憎悪の海(道エド)
「マスター」
「あ、呪腕殿。……別のとこから出向してきた子だね」
「ええ。……その。巌窟王殿のことで少し、ご相談が」
「なーに?」
「このカルデアの巌窟王殿は少々その、扱いがよろしくないように見受けられる」
「それを私に直接聞いちゃうなんて、」
「呪腕殿は面白い男ですなあ! ンンンンン!」
「ちょっと道満、私のセリフ取らないでよ」
「これは失敬、ンンンンン!」
「……」
白い仮面の下の表情は窺えない。
静謐や百貌と違い、呪腕のハサンは顔がそぎ落とされ、仮面の下は無となっている。
「エドモンの扱いだね? ……エドモンはね、何をしたかというのは、ま、あるといえばある、無いといえば無いんだけど」
「……」
「言いにくいね……所属がここでないあなたには、言っても反感を買うだけだと思う」
「……このマスターがその選択をするのであれば、私は着いていきましょう」
「忠義だね~! その忠義でほかの私にも接してるの~? そりゃもうイチコロだね~!」
「マスター」
「ん?」
「いかに雇い主であろうが、私のマスターへの侮辱は許さない」
「あごめん、怒った?」
「……」
「ごめんごめん! 悪かったって! そんなに仲良いとは知らなくてさ、……?」
「マスター」
低い声。
巌窟王が、マスターの口を手で塞いでいた。
「口は災いの元という。それ以上口を開くな。後は俺が取りなしておく」
「ンンン! 献身的な犬ですなあ! マスターも涙がちょちょ切れてしまうというものですぞ! ンンンンン!」
「陰陽師、貴様も黙れ。マスターを連れて出ていけ、そのくらいは貴様でもできるだろう」
「ハ~つまらないヒトですねェ! そんなだから朴念仁などと言われるのでしょうに!」
「陰陽師」
「はいはい、承知」
道満がマスターをすくい上げる。
巌窟王が手を放す。
「ちょっ道満私まだ話すことがもがっ」
符でマスターの口を塞ぐ道満。符には『黙』とある。
藤丸立香は沈黙した。
◆
「で。マスター」
「何?」
「『まだ話すこと』があったのでしょうや?」
「ああ。もうすぐクエストに出るよってこと」
「大事なことでしょうに」
「そうだね」
「エドモンが邪魔したから! とはおっしゃらないのですかァ?」
「面倒だったからね」
「面倒というと」
「あの呪腕は賓客だ。しかも聖杯やリソースを大量に注ぎ込まれて、霊基の格も高い」
「はあ。それが?」
「うん。さっさと使って返さないと、面倒なことになる」
「それが焦っておられる理由ですか」
「そう」
「マスターにしては珍しい。この道満、愉快ですぞ、ンンン……!」
「うう~笑いごとじゃないよ、急がないと……」
そこに、私室のドアが開く。
「マスター」
黒い炎。
巌窟王がやってきた。
「出陣の用意をしていたのだろう。行くぞ」
「ああそっかエドモン。どうもね。えーと呪腕殿は」
「は、ここに」
「うん……ありがとう。……じゃ、行くか~」
◆
2016年メモリアルクエスト。
「2016年って言ったら今から9年前? そんなに経ったか、私の年齢何歳なんだ」
「メタ的なことを言うと無理やり帳尻合わせてくるのが上ですぞ」
「ん~はい。『一時停止ボタン』」
「はい、呪を頂戴。貴女もお酒は飲まないタイプでしょうや」
「そうだね。趣味じゃない、アルコールの香りが好きじゃない」
「その割に酒を飲むサーヴァントと酒を酌み交わす約束をしているとお聞きしましたが」
「……立香のそれは誠意だ」
「エドモン!? どうしたの急に名前で呼んで」
「……ほう。なるほど、なるほど」
「道満も何一人で頷いてるの。呪腕先生 置いてけぼりじゃん!」
「……ダンテス殿? 拙僧、弱いものは好みませぬ」
「他人の矜持を踏みにじるのが好きなのではなかったか?」
「開示していない情報を流すのはやめてくだされ。それよりも」
「……」
「拙僧、負け戦はしない質でしてな……ダンテス殿? それまでは、どうかそのままで 」
「……全滅の危険性があると」
「ありますぞ?」
「俺と貴様がいて負けるということなどありえんと思うが、まあ良い。万が一にもそのようなことがあれば、マスターの身にも危険が及ぶ」
「わかってくださり感謝感激。では……来ますぞ、接敵」
◆
「マスター。敵情報を」
後衛を守りながら、道満。
「……え?」
「……マスター」
道満の符が小さく光る。マスターは瞬きした。
