天秤
「何をしている! こっちだ! カルデアの全電力を注ぎ込んでいる、長くは保たない!」
監獄塔で造反した羽虫が小娘に手を伸ばす。
小娘は一歩後ろに下がった。
「どうして……? あなたは誰?」
羽虫はショックを受けたような表情をした。
「俺だ! お前のアヴェンジャーだろう! 忘れたか!」
「ごめん……思い出せない」
「記憶が混乱しているのか……? まあいい、話はカルデアに戻ってからでもできる、来い」
そう言って、小娘の手首を掴む羽虫。
「どこに行くの? 私が以前いたところ?」
「そうだ。大勢の者達がお前の帰りを待っている」
「そんなこと言われても困るよ……私はここのことしかわからないし、突然知らない場所に行けって言われても、それが正しいんだとしても、今の私にはここしかない。すぐに離れろって言われても、無理だよ……」
「問答している暇はない。その口を閉じろ。俺のマスターをこれ以上惰弱に見せるんじゃない」
「待っ……」
言う間にも、羽虫は小娘を抱き上げる。
「嫌だ……行きたくない……ソロモン……!」
名を呼ばれた瞬間、勝手に身体が動いていた。触手を伸ばして小娘を絡めとる。同時に別の触手で羽虫を空間の向こう側に押し込み、空間の穴を閉じた。
閉じる瞬間の羽虫の顔は見ものだった。大事な物を奪われた怒りと、自分のものだと思いこんでいたものがそうではなかったときの困惑に彩られていた。
「助けてくれてありがとう、ソロモン……」
泣きそうな声で小娘が礼を言う。
「呼ばれたからな」
「うん……」
「よかったのか? 奴のところに戻らなくても」
「うん……」
「それで、思い出せたのか?」
「え……さっきの人はアヴェンジャーで、私がいたのはカルデ……」
私は咄嗟に小娘の頭に手を置いた。呟いたのは記憶操作の呪文。
「ええと……」
「どうした?」
さも何でもないという風に問いかける。
「何だったっけ。忘れちゃったみたい……」
小娘はぼんやりとした顔で呟く。
「思い出せなくてもソロモンは許してくれる? さっきの人みたいに怒ったりしない?」
「私がいつお前を怒った?」
「怒ってない」
「そうだな」
「もといた場所に戻らなくても迷惑じゃない?」
どこか必死な目をして小娘が問う。私は一つ頷いた。
「お前はどこにもいかなくていい。好きなだけここにいるがいい。どのみち、世話をするのは使い魔なのだからな」
「ありがとうソロモン」
小娘は安心したように笑って、私の腰に抱きついた。私は応えるように小娘の背に腕を回す。
存外小さい体躯であった。
選んだ道の背後が封鎖されたことを、小娘は知らない。そうして、記憶は選択された。
End2. 「永遠の虜」
監獄塔で造反した羽虫が小娘に手を伸ばす。
小娘は一歩後ろに下がった。
「どうして……? あなたは誰?」
羽虫はショックを受けたような表情をした。
「俺だ! お前のアヴェンジャーだろう! 忘れたか!」
「ごめん……思い出せない」
「記憶が混乱しているのか……? まあいい、話はカルデアに戻ってからでもできる、来い」
そう言って、小娘の手首を掴む羽虫。
「どこに行くの? 私が以前いたところ?」
「そうだ。大勢の者達がお前の帰りを待っている」
「そんなこと言われても困るよ……私はここのことしかわからないし、突然知らない場所に行けって言われても、それが正しいんだとしても、今の私にはここしかない。すぐに離れろって言われても、無理だよ……」
「問答している暇はない。その口を閉じろ。俺のマスターをこれ以上惰弱に見せるんじゃない」
「待っ……」
言う間にも、羽虫は小娘を抱き上げる。
「嫌だ……行きたくない……ソロモン……!」
名を呼ばれた瞬間、勝手に身体が動いていた。触手を伸ばして小娘を絡めとる。同時に別の触手で羽虫を空間の向こう側に押し込み、空間の穴を閉じた。
閉じる瞬間の羽虫の顔は見ものだった。大事な物を奪われた怒りと、自分のものだと思いこんでいたものがそうではなかったときの困惑に彩られていた。
「助けてくれてありがとう、ソロモン……」
泣きそうな声で小娘が礼を言う。
「呼ばれたからな」
「うん……」
「よかったのか? 奴のところに戻らなくても」
「うん……」
「それで、思い出せたのか?」
「え……さっきの人はアヴェンジャーで、私がいたのはカルデ……」
私は咄嗟に小娘の頭に手を置いた。呟いたのは記憶操作の呪文。
「ええと……」
「どうした?」
さも何でもないという風に問いかける。
「何だったっけ。忘れちゃったみたい……」
小娘はぼんやりとした顔で呟く。
「思い出せなくてもソロモンは許してくれる? さっきの人みたいに怒ったりしない?」
「私がいつお前を怒った?」
「怒ってない」
「そうだな」
「もといた場所に戻らなくても迷惑じゃない?」
どこか必死な目をして小娘が問う。私は一つ頷いた。
「お前はどこにもいかなくていい。好きなだけここにいるがいい。どのみち、世話をするのは使い魔なのだからな」
「ありがとうソロモン」
小娘は安心したように笑って、私の腰に抱きついた。私は応えるように小娘の背に腕を回す。
存外小さい体躯であった。
選んだ道の背後が封鎖されたことを、小娘は知らない。そうして、記憶は選択された。
End2. 「永遠の虜」
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