天秤
小娘が記憶を失ってから、1ヵ月が経った。
あれはあれから外部の干渉を受けることもなく、毎日遊んで過ごしていた。
ただ、夜寝るとき私の側に来ることはやめなかった。
一度だけだと許したつもりが、どうしてもと言って譲らなかったのだ。
まあ、一緒に寝るくらい支障はないので何とはなしに許していた。
その日の昼食後、小娘は水で遊びたいと言い出した。
「この前読んだ本で主人公が海に行く話があったんだ。それがうらやましくて、私も水で遊びたいなーって……でも、そのままだと服が濡れちゃうから水着とかあったら貸して欲しいな、なんて……」
「いいだろう。しばし待て」
水場は庭園の中央にある噴水付きの水場を使えばよいだろう。水着は……小娘がいずれ言い出すだろうと思い、使い魔に作らせたものがある。
私は物置部屋へそれを取りに向かった。
「おや、ソロモン様。何かご入り用ですか?」
「小娘に水着をと思ったのだ。あるか」
「もちろん、ございます。さ、ここに」
「ご苦労」
「は、もったいないお言葉」
使い魔から水着を受けとるついでに書斎に寄り、本をいくつか選ぶ。
食堂に戻ると、小娘は目を輝かせてこちらを見た。
「あった? ね、あった?」
「慌てるな。これだ」
投げ渡すと、小娘は慌ててそれを受け取った。
「ありがとう、ソロモン! じゃあ着替えてくるね!」
ぱたぱたと自室へかけてゆく小娘。
私は一足先に庭へ出、噴水がよく見える位置にあるパラソル付きの椅子へ移動した。
持ってきた本を開く。小娘にやる予定のファンタジーだ。
目を通して、小娘好みのものかどうか確かめる。幻想種を操る人間が出てくる話であった。しばらく読んでいると、小娘が庭に出てくる気配があった。
「ソロモン! ここにいたんだ。食堂にいなかったからどこかと思ってちょっと探しちゃったよー」
「もう1ヵ月共にいるのだ、私の行く場所ぐらいわからずにいてどうする」
「それは無茶だよ……。ソロモンは魔法でわかるかもしれないけど!」
魔法ではなく魔術だと訂正したいところであったが、小娘に魔術のことは話していないので、そうか、と呟くだけにとどめた。
小娘は私が何か不思議な術を使うということには気が付いているが、それ以上のことを詮索してこようとはしない。
当然、自分が魔術師などということは思いもしないようであった。
「ね、もう水入ってもいい? あそこの水場使ってもいいんだよね?」
噴水を指差しながら小娘が訊いてくる。私はいいぞ、と答えた。
「わーい! じゃ行ってきまーす」
身体に巻き付けたタオルをばさりと取って片手で持ち、小娘は噴水の方へ走って行った。
物語本を読み終わるのは速い。数冊持ってきた本はすぐに読み終え、それからは遊ぶ小娘をただぼんやりと眺めていた。
途中、使い魔が熱中症になってはいけませんからとレモネードを二つ持ってきたので、小娘に声をかけて二人で飲んだ。
「ふいー今日も楽しかったなあ。ソロモンも使い魔さんもありがとう」
「ああ」
「何度も言いますが、あなたのためではないことをよくよくご理解されますよう」
「それでも、ありがとう!」
「ふん。早く部屋にお戻りになられたらどうです」
夕食後、いつもより笑顔の小娘は使い魔とじゃれ合っていた。
私が「戻るぞ」と声をかけると、はーいと返事をして私の後をついてきた。
「いやほんと楽しかったよー。でも不思議だな」
「何がだ」
「前も水着で遊んだような気がするんだよねー。でも前はこんな場所じゃなくてもっと木や草が生い茂ってたような気がする……」
兆しだ。
そう思うが早いか、空間に歪みが生じた。
外部からの干渉。小娘には簡単な術式をかけて外部から干渉できないようにしてあるので、それを破るとなるとかなりの力を使ったのだろう。
「私は……おかしいな……ソロモン? 違う……あなたは、私の敵だった?」
来るべきときが来た、と私は思った。小娘の記憶が戻りつつあるのだ。それに伴い、カルデアからの扉が開かれた。
記憶の混乱が見られる。小娘はおそらく、記憶の断片が浮かんでは消えるという状態にある。どれを選択するかは小娘次第だが。
「マスター!」
監獄塔の主が小娘を呼ぶ。
小娘はそれに
応えた→『End.1 人理修復』
