憎悪の海(道エド)

「……長い間眠っていた気がする、だと?」
「そうなんだよエドモン。こんな相談、キミにすることじゃないんだけど」
「そう言うならば”お気に入り”の獣に相談するがいい。俺は、」
「エドモンじゃなきゃできないんだよ。だってエドモンって私の夢に入って、溜まったどろどろをデフラグしてくれてるんでしょ」
「……」
「それは俺じゃないって? 別のエドモン? うーん記憶が混濁してる」
「呼び申されたか、マスター!」
「あっ道満」
 中空から現れた巨躯の陰陽師、芦屋道満にマスターはにこ、と笑って手をひらりと振る。
「今日はエドモンに相談してたんだ」
「随分とお気に入りのご様子! しかし、当のダンテス殿は拙僧が適任だと思っておられるようですぞ……?」
「……」
 巌窟王は無言で部屋の隅を見ている。
「……」
 そして。す、と影に溶け消えた。
「あっ待ってよエドモン~! 逃げなくてもいいじゃん~」
「マァスター」
「な~に」
「イドが何やら、三人目が何やら」
「いや全く知らないんだよね……記憶が無い」
「自覚はおありでいらっしゃる」
「何の?」
「何でも。マァスター」
「ん」
「無知な貴女が愛おしい」
「褒めても何も出ませんよ、というかそれ褒めてないじゃないか」
「マイマスタァ」
 猫を撫でるときのような声を出す道満。そのとき。
「……止めろ、獣」
 黒い炎が煙のようにたちのぼり、カルデアのマスターを取り巻いた。
「それ以上続けるようなら、その口」
「おお、怖い。せっかちな男は嫌われますぞ、盗み聞きをする重いカレシも嫌われますぞ」
 はは、とマスターが笑う。
「巌窟王はカレシじゃないよ~ただのサーヴァント」
「ンンン! 辛辣! これが彼氏面という奴ですかな!?」
「………」
 巌窟王は再び黙り込む。
「黙ってるならいる意味なくない? 帰ったら?」
「マスターさすがにそれは言葉が過ぎますぞ」
「あは、そうか。ごめんごめん」
「マスターと話せば奴が来る。奴とマスターでは会話が成り立たぬ。なればこそ……」
 道満は口元を扇で隠した。
「拙僧と、エドモン殿とで相談するのがよろしいかと。結果はエドモン殿が報告すれば良いでしょう。報告するだけなら角も立ちませんので」
「じゃ、そうしよっか。それでいい? エドモン」
「……」
 巌窟王はぎろ、と道満を見て、一呼吸置いてから頷いた。

 ◆

「異聞体になりかけた?」
「その通りでございます。まことダンテス殿はご聡明であらせられますなァ!」
「……」
 貴様が説明しただけだろうがという言葉を飲み込む巌窟王。
「それで……マスターはずっと眠っていたと」
「そう、運命を変えるため、機を待たれていたのです」
「貴様はマスターのことを無知だとのたまっていたが」
「少しからかわせていただいただけのこと。マスターも貴方もご聡明にて」
「……」
 巌窟王は思う、この獣には嘘が多い。先ほど説明したことも何もかも、マスターの発言を基にした狂言の可能性もある。
「道満、」
「おや! おやおやおや!」
「……!」
 しまった、と思ったときには遅かった。
「名前で呼んでくださりましたねェ……!」
「……」
「ンン……ンンンン……!」
 芦屋道満はにたり、と笑う。
「もしや貴殿も言ってほしかったとか……? ンンンン……エドモン・ダンテス。
 ――無知な貴方が愛おしい! と!」
「黙れ……!」
 ごう、と黒炎が唸る。
 涼しい顔で扇を煽ぐ道満。
「効きませぬよ貴方の炎は。憎悪でしょうや? 拙僧のそれもそう、憎悪でありますゆえ」
「……!」
 復讐者はぎらぎらと目を光らせて陰陽師を見る。
「情熱的に見つめてくださりこの道満、昂っておりますぞ」
「嘘を吐け」
「嘘の獣ですから。何ならここで……てしまいましょうや?」
「……毎度毎度凝りもせず数多の嘘を並べ立てる」
「その意気! 私が████で敵と化してもその調子で調伏してくださいませ?」
「……は」
 見通す目があるのなら、この獣がそうなるのなら。
「……復讐するは、我にあり」
「ンンン、良いですねェ。まっこと、良い。貴方の憎悪は美しい」
 その言葉だけは、真実と思われた。
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