Fate/Grand Order
「小娘が倒れた、か」
「ええ、先日からずっと様子がおかしかったんです。目は開いているのですが、何をしても反応してくれなくなってしまって。今はマイルームのベッドに」
心配そうな様子で説明するのは白衣に眼鏡の少女、マシュだ。対するのは白い長髪に飾りのたくさんついた服を纏った男、ソロモン。カルデア唯一のマスターが倒れたと聞かされても特に動じる風でもなく少女を見やる。
「それを何故私に言う?」
「魔術王さんは一番マスターのことを気にかけてらしたと思うので、伝えておかなければいけないと」
「あのような小娘のことを気にかけると思われるなど、私も軽く見られたものだ」
「すみません、違いましたか?」
「さてな。……小娘のところに行くのだろう? 娘」
「はい」
マシュが返事をするかしないかのうちに先頭を切って歩き出すソロモン。少女は慌ててその後を追った。
「マスター、魔術王さんが来ましたよ」
ベッドの上に横たわった茜色の髪の少女は、後輩に話しかけられてもぴくりとも反応を返さない。
「マスター……」
悲痛そうな顔で後輩はマスターを見つめた。
「『私』だ」
そんな二人の様子を見ているのか見ていないのか、表情を変えずに呟くソロモン。
「魔術王さん?」
問いかけるマシュにソロモンはマスターに視線を向けたままで続ける。
「グランドキャスターの呪いだ。こいつの魂はここではないどこかに囚われている」
「先輩の魂がいつ帰ってくるかわかりますか?」
「『私』は直接手を下したがらず、小娘に試練を課す形で呪いをかけた。その試練を突破したとき、こいつの魂は身体に戻る」
「こちらから助ける手だてはないものでしょうか……」
「グランドキャスターに呪われた時点で奴以外に手を出せる者はいなくなる。我々にできるのはここでこいつが試練に打ち勝つのを待つことだけだ」
「そんな……」
絶句するマシュ。ソロモンはそれ以上興味をなくしたように、茜色の少女に背を向けた。
◆◆◆
「マスターが倒れたって聞いたけど、本当?」
「ええ、これで二日目になります」
「大丈夫なんですか?」
「わかりません……」
「心配ですね」
「そんなときこそ音楽さ。マスターの部屋にピアノはないけれど、このバンドネオンでマスターの好きなタンゴを奏でてあげよう」
「アマデウス、お前はまた……」
「いいじゃないかサンソン。君はこのカスタネットでも奏でていたまえ」
中空から取り出したカスタネットをサンソンに手渡すアマデウス。
「ふざけるなよ」
「ありがとうございます。先輩も喜びます」
渋い顔で黙り込むサンソン。否定しようとしたのを、喜ぶと言われて何も言い返せなくなったようだ。
「よろしければこのまま先輩の部屋まで行かれますか」
「うん。サンソン、お前も行くだろう」
「お前と一緒っていうのが気にいらないが、マスターのためだ。仕方ない」
「では皆さんご一緒に」
三人はカルデアの廊下をなんやかんや言いながら目的の部屋まで歩いた。
「マスター、アマデウスさんとサンソンさんが来ましたよ」
返事はない。
「では早速」
アマデウスがバンドネオンを弾き始める。跳ねるようなタンゴ。不服そうな顔をしていたサンソンも、真剣にカスタネットを叩いている。マシュはベッドサイドに座って軽くリズムを取りながらそれを聞いていた。
アンコールまで終えて、アマデウスがバンドネオンを出したときと同じように消す。サンソンからカスタネットを取り、それも消した。
「お二人とも、ありがとうございました」
「なに、当然さ」
「マスターのためならば」
「そういえば、あの魔術王は来ていないんだね。よくマスターの側にいるから、今回も側にいるものだと思っていたけど」
「よく側にいるのか? 初耳だぞ」
「ああ。お前はアサシンだから知らないか。殺種火が出る種火集めのとき、魔術王はいつもマスターと一緒にいるんだ」
「そうですね。術種火のときも一緒です。騎種火のときはマイルームで留守番してもらってる、と先輩が言っていました」
「そんなに側にいるのにこんなときには来ていないのか。魔術王の心というやつはよくわからないな」
心底わからない、という風に、サンソン。
「んー、よくわからないけど、信じてるんじゃない? マスターのこと」
「信じてる? 何が言いたい、アマデウス」
「マスターは必ず帰ってくるってわかってるから、必要以上に接触しないとか」
「そうでしょうか……」
「想像だけどね。さて、僕はそろそろ戻らせてもらうよ」
「僕も戻ります。またお見舞いに来ますね」
「はい。じゃんじゃん来てあげてください」
扉の前で二人を見送った後、マシュはベッドサイドに戻り、マスターの頬に手を当てた。
「センパイ……」
◆◆◆
マスターが倒れて三日目の晩。
「フォウさん、先輩は本当に目覚めてくれるのでしょうか……」
「不安か、娘」
マイルームの扉を開けて入ってきたのは、ソロモンだ。
「あなたは心配ではないんですか、先輩のことが」
「心配?」
ソロモンは心底不思議そうに言った。
「『私』に敵対する者が『私』の呪いぐらい打ち破れないでどうする。目覚めぬならば、こいつは『私』に敵対する価値もなかったということだ」
「信じて、るんですか」
虚をつかれたような顔をするソロモン。
「先輩を信じてるから、必要以上に接触しない。そう、アマデウスさんがおっしゃっていました」
「ク、ククク。信頼か。そうