憎悪の海(道エド)

「いやですなあ、拙僧強くなりすぎてしまって困りますなあ」
「今回のイベントで道満は本当に強くなったよね! 来てくれたばかりなのに嬉しいな!」
 カルデアのマスター、藤丸立香がにこにこ笑って両手を広げる。
「なに、素材を集めてくださったエドモン殿のおかげですとも」
「おー! 感謝されてるじゃんよかったねエドモン!」
 ね、と立香。
「………」
 巌窟王はちらりと二人の方を見、また黙る。
「やっぱり仲がいいのが一番だからね! 次世代のカルデアを担っていくのはエドモン、キミと、道満……この二人だよ!」
「………」
「どうしたの? エドモン何か調子悪い?」
「いや」
 否定する巌窟王。
「ほとんど出ずっぱりだったもんねえ。ちょっと休憩してきたら?」
「ンンンマスター、そのようなことをおっしゃりながら一瞬後にはフル稼働させる未来が見えておりますぞ」
「あはは! そうだね! この後聖晶石集めにちょっとだけ回ろうと思ってたし」
「そこな巌窟王の代わりに拙僧が同行いたしましょうか、マスター?」
「いや……今日回る予定のところはエネミーが三騎士だから、道満はちょっと厳しいと思う」
「あな口惜しや。拙僧がアルターエゴで現界したばかりにダンテス殿に余計な負担を強いてしまうなど!」
「あはは。本当にそう思ってるー?」
「ンンン!」
「……それで、俺が行けばいいのかマスター」
 巌窟王が唸るように言う。
「そうだね! でも道満にもついてきてもらおうかな! 応援は大事だ」
「いいですとも!」
「………」



「不服であられますかァ?」
「………」
「拙僧など着いてこぬ方がよかった、そうお思いなのでしょうエドモン殿?」
「いや」
「何せ拙僧はマスターのお気に入りですからなあ! そこにいるだけで己の境遇と比較し惨めになるばかり! ああ、何と哀れな巌窟王エドモン・ダンテス……」
「黙れ」
「黙りませぬぞ! 拙僧は黙りませぬ!」
「黙れと言っている」
「なぜです?」
「煩いからだ、目的地にはもう到着している」
 おーいとマスターが二人を呼ぶ。
「二人で仲良く何話してるのー? そろそろハント始めるよー」
「……ああ」
 巌窟王はす、と空気に溶け、一瞬でマスターの元に移動する。
「あなや! 卑怯ですぞエドモン殿! 拙僧もそれしたい!」
 そう言うと道満も同じく空気に溶け、マスターの元に。
「仲良しなのはいいけどフォーメーションは守ってね」
「承知しておりますとも! ほれこのように」
 道満が後衛に移動し、それと同時にスカサハ・スカディが「来たぞ」と呟く。
「ヤドカリだ」
「エドモン、集めて」
「ああ、マスター」
 巌窟王は素早い動きでヤドカリたちを攪乱し、場の中央に集めてゆく。
「スカディ、援護」
「古きルーンよ」
「エドモン、宝具」
「慈悲などいらぬ!」
「その調子で三連続撃っちゃって」
「クハハ!」
「……壊滅! やったね! 勝利の凱歌だね!」
「やりましたな、マスター!」
「いや~後衛お疲れ、道満」
 目の前に現れた道満に片手を上げて見せるマスター。
「あと……今日もありがとう、エドモン」
「……礼はいい」
「お礼は大事だよ~。今まで言ってなかったぶん、たくさん言わなきゃね。大いに感謝不足だったので。ありがとう、エドモン」
「真にそう思っておられるのですかな~?」
「あははやだなあ道満、思ってるよ」
「感謝しておけばこやつはまだまだ動く、などと思っておりませぬか?」
「道満は私を何だと思ってるの……さすがにそこまで思ってないよ」
「そこまで、ということは?」
「やだなあ道満……でもこの感謝の気持ちは本当だよ。次に来るサーヴァントのための資源集めはしておかないといけないし、そのためにエドモンが働いてくれるならそれはもう感謝以外の何者でもないし!」
「ンンン」
「あはは!」
「感謝、か」
「感謝だよ」
「……せいぜい失望せぬことだな、マスター」
「エドモンに失望なんてしないよ。エドモンは強いからね」
「実力は認めておられると」
「そりゃあもう。エドモンは強いよ……これまでエドモンのおかげで私がどれだけ助けられたことか。エドモンは強い、エドモンは強いよ……けどね」
 マスターは言葉を切る。
「強いかどうか、助けられたかどうかと私の感情は……別なので」
「ンン」
「……」
「………」



 カルデア、食堂。
「マスターはなぜああも巌窟王殿を嫌うのでしょうなあ?」
「マスターが? 巌窟王さんのことを?」
「バニヤン殿はご存知ない?」
「私は知らないなあ……」
「確かバニヤン殿はカルデアの中でもそこそこな古株だったと存じ上げますが、ご存知ない? では言葉を変えまする、マスターはなぜ巌窟王にあのような目を向けるのか?」
「目……」
 バニヤンが俯く。
「そういえば、前にパンケーキを一緒に食べようって言ったとき……」
「ンン」
「巌窟王は一人でいたいんだよね、って、マスターが言ったかも……」
「ほほう! そのようなことが!」
「一人でいたい人っているのかなあ? 私は一人はさみしいけど……」
「ふむ、それは深淵なる問題でありますが」
 道満は己の顎に手をあてる。
「一人でいたい人間もいれば、一人は嫌だという人間もいる。人間の本質は社会的動物だと言いますが……しかし、エドモン殿は」
「巌窟王さんは?」
「ンン。エドモン殿は内緒にしておきたいかもしれませんので、拙僧黙っておきましょうか」
「そうなの? ……じゃあ、聞かないね」
「ええ。バニヤン殿は良い子ですなあ!」
「私、いい子かな?」
「しかし良い子すぎますと時に己に跳ね返りをもたらしますぞ、お気を付けあそばせ」
「うーん、よくわからないけど……わかった」
「それでは」



 道満、私室。
 部屋の主はベッドに腰掛け、爪の手入れをしている。
「……道満」
「おや。ノックもせずに無礼な」
「お前が開けていたのだろう」
「ンンン、そう思われますかダンテス殿?」
「ダンテスではない、巌窟王だ」
「存じておりますとも」
「御託はいい。獣、妙な企みをしているな」
「なんという濡れ衣!」
「最近貴様がカルデアを聞き回っているのは知っている」
「ほう」
「事を起こすならただでは済まない、俺は貴様を見ている」
「ンンン情熱的! 拙僧愛されておりますなあ! マスターからもダンテス殿からも、まさに両手に花!」
「………」
 巌窟王が道満を強く睨む。
「貴様は見られている、覚えておけ」
 そう言って、巌窟王はかき消えた。
「ンン……わざと見えるように振舞っている、とは思わないのですかなエドモン・ダンテス殿は。……甘い、甘すぎますぞ! さすが星見所の一番星、マスター同様菓子のように甘い!」
 道満の声が響き渡るが、巌窟王が再び現れることはない。
「……つまらぬこと」
 道満は口を尖らせ、爪の手入れに戻った。
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