そんな時もあったな、なんて

 豪奢なソファ。
 私には広すぎるが彼の巨体には狭すぎる、そんな部屋。
 仰向けに挟まれた身体、カチ、カチ、と頬に当たる金属。
「パンチさん……」
「んー?」
 表情が伺えない声で返事をするパンチさん。
「その……何をされているんですか……」
「それオマエに訊く権利あるわけ?」
「ひぇ、すみませんっ」
「別にいいけどさぁー」
 パンチさんはまた黙って、カチ、カチ、と私の頬に刃を当て続ける。
 いつ穴を空けられるのか気が気でない。気が気でないが、抗議などしてはどうなってしまうかわからないのでそれもできない。
 いつもの気まぐれなのか、それとも何なのか、パンチさんは時々こうしてソファに座り、横倒しにした私を身体に挟み込んで顔に刃を当てる。
 不機嫌なのか、上機嫌なのか、くるくると回るミラーボールの光に合わせてカチ、カチ、と刃を当てる。
 DJである私がフロアにいないので音楽は止まったまま、痛いほどの静寂の中、パンチさんの金属がこすれる音だけが響いている。
「……」
「何、文句あんの?」
「いえ……」
「何考えてた?」
「そんな、何も考えてなんかいませんっ」
「誤魔化すなよー、ノリ悪いぜ? 言っちゃいな、さもないと」
 カチ、とまた刃が当たる。
「い、言います、言います、その……」
 パンチさんのことを考えていた、なんて言ったら、機嫌を損ねてしまうかもしれない。
「次はどの曲をかけようかなぁなんて、ハハ、」
「嘘だね」
「ハ、」
 ぴしりと空気が凍り付くのがわかる。
「なんで嘘つくのー? なぁなぁ」
「な、な、」
「本当のこと、言って?」
 カチ、と刃が当たる。
「パ……パンチさんのことを……考えて……いました」
 馬鹿だ、結局正直に言ってしまっている。でもこんなことをされたら言うしかないじゃないか。自分の身体に穴が空くか空かないかの瀬戸際に立たされたら誰だってそうなる。
「えー、おれッチのこと考えてたの? 何、恋?」
「……」
「ノリが良い奴は好きだけどさぁ……そういうのはもっとムードあるときに言ってもらわないとなー?」
 パチン、と音を立ててパンチさんが私を解放する。
「DJ、曲かけて。ノれるやつ」
「あ……」
「早く」
「わ、わかりました」
 私はフロアに戻り、ブースの前に立ち、サウンドディスクを載せる。
 ノれる気分のときでなくても、DJとして、無理にでも雰囲気に「入り込んで」ノらせなければならない。
「……」
 刃が当たる感触がよぎる。スイッチが入る。
 3カウント。曲が流れ出す。
 そして私たちは「日常」に回帰する。
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