まっくらやみはうごかない

『死んじゃったカレシにいつまで囚われてるの? ハハ、ウケる』
 パンチさん、それがあなたなんですよ、とは口が裂けても言えなかった。



 白昼夢を見ていたようだ。
 ぼうっとした頭から霧が晴れると、
「師匠」
 押し殺した声で、弟子くん。
「……何かな?」
「……何でも」
「何でもって顔じゃないよ」
「オレ、仮面被ってますけど」
「私は師匠だからね、わかるんだ」
「……師匠だから、ですか」
「そうだよ」
「……オレ、の?」
「そう」
 ふ、と笑う弟子くん。その声は嬉しげに嬉しげに。
 ああ。この子は――
 なんて。
『死んじゃった私にいつまで囚われてるの?』
 私の夜は死んだ。
 そのときに私も死んだようなものだったんだ。弟子を取るとか、本当はやめておけばよかったんだ。
 だって、誰も救われない。
「師匠」
「……何かな」
「オレにできることがあれば、なんて言ってもあなたは大丈夫だよって言うんでしょうね」
「そうだね」
「だったらせめて」
 ぐ、と弟子くんが接近する。
 私をぎゅう、と抱きしめて、
 ――オレといるときはアイツのこと、忘れてくださいよ。
 マスクで籠った声はまるで縋るようで、私は。
「……それでも」
 真昼になってもなお。
 白昼夢は私をさらってゆくのです。
『あーあ!』
 全てを台無しにする悪魔に、このときだけは、いえ、ずっと。ずっと、本当はいてほしかった、と。
 思った。
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