっ
「ジャジャーン!!!!」
突如、窓ガラスが割れ、切望していた声とともに何か大質量のものが飛び込んできた。
「わぶっ」
押しつぶされて、声が出る。
「なんかしんみりしてたみてーだけど、ナニ? ケンカ売ってんの?」
「ぱ……」
「ん」
「パンチさん!!!!!!」
黄色い巨体に私はひし、と抱きついた。
◆
昼。
「で」
「で?」
「そいつにぎゅうぎゅう抱きついて重役出勤ですか、師匠」
弟子くんが剣呑な目で――と言っても、マスクの向こうなのでそう見えるような目で、言う。
「だって……会えて、うれしくて」
「うれしい? そいつは師匠たちをさらって監禁したクソ野郎ですよ。それをうれしい? おいパンチ野郎、師匠に何かしただろ」
「してねーよ。何もしなくてもおれッチ好かれるタイプなの。それに」
「……」
「見たところ、オマエ、おれッチのDJに惚れちゃってるみたいじゃーん! ハハハ、ホントに〜? 残念だったな、こいつはおれッチのことが好きなの! 他には靡 かねーの!なァ? DJ」
「え? ああ……あの、そう、かもですね……」
「そうだろ? おれのカワイイDJ。おれの、おれだけのDJ」
「ぱ、パンチさん……!」
そんなことを言われれば別にそういう関係でなくともくらくらと参ってしまうのは当然のことで。
「こういうことだよ。引っ込んでろ、ムーチョ」
「う、うわーん!」
弟子くんは泣き声を残すと走り去る。
「で、弟子くーん!」
「ほっとこーぜ」
「そういうわけにもいきません。大事な仕事仲間ですし……」
「仕事仲間ならダンサーのおれッチがいるだろ。無理して格下を相手にすることなんかねーよ」
「ん〜パンチさん……」
でもね。
物事には移り変わりがあるんです。
後を継ぐものを育てるのが私たちの使命で、
……でも私はそれを、言わなかった。
永遠を望むなら。
私はそれを、言葉にしてはいけない。
「パンチさん……」
「ん?」
「なんで、戻ってこられたんですか?」
「んー。おれッチが戻ってきたら嫌か?」
「そんなわけ、」
「理由が要る?」
「だって……■周忌のマボロシかもって思うと。またいつか、消えちゃうんじゃないかって、私は」
「心配か」
「はい……」
「かわいいねェ。かわいすぎて、」
穴、空けたくなる。
カチ、カチ、とパンチさんが刃を鳴らす。
ぞくり、と胸が震える。
恐怖じゃ、ない。
「パンチ、さん……」
「お。そういうプレイ、好きか?」
「……」
もちろん怖い。でもそれ以上に、空けられたらどうなるのだろう、という気持ちの方が強かった。
パンチさんはその道のプロだ。
絶対に気持ちよくさせてやるからさ、などと言っていたのも覚えている。
結局、遺跡で穴を空けられることはなかった。
何もかも平和になった今なら、私がここで、穴を空けられても、
「パンチさん」
「おう」
「きて、ください……」
バチン!
「……」
「……」
「……」
「……あれ?」
「ま、そういうことだ」
「なぜ……空いてないんでしょうか」
「……おれッチもオモチャ遺して消えたくないからな」
「……?」
私は首を傾げる。
「穴、空けないなら戻してやるって言われたんだよ」
「誰から?」
「■■■、あー……発音できねーみたいだな、ここじゃ」
「『お前のことを強く欲する奴がいる』。空ける能力は奪われなかった。前みたいに暴れないなら戻してやる、って言われた」
「そう、なんですね」
その、パンチさんのことを強く欲する奴がいる……っていうのは……
「そう。オマエだよ」
「自惚れてもいいんですか」
「何に?」
前みたいにずい、と近付くことはしない、なぜなら私がパンチさんに抱きついているから。
「私のために戻ってきてくれたって」
「ハハハ」
間髪入れず、パンチさんは笑った。
「ミュージックのためだぜ? オマエのためじゃねー」
「そうなんですか?」
「そりゃ、そうだろ」
「私と一緒にテッペン取ってくれるんじゃなかったんですか?」
「言ってねーよそんなこと」
む、と私はむくれる。
「私と一緒ならテッペン取れる気、しませんか?」
私はじ、とパンチさんを見る。オリーの印は消えている。
「……ハ。……そういうの、おれッチの方に言わせてくんねー?」
「じゃあ、言ってください」
「オーケー。……DJ。おれと一緒にテッペン取らねェ?」
「……はい!」
◆
一段落ついた私たちはようやく弟子くんを探し出す。
店にはいなくてメッセージを送ってみるとどうやら弟子くんはいつものカフェにいるらしく、今日は早退しますと返ってきた。
自由な職場です。
夜。
今日はいろいろあったからな、トクベツに寝かせてやると言うパンチさん。
珍しい。
私はパンチさんの上に乗り、ぎゅうぎゅうしがみつく。
もう二度といなくならないでほしい。だから、ぎゅう、と全身で抱きしめる。いなくなるときは私も、一緒に。
お願いです。
そう言ったら、パンチさんは、気が向いたらな、と答えてハンドルで私を撫でた。
◆
夜。偽物の太陽は落ち、けれど私の「本物」はここにある。
外からの風は、もう恐ろしくはない。
私の太陽がここにあるから。
それがたとえ「悪」であっても。
私はそれで、いいと思った。
窓を通して吹く風がまるで、あのひとのいなくなった穴を思わせるようで怖かったから。
◆
朝。
「もうすぐパンチさん■周忌ですね」
窓の外を見る。
