憎悪の海(道エド)

「マスター」
「あ、呪腕殿。……別のとこから出向してきた子だね」
「ええ。……その。巌窟王殿のことで少し、ご相談が」
「なーに?」
「このカルデアの巌窟王殿は少々その、扱いがよろしくないように見受けられる」
「それを私に直接聞いちゃうなんて、」
「呪腕殿は面白い男ですなあ! ンンンンン!」
「ちょっと道満、私のセリフ取らないでよ」
「これは失敬、ンンンンン!」
「……」
 白い仮面の下の表情は窺えない。
 静謐や百貌と違い、呪腕のハサンは顔がそぎ落とされ、仮面の下は無となっている。
「エドモンの扱いだね? ……エドモンはね、何をしたかというのは、ま、あるといえばある、無いといえば無いんだけど」
「……」
「言いにくいね……所属がここでないあなたには、言っても反感を買うだけだと思う」
「……このマスターがその選択をするのであれば、私は着いていきましょう」
「忠義だね~! その忠義でほかの私にも接してるの~? そりゃもうイチコロだね~!」
「マスター」
「ん?」
「いかに雇い主であろうが、私のマスターへの侮辱は許さない」
「あごめん、怒った?」
「……」
「ごめんごめん! 悪かったって! そんなに仲良いとは知らなくてさ、……?」
「マスター」
 低い声。
 巌窟王が、マスターの口を手で塞いでいた。
「口は災いの元という。それ以上口を開くな。後は俺が取りなしておく」
「ンンン! 献身的な犬ですなあ! マスターも涙がちょちょ切れてしまうというものですぞ! ンンンンン!」
「陰陽師、貴様も黙れ。マスターを連れて出ていけ、そのくらいは貴様でもできるだろう」
「ハ~つまらないヒトですねェ! そんなだから朴念仁などと言われるのでしょうに!」
「陰陽師」
「はいはい、承知」
 道満がマスターをすくい上げる。
 巌窟王が手を放す。
「ちょっ道満私まだ話すことがもがっ」
 符でマスターの口を塞ぐ道満。符には『黙』とある。
 藤丸立香は沈黙した。
 


「で。マスター」
「何?」
「『まだ話すこと』があったのでしょうや?」
「ああ。もうすぐクエストに出るよってこと」
「大事なことでしょうに」
「そうだね」
「エドモンが邪魔したから! とはおっしゃらないのですかァ?」
「面倒だったからね」
「面倒というと」
「あの呪腕は賓客だ。しかも聖杯やリソースを大量に注ぎ込まれて、霊基の格も高い」
「はあ。それが?」
「うん。さっさと使って返さないと、面倒なことになる」
「それが焦っておられる理由ですか」
「そう」
「マスターにしては珍しい。この道満、愉快ですぞ、ンンン……!」
「うう~笑いごとじゃないよ、急がないと……」
 そこに、私室のドアが開く。
「マスター」
 黒い炎。
 巌窟王がやってきた。
「出陣の用意をしていたのだろう。行くぞ」
「ああそっかエドモン。どうもね。えーと呪腕殿は」
「は、ここに」
「うん……ありがとう。……じゃ、行くか~」



 2016年メモリアルクエスト。
「2016年って言ったら今から9年前? そんなに経ったか、私の年齢何歳なんだ」
「メタ的なことを言うと無理やり帳尻合わせてくるのが上ですぞ」
「ん~はい。『一時停止ボタン』」
「はい、呪を頂戴。貴女もお酒は飲まないタイプでしょうや」
「そうだね。趣味じゃない、アルコールの香りが好きじゃない」
「その割に酒を飲むサーヴァントと酒を酌み交わす約束をしているとお聞きしましたが」
「……立香のそれは誠意だ」
「エドモン!? どうしたの急に名前で呼んで」
「……ほう。なるほど、なるほど」
「道満も何一人で頷いてるの。呪腕先生・・置いてけぼりじゃん!」
「……ダンテス殿? 拙僧、弱いものは好みませぬ」
「他人の矜持を踏みにじるのが好きなのではなかったか?」
「開示していない情報を流すのはやめてくだされ。それよりも」
「……」
「拙僧、負け戦はしない質でしてな……ダンテス殿? それまでは、どうかそのままで・・・・・
「……全滅の危険性があると」
「ありますぞ?」
「俺と貴様がいて負けるということなどありえんと思うが、まあ良い。万が一にもそのようなことがあれば、マスターの身にも危険が及ぶ」
「わかってくださり感謝感激。では……来ますぞ、接敵」