「あ、ええと……敵はモードレッド。このカルデアにもいるやつだけど、もう一個体になってるし、能力も違う。毎ターンフルチャージ。1敵目はエクストラアタック、2敵目は宝具を撃ってくるみたい」
「承知いたしましたァ、それでこそ我がマスター。よその重鎮、呪腕殿と連携し、ばっちり敵を倒してやりましょうや」
「ん」
こく、と頷くマスター。呪腕のハサンは微動だにしない。
「あれ……おかしいな」
前衛が全滅してる。
と、マスター。
「道満……先生……いける?」
「……呪腕殿。頼みましたぞ」
「は。『闇に潜むは我らが得手なり』」
飛んでくる宝具を加護でかわし、投擲スキルで生んだスターで敵にクリティカルを叩き込む。
ナイフが飛び、敵影を刺し貫いた。
はらはらと消える、敵。
「……やった」
「ええ勝ち申した、マァスター……」
「カルデアに戻ったら巌窟王 から説教だね」
「……」
道満は黙っている。
「マスター」
呪腕のハサンが口を開く。
「私は先に戻らせていただく」
「あ、そ。ありがと呪腕殿。助かったよ、おかけで勝てたようなもんだし」
「は。光栄にござります。……では」
抑揚のない声で称賛を受け取ると、呪腕のハサンはすう、と消えた。
「はー……」
マスターがため息を吐く。
「道満〜」
「どうされましたか」
「なんで負けたと思う?」
「調子が悪かったのでは?」
「今日だけそんなに調子悪いとかある? 記憶もところどころ途切れてるし」
「……マスター」
「ん〜」
「忘れるのがよろしいかと。デフラグならば彼がされていることでしょう」
「ん〜……ま、考えても仕方ないことは考えても無駄かあ。ありがと、道満」
「ンンン、どういたしまして」
◆
カルデア。
巌窟王エドモン・ダンテス、私室。
「……何だ、来たのか」
ベッドに座った巌窟王は視線の一つも合わさない。
「いつになくしおらしいですねェ? 巌窟王さん」
蘆屋道満が長い髪をりん、と揺らし、巌窟王に手を伸ばす。
「やめろ」
「何を?」
止まる、道満の手。
「わかっているだろうが」
「荒れておられる」
道満の手はつい、とベッドのサイドテーブルに置かれた。
「……」
「ねェ? 荒れておられる、ご自分の判断でマスターを危険にさらしたことを悔いておられる」
「………」
「悔いておられる、違いましょうや?」
「何をだ……」
「我々の『マスター』を」
道満はサイドテーブルから手を離し、両腕をゆっくりと広げる。
「本当の藤丸立香 に戻そうとした己の判断を。悔いておられる」
「黙れ……」
にやぁ、と亀裂が走るような道満の笑み。
「巌窟王エドモン・ダンテス。貴方が名を呼ぶことで『本当の藤丸立香』は反応する、それをわかりながら今のマスターを殺そうとした ……違いましょうや?」
「違う……違う!」
「ンンンンンン! 惑ってしまってかわいいエド、可哀想な受難の者よ!」
「道満!」
「……ンンン……!」
喜悦の笑み、ごうごうと憎悪の炎が燃える。道満は顔色ひとつ変えずにただ笑う。
「ンンン、フ、ハハハハ……! 怒りましたかァ……? 貴方という人は……本当に面白い 人であらせられる、ンンン」
「……」
「反論の余地も無い? 貴方は己のためだけにつく嘘がお嫌いですものねェ……? はてさてマスターにどの程度のご心労をおかけしたのか、拙僧はかりかねますぞ!」
「マスターが俺のことで心労を抱くことは無い。あったとしても……」
「あったとしても?」
「……」
「ここまで言ったのです、最後まで言ってしまいましょうや? 大丈夫、」
誰も聞いておりませんから。と囁く道満。
鈴が鳴る。
「……ゲーティアのことだ」
「は」
ぱち、と道満が瞬きする。
機知の道満にあってもこの件は予想しかねた。
巌窟王は、
「……」
そこから何も喋ろうとしない。
「ダンテス殿?」
道満が呼びかける。
「……」
ゆらり、炎が揺らめく。巌窟王のその姿はどこか、俯いているようにも見える。
「ダンテス殿」
甘やかな声。
ふわり、と長駆が屈み込み、ベッドに座るエドモン・ダンテスを覆いこむ。
「……」
「大丈夫」
「……」
「怖いことなどなーんにもありませんよォ。拙僧、蘆屋道満にかかれば恐ろしい悪魔であっても逃げ出すというもの」
「……、」
「ンン、大丈夫、大丈夫ですぞ。ダンテス殿」
「……離れろ、道満」
「ンンン! しおらしい貴方もまた、美しい!」
ごう、と憎悪が燃え上がる。
「失せろ!」
「あいや承知。拙僧の慰めで即! 元気が戻られたということで。拙僧退散いたしまする。それでは」