応えなかった→『End2. 永遠の虜』
あれはあれから外部の干渉を受けることもなく、毎日遊んで過ごしていた。
ただ、夜寝るとき私の側に来ることはやめなかった。
一度だけだと許したつもりが、どうしてもと言って譲らなかったのだ。
まあ、一緒に寝るくらい支障はないので何とはなしに許していた。
その日の昼食後、小娘は水で遊びたいと言い出した。
「この前読んだ本で主人公が海に行く話があったんだ。それがうらやましくて、私も水で遊びたいなーって……でも、そのままだと服が濡れちゃうから水着とかあったら貸して欲しいな、なんて……」
「いいだろう。しばし待て」
水場は庭園の中央にある噴水付きの水場を使えばよいだろう。水着は……小娘がいずれ言い出すだろうと思い、使い魔に作らせたものがある。
私は物置部屋へそれを取りに向かった。
「おや、ソロモン様。何かご入り用ですか?」
「小娘に水着をと思ったのだ。あるか」
「もちろん、ございます。さ、ここに」
「ご苦労」
「は、もったいないお言葉」
使い魔から水着を受けとるついでに書斎に寄り、本をいくつか選ぶ。
食堂に戻ると、小娘は目を輝かせてこちらを見た。
「あった? ね、あった?」
「慌てるな。これだ」
投げ渡すと、小娘は慌ててそれを受け取った。
「ありがとう、ソロモン! じゃあ着替えてくるね!」
ぱたぱたと自室へかけてゆく小娘。
私は一足先に庭へ出、噴水がよく見える位置にあるパラソル付きの椅子へ移動した。
持ってきた本を開く。小娘にやる予定のファンタジーだ。
目を通して、小娘好みのものかどうか確かめる。幻想種を操る人間が出てくる話であった。しばらく読んでいると、小娘が庭に出てくる気配があった。
「ソロモン! ここにいたんだ。食堂にいなかったからどこかと思ってちょっと探しちゃったよー」
「もう1ヵ月共にいるのだ、私の行く場所ぐらいわからずにいてどうする」
「それは無茶だよ……。ソロモンは魔法でわかるかもしれないけど!」
魔法ではなく魔術だと訂正したいところであったが、小娘に魔術のことは話していないので、そうか、と呟くだけにとどめた。
小娘は私が何か不思議な術を使うということには気が付いているが、それ以上のことを詮索してこようとはしない。
当然、自分が魔術師などということは思いもしないようであった。
「ね、もう水入ってもいい? あそこの水場使ってもいいんだよね?」
噴水を指差しながら小娘が訊いてくる。私はいいぞ、と答えた。
「わーい! じゃ行ってきまーす」
身体に巻き付けたタオルをばさりと取って片手で持ち、小娘は噴水の方へ走って行った。
物語本を読み終わるのは速い。数冊持ってきた本はすぐに読み終え、それからは遊ぶ小娘をただぼんやりと眺めていた。
途中、使い魔が熱中症になってはいけませんからとレモネードを二つ持ってきたので、小娘に声をかけて二人で飲んだ。
「ふいー今日も楽しかったなあ。ソロモンも使い魔さんもありがとう」
「ああ」
「何度も言いますが、あなたのためではないことをよくよくご理解されますよう」
「それでも、ありがとう!」
「ふん。早く部屋にお戻りになられたらどうです」
夕食後、いつもより笑顔の小娘は使い魔とじゃれ合っていた。
私が「戻るぞ」と声をかけると、はーいと返事をして私の後をついてきた。
「いやほんと楽しかったよー。でも不思議だな」
「何がだ」
「前も水着で遊んだような気がするんだよねー。でも前はこんな場所じゃなくてもっと木や草が生い茂ってたような気がする……」
兆しだ。
そう思うが早いか、空間に歪みが生じた。
外部からの干渉。小娘には簡単な術式をかけて外部から干渉できないようにしてあるので、それを破るとなるとかなりの力を使ったのだろう。
「私は……おかしいな……ソロモン? 違う……あなたは、私の敵だった?」
来るべきときが来た、と私は思った。小娘の記憶が戻りつつあるのだ。それに伴い、カルデアからの扉が開かれた。
記憶の混乱が見られる。小娘はおそらく、記憶の断片が浮かんでは消えるという状態にある。どれを選択するかは小娘次第だが。
「マスター!」
監獄塔の主が小娘を呼ぶ。
小娘はそれに
応えた→『End.1 人理修復』
応えなかった→『End2. 永遠の虜』