偽りの太陽がぎらぎらと輝いていて、明けない。
私の本当の太陽は、あの夜終わってしまっ
「ジャジャーン!!!!」
突如、窓ガラスが割れ、切望していた声とともに何か大質量のものが飛び込んできた。
「わぶっ」
押しつぶされて、声が出る。
「なんかしんみりしてたみてーだけど、ナニ? ケンカ売ってんの?」
「ぱ……」
「ん」
「パンチさん!!!!!!」
黄色い巨体に私はひし、と抱きついた。
◆
昼。
「で」
「で?」
「そいつにぎゅうぎゅう抱きついて重役出勤ですか、師匠」
弟子くんが剣呑な目で――と言っても、マスクの向こうなのでそう見えるような目で、言う。
「だって……会えて、うれしくて」
「うれしい? そいつは師匠たちをさらって監禁したクソ野郎ですよ。それをうれしい? おいパンチ野郎、師匠に何かしただろ」
「してねーよ。何もしなくてもおれッチ好かれるタイプなの。それに」
「……」
「見たところ、オマエ、おれッチのDJに惚れちゃってるみたいじゃーん! ハハハ、ホントに〜? 残念だったな、こいつはおれッチのことが好きなの! 他には
「え? ああ……あの、そう、かもですね……」
「そうだろ? おれのカワイイDJ。おれの、おれだけのDJ」
「ぱ、パンチさん……!」
そんなことを言われれば別にそういう関係でなくともくらくらと参ってしまうのは当然のことで。
「こういうことだよ。引っ込んでろ、ムーチョ」
「う、うわーん!」
弟子くんは泣き声を残すと走り去る。
「で、弟子くーん!」
「ほっとこーぜ」
「そういうわけにもいきません。大事な仕事仲間ですし……」
「仕事仲間ならダンサーのおれッチがいるだろ。無理して格下を相手にすることなんかねーよ」
「ん〜パンチさん……」
でもね。
物事には移り変わりがあるんです。
後を継ぐものを育てるのが私たちの使命で、
……でも私はそれを、言わなかった。
永遠を望むなら。
私はそれを、言葉にしてはいけない。
「パンチさん……」
「ん?」
「なんで、戻ってこられたんですか?」
「んー。おれッチが戻ってきたら嫌か?」
「そんなわけ、」
「理由が要る?」
「だって……■周忌のマボロシかもって思うと。またいつか、消えちゃうんじゃないかって、私は」
「心配か」
「はい……」
「かわいいねェ。かわいすぎて、」
穴、空けたくなる。
カチ、カチ、とパンチさんが刃を鳴らす。
ぞくり、と胸が震える。
恐怖じゃ、ない。
「パンチ、さん……」
「お。そういうプレイ、好きか?」
「……」
もちろん怖い。でもそれ以上に、空けられたらどうなるのだろう、という気持ちの方が強かった。
パンチさんはその道のプロだ。
絶対に気持ちよくさせてやるからさ、などと言っていたのも覚えている。
結局、遺跡で穴を空けられることはなかった。
何もかも平和になった今なら、私がここで、穴を空けられても、
「パンチさん」
「おう」
「きて、ください……」
バチン!
「……」
「……」
「……」
「……あれ?」
「ま、そういうことだ」
「なぜ……空いてないんでしょうか」
「……おれッチもオモチャ遺して消えたくないからな」
「……?」
私は首を傾げる。
「穴、空けないなら戻してやるって言われたんだよ」
「誰から?」
「■■■、あー……発音できねーみたいだな、ここじゃ」
「『お前のことを強く欲する奴がいる』。空ける能力は奪われなかった。前みたいに暴れないなら戻してやる、って言われた」
「そう、なんですね」
その、パンチさんのことを強く欲する奴がいる……っていうのは……
「そう。オマエだよ」
「自惚れてもいいんですか」
「何に?」
前みたいにずい、と近付くことはしない、なぜなら私がパンチさんに抱きついているから。
「私のために戻ってきてくれたって」
「ハハハ」
間髪入れず、パンチさんは笑った。
「ミュージックのためだぜ? オマエのためじゃねー」
「そうなんですか?」
「そりゃ、そうだろ」
「私と一緒にテッペン取ってくれるんじゃなかったんですか?」
「言ってねーよそんなこと」
む、と私はむくれる。
「私と一緒ならテッペン取れる気、しませんか?」
私はじ、とパンチさんを見る。オリーの印は消えている。
「……ハ。……そういうの、おれッチの方に言わせてくんねー?」
「じゃあ、言ってください」
「オーケー。……DJ。おれと一緒にテッペン取らねェ?」
「……はい!」
◆
一段落ついた私たちはようやく弟子くんを探し出す。
店にはいなくてメッセージを送ってみるとどうやら弟子くんはいつものカフェにいるらしく、今日は早退しますと返ってきた。
自由な職場です。
夜。
今日はいろいろあったからな、トクベツに寝かせてやると言うパンチさん。
珍しい。
私はパンチさんの上に乗り、ぎゅうぎゅうしがみつく。
もう二度といなくならないでほしい。だから、ぎゅう、と全身で抱きしめる。いなくなるときは私も、一緒に。
お願いです。
そう言ったら、パンチさんは、気が向いたらな、と答えてハンドルで私を撫でた。
◆
夜。偽物の太陽は落ち、けれど私の「本物」はここにある。
外からの風は、もう恐ろしくはない。
私の太陽がここにあるから。
それがたとえ「悪」であっても。
私はそれで、いいと思った。
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