ぱちん、と音がすると、道満はもう消えていた。
「……」
後に残るは、炎のみ。
「あ、呪腕殿。……別のとこから出向してきた子だね」
「ええ。……その。巌窟王殿のことで少し、ご相談が」
「なーに?」
「このカルデアの巌窟王殿は少々その、扱いがよろしくないように見受けられる」
「それを私に直接聞いちゃうなんて、」
「呪腕殿は面白い男ですなあ! ンンンンン!」
「ちょっと道満、私のセリフ取らないでよ」
「これは失敬、ンンンンン!」
「……」
白い仮面の下の表情は窺えない。
静謐や百貌と違い、呪腕のハサンは顔がそぎ落とされ、仮面の下は無となっている。
「エドモンの扱いだね? ……エドモンはね、何をしたかというのは、ま、あるといえばある、無いといえば無いんだけど」
「……」
「言いにくいね……所属がここでないあなたには、言っても反感を買うだけだと思う」
「……このマスターがその選択をするのであれば、私は着いていきましょう」
「忠義だね~! その忠義でほかの私にも接してるの~? そりゃもうイチコロだね~!」
「マスター」
「ん?」
「いかに雇い主であろうが、私のマスターへの侮辱は許さない」
「あごめん、怒った?」
「……」
「ごめんごめん! 悪かったって! そんなに仲良いとは知らなくてさ、……?」
「マスター」
低い声。
巌窟王が、マスターの口を手で塞いでいた。
「口は災いの元という。それ以上口を開くな。後は俺が取りなしておく」
「ンンン! 献身的な犬ですなあ! マスターも涙がちょちょ切れてしまうというものですぞ! ンンンンン!」
「陰陽師、貴様も黙れ。マスターを連れて出ていけ、そのくらいは貴様でもできるだろう」
「ハ~つまらないヒトですねェ! そんなだから朴念仁などと言われるのでしょうに!」
「陰陽師」
「はいはい、承知」
道満がマスターをすくい上げる。
巌窟王が手を放す。
「ちょっ道満私まだ話すことがもがっ」
符でマスターの口を塞ぐ道満。符には『黙』とある。
藤丸立香は沈黙した。
◆
「で。マスター」
「何?」
「『まだ話すこと』があったのでしょうや?」
「ああ。もうすぐクエストに出るよってこと」
「大事なことでしょうに」
「そうだね」
「エドモンが邪魔したから! とはおっしゃらないのですかァ?」
「面倒だったからね」
「面倒というと」
「あの呪腕は賓客だ。しかも聖杯やリソースを大量に注ぎ込まれて、霊基の格も高い」
「はあ。それが?」
「うん。さっさと使って返さないと、面倒なことになる」
「それが焦っておられる理由ですか」
「そう」
「マスターにしては珍しい。この道満、愉快ですぞ、ンンン……!」
「うう~笑いごとじゃないよ、急がないと……」
そこに、私室のドアが開く。
「マスター」
黒い炎。
巌窟王がやってきた。
「出陣の用意をしていたのだろう。行くぞ」
「ああそっかエドモン。どうもね。えーと呪腕殿は」
「は、ここに」
「うん……ありがとう。……じゃ、行くか~」
◆
2016年メモリアルクエスト。
「2016年って言ったら今から9年前? そんなに経ったか、私の年齢何歳なんだ」
「メタ的なことを言うと無理やり帳尻合わせてくるのが上ですぞ」
「ん~はい。『一時停止ボタン』」
「はい、呪を頂戴。貴女もお酒は飲まないタイプでしょうや」
「そうだね。趣味じゃない、アルコールの香りが好きじゃない」
「その割に酒を飲むサーヴァントと酒を酌み交わす約束をしているとお聞きしましたが」
「……立香のそれは誠意だ」
「エドモン!? どうしたの急に名前で呼んで」
「……ほう。なるほど、なるほど」
「道満も何一人で頷いてるの。呪腕
「……ダンテス殿? 拙僧、弱いものは好みませぬ」
「他人の矜持を踏みにじるのが好きなのではなかったか?」
「開示していない情報を流すのはやめてくだされ。それよりも」
「……」
「拙僧、負け戦はしない質でしてな……ダンテス殿? それまでは、どうか
「……全滅の危険性があると」
「ありますぞ?」
「俺と貴様がいて負けるということなどありえんと思うが、まあ良い。万が一にもそのようなことがあれば、マスターの身にも危険が及ぶ」
「わかってくださり感謝感激。では……来ますぞ、接敵」
◆
「マスター。敵情報を」
後衛を守りながら、道満。
「……え?」
「……マスター」
道満の符が小さく光る。マスターは瞬きした。
「あ、ええと……敵はモードレッド。このカルデアにもいるやつだけど、もう一個体になってるし、能力も違う。毎ターンフルチャージ。1敵目はエクストラアタック、2敵目は宝具を撃ってくるみたい」
「承知いたしましたァ、それでこそ我がマスター。よその重鎮、呪腕殿と連携し、ばっちり敵を倒してやりましょうや」
「ん」
こく、と頷くマスター。呪腕のハサンは微動だにしない。
「あれ……おかしいな」
前衛が全滅してる。
と、マスター。
「道満……先生……いける?」
「……呪腕殿。頼みましたぞ」
「は。『闇に潜むは我らが得手なり』」
飛んでくる宝具を加護でかわし、投擲スキルで生んだスターで敵にクリティカルを叩き込む。
ナイフが飛び、敵影を刺し貫いた。
はらはらと消える、敵。
「……やった」
「ええ勝ち申した、マァスター……」
「カルデアに戻ったら
「……」
道満は黙っている。
「マスター」
呪腕のハサンが口を開く。
「私は先に戻らせていただく」
「あ、そ。ありがと呪腕殿。助かったよ、おかけで勝てたようなもんだし」
「は。光栄にござります。……では」
抑揚のない声で称賛を受け取ると、呪腕のハサンはすう、と消えた。
「はー……」
マスターがため息を吐く。
「道満〜」
「どうされましたか」
「なんで負けたと思う?」
「調子が悪かったのでは?」
「今日だけそんなに調子悪いとかある? 記憶もところどころ途切れてるし」
「……マスター」
「ん〜」
「忘れるのがよろしいかと。デフラグならば彼がされていることでしょう」
「ん〜……ま、考えても仕方ないことは考えても無駄かあ。ありがと、道満」
「ンンン、どういたしまして」
◆
カルデア。
巌窟王エドモン・ダンテス、私室。
「……何だ、来たのか」
ベッドに座った巌窟王は視線の一つも合わさない。
「いつになくしおらしいですねェ? 巌窟王さん」
蘆屋道満が長い髪をりん、と揺らし、巌窟王に手を伸ばす。
「やめろ」
「何を?」
止まる、道満の手。
「わかっているだろうが」
「荒れておられる」
道満の手はつい、とベッドのサイドテーブルに置かれた。
「……」
「ねェ? 荒れておられる、ご自分の判断でマスターを危険にさらしたことを悔いておられる」
「………」
「悔いておられる、違いましょうや?」
「何をだ……」
「我々の『マスター』を」
道満はサイドテーブルから手を離し、両腕をゆっくりと広げる。
「
「黙れ……」
にやぁ、と亀裂が走るような道満の笑み。
「巌窟王エドモン・ダンテス。貴方が名を呼ぶことで『本当の藤丸立香』は反応する、それをわかりながら今のマスターを
「違う……違う!」
「ンンンンンン! 惑ってしまってかわいいエド、可哀想な受難の者よ!」
「道満!」
「……ンンン……!」
喜悦の笑み、ごうごうと憎悪の炎が燃える。道満は顔色ひとつ変えずにただ笑う。
「ンンン、フ、ハハハハ……! 怒りましたかァ……? 貴方という人は……本当に
「……」
「反論の余地も無い? 貴方は己のためだけにつく嘘がお嫌いですものねェ……? はてさてマスターにどの程度のご心労をおかけしたのか、拙僧はかりかねますぞ!」
「マスターが俺のことで心労を抱くことは無い。あったとしても……」
「あったとしても?」
「……」
「ここまで言ったのです、最後まで言ってしまいましょうや? 大丈夫、」
誰も聞いておりませんから。と囁く道満。
鈴が鳴る。
「……ゲーティアのことだ」
「は」
ぱち、と道満が瞬きする。
機知の道満にあってもこの件は予想しかねた。
巌窟王は、
「……」
そこから何も喋ろうとしない。
「ダンテス殿?」
道満が呼びかける。
「……」
ゆらり、炎が揺らめく。巌窟王のその姿はどこか、俯いているようにも見える。
「ダンテス殿」
甘やかな声。
ふわり、と長駆が屈み込み、ベッドに座るエドモン・ダンテスを覆いこむ。
「……」
「大丈夫」
「……」
「怖いことなどなーんにもありませんよォ。拙僧、蘆屋道満にかかれば恐ろしい悪魔であっても逃げ出すというもの」
「……、」
「ンン、大丈夫、大丈夫ですぞ。ダンテス殿」
「……離れろ、道満」
「ンンン! しおらしい貴方もまた、美しい!」
ごう、と憎悪が燃え上がる。
「失せろ!」
「あいや承知。拙僧の慰めで即! 元気が戻られたということで。拙僧退散いたしまする。それでは」
ぱちん、と音がすると、道満はもう消えていた。
「……」
後に残るは、炎のみ。
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