 ◆

「マスター。敵情報を」
 後衛を守りながら、道満。
「……え?」
「……マスター」
 道満の符が小さく光る。マスターは瞬きした。
「あ、ええと……敵はモードレッド。このカルデアにもいるやつだけど、もう一個体になってるし、能力も違う。毎ターンフルチャージ。1敵目はエクストラアタック、2敵目は宝具を撃ってくるみたい」
「承知いたしましたァ、それでこそ我がマスター。よその重鎮、呪腕殿と連携し、ばっちり敵を倒してやりましょうや」
「ん」
 こく、と頷くマスター。呪腕のハサンは微動だにしない。
「あれ……おかしいな」
 前衛が全滅してる。
 と、マスター。
「道満……先生……いける?」
「……呪腕殿。頼みましたぞ」
「は。『闇に潜むは我らが得手なり』」
 飛んでくる宝具を加護でかわし、投擲スキルで生んだスターで敵にクリティカルを叩き込む。
 ナイフが飛び、敵影を刺し貫いた。
 はらはらと消える、敵。
「……やった」
「ええ勝ち申した、マァスター……」
「カルデアに戻ったら巌窟王・・・から説教だね」
「……」
 道満は黙っている。
「マスター」
 呪腕のハサンが口を開く。
「私は先に戻らせていただく」
「あ、そ。ありがと呪腕殿。助かったよ、おかけで勝てたようなもんだし」
「は。光栄にござります。……では」
 抑揚のない声で称賛を受け取ると、呪腕のハサンはすう、と消えた。
「はー……」
 マスターがため息を吐く。
「道満〜」
「どうされましたか」
「なんで負けたと思う?」
「調子が悪かったのでは?」
「今日だけそんなに調子悪いとかある? 記憶もところどころ途切れてるし」
「……マスター」
「ん〜」
「忘れるのがよろしいかと。デフラグならば彼がされていることでしょう」
「ん〜……ま、考えても仕方ないことは考えても無駄かあ。ありがと、道満」
「ンンン、どういたしまして」



 カルデア。
 巌窟王エドモン・ダンテス、私室。
「……何だ、来たのか」
 ベッドに座った巌窟王は視線の一つも合わさない。
「いつになくしおらしいですねェ? 巌窟王さん」
 蘆屋道満が長い髪をりん、と揺らし、巌窟王に手を伸ばす。
「やめろ」
「何を?」
 止まる、道満の手。
「わかっているだろうが」
「荒れておられる」
 道満の手はつい、とベッドのサイドテーブルに置かれた。
「……」
「ねェ? 荒れておられる、ご自分の判断でマスターを危険にさらしたことを悔いておられる」
「………」
「悔いておられる、違いましょうや?」
「何をだ……」
「我々の『マスター』を」
 道満はサイドテーブルから手を離し、両腕をゆっくりと広げる。
本当の藤丸立香・・・・・・・に戻そうとした己の判断を。悔いておられる」
「黙れ……」
 にやぁ、と亀裂が走るような道満の笑み。
「巌窟王エドモン・ダンテス。貴方が名を呼ぶことで『本当の藤丸立香』は反応する、それをわかりながら今のマスターを殺そうとした・・・・・・……違いましょうや?」
「違う……違う!」
「ンンンンンン! 惑ってしまってかわいいエド、可哀想な受難の者よ!」
「道満!」
「……ンンン……!」
 喜悦の笑み、ごうごうと憎悪の炎が燃える。道満は顔色ひとつ変えずにただ笑う。
「ンンン、フ、ハハハハ……! 怒りましたかァ……? 貴方という人は……本当に面白いいとしい人であらせられる、ンンン」
「……」
「反論の余地も無い? 貴方は己のためだけにつく嘘がお嫌いですものねェ……? はてさてマスターにどの程度のご心労をおかけしたのか、拙僧はかりかねますぞ!」
「マスターが俺のことで心労を抱くことは無い。あったとしても……」
「あったとしても?」
「……」
「ここまで言ったのです、最後まで言ってしまいましょうや? 大丈夫、」
 誰も聞いておりませんから。と囁く道満。
 鈴が鳴る。
「……ゲーティアのことだ」
「は」
 ぱち、と道満が瞬きする。
 機知の道満にあってもこの件は予想しかねた。
 巌窟王は、
「……」
 そこから何も喋ろうとしない。
「ダンテス殿?」
 道満が呼びかける。
「……」
 ゆらり、炎が揺らめく。巌窟王のその姿はどこか、俯いているようにも見える。
「ダンテス殿」
 甘やかな声。
 ふわり、と長駆が屈み込み、ベッドに座るエドモン・ダンテスを覆いこむ。
「……」
「大丈夫」
「……」
「怖いことなどなーんにもありませんよォ。拙僧、蘆屋道満にかかれば恐ろしい悪魔であっても逃げ出すというもの」
「……、」
「ンン、大丈夫、大丈夫ですぞ。ダンテス殿」
「……離れろ、道満」
「ンンン! しおらしい貴方もまた、美しい!」
 ごう、と憎悪が燃え上がる。
「失せろ!」
「あいや承知。拙僧の慰めで即! 元気が戻られたということで。拙僧退散いたしまする。それでは」
 ぱちん、と音がすると、道満はもう消えていた。
「……」
 後に残るは、炎のみ。
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