Fate/Grand Order
「先輩、どこへ行くんですか?」
廊下を足早に歩いていると、後輩が私を呼び止めた。
玉座だよ、と答えると、後輩……マシュは心配そうな顔になった。
「一緒に行きます」
「ありがたいけど、いいよ。一人になりたいんだ」
「でも、私もドクターに挨拶しておきたいです」
「これは私の気持ちの整理をするためだからね、他に人がいるとうまくいかないんだ。それは困る。だからさ、せっかくだけど」
「……わかりました。お気をつけて」
色々と言いたいことはありそうだったが、マシュは割と素直に引いてくれた。
◆
「来たよ」
玉座に向かって呼びかける。もちろん、答える者はいない。
冠位時間神殿が崩壊した後に残った玉座。そこを訪れるのは、二度目だった。
一度目は、年が明けてしばらく経ってから。花火のように輝いて消えてしまったゲーティア、私の心に勝手に爪痕を残していったお前に文句を言うためだ。
玉座に来るのはそのときが最初で、最後にしようと思っていた。
でも、私は再びここに来た。
新宿から帰ってからずっと、私はもやもやとした感情を持て余していた。痛みを伴うその感情の正体を考えては見たものの、今一つ思い至らずに何週間か経った。
そんなある日、これまでの旅の記録を整理していてふと気付いたのだ。この感情は、ゲーティア、お前のことを考えるときの感情に似ていると。
「ここですべてが終わったと思ってた。でも、お前は楔を残していった。立つ鳥跡を濁さずって言うでしょ。お前はそうじゃなかったね」
玉座の主は消えたが、逃げて行った魔神柱はまだどこかに残っている。
ゲーティアの残滓。そんなものがまだこの世界にあることに、私は動揺したらしい。その一柱目、バアルという存在にも。
「あいつを見たとき、どうしようかと思った。彼はすごくお前に似ていた。感情を知らなかった者が、強い感情に捉われたということ。もしもお前が……」
私は言葉を止めた。
バアルの言葉を聞いたとき、なぜか私は心が躍った。憎まれたかったとか殺されたかったとか、そういうわけではもちろんない。バアルは私に執着していた。気が遠くなりそうな年月、ずっとその執着を持ち続けていた。
今思えば、私は自分が長期間執着するに値する存在だと認められたようで嬉しかったのだろう。
しかし、
頭の中で思考が、感情がぐるぐる回る。
「あいつもまた、消えてしまった。満足そうに。お前のように」
残されるということは、孤独に耐えることだ。
「お前も、あいつも、ひどい奴だ。勝手に強い感情を向けてきて、一方的に消えて。残された私がどう思うかなんて考えてもなかったんでしょう」
言葉を受け取る者はいない。二人とも、消えてしまったから。
「私は忘れたいんだ……でも、忘れられないんだ……こんな感情を刻んでいったお前たちを、私は絶対許さない」
拳をぎゅうと握る。ここにいるのは私一人だ。
玉座はぽつんと空間に浮かび続けている。十の指輪だけが鈍く光っていた。
(おわり)
廊下を足早に歩いていると、後輩が私を呼び止めた。
玉座だよ、と答えると、後輩……マシュは心配そうな顔になった。
「一緒に行きます」
「ありがたいけど、いいよ。一人になりたいんだ」
「でも、私もドクターに挨拶しておきたいです」
「これは私の気持ちの整理をするためだからね、他に人がいるとうまくいかないんだ。それは困る。だからさ、せっかくだけど」
「……わかりました。お気をつけて」
色々と言いたいことはありそうだったが、マシュは割と素直に引いてくれた。
◆
「来たよ」
玉座に向かって呼びかける。もちろん、答える者はいない。
冠位時間神殿が崩壊した後に残った玉座。そこを訪れるのは、二度目だった。
一度目は、年が明けてしばらく経ってから。花火のように輝いて消えてしまったゲーティア、私の心に勝手に爪痕を残していったお前に文句を言うためだ。
玉座に来るのはそのときが最初で、最後にしようと思っていた。
でも、私は再びここに来た。
新宿から帰ってからずっと、私はもやもやとした感情を持て余していた。痛みを伴うその感情の正体を考えては見たものの、今一つ思い至らずに何週間か経った。
そんなある日、これまでの旅の記録を整理していてふと気付いたのだ。この感情は、ゲーティア、お前のことを考えるときの感情に似ていると。
「ここですべてが終わったと思ってた。でも、お前は楔を残していった。立つ鳥跡を濁さずって言うでしょ。お前はそうじゃなかったね」
玉座の主は消えたが、逃げて行った魔神柱はまだどこかに残っている。
ゲーティアの残滓。そんなものがまだこの世界にあることに、私は動揺したらしい。その一柱目、バアルという存在にも。
「あいつを見たとき、どうしようかと思った。彼はすごくお前に似ていた。感情を知らなかった者が、強い感情に捉われたということ。もしもお前が……」
私は言葉を止めた。
バアルの言葉を聞いたとき、なぜか私は心が躍った。憎まれたかったとか殺されたかったとか、そういうわけではもちろんない。バアルは私に執着していた。気が遠くなりそうな年月、ずっとその執着を持ち続けていた。
今思えば、私は自分が長期間執着するに値する存在だと認められたようで嬉しかったのだろう。
しかし、
頭の中で思考が、感情がぐるぐる回る。
「あいつもまた、消えてしまった。満足そうに。お前のように」
残されるということは、孤独に耐えることだ。
「お前も、あいつも、ひどい奴だ。勝手に強い感情を向けてきて、一方的に消えて。残された私がどう思うかなんて考えてもなかったんでしょう」
言葉を受け取る者はいない。二人とも、消えてしまったから。
「私は忘れたいんだ……でも、忘れられないんだ……こんな感情を刻んでいったお前たちを、私は絶対許さない」
拳をぎゅうと握る。ここにいるのは私一人だ。
玉座はぽつんと空間に浮かび続けている。十の指輪だけが鈍く光っていた。
(おわり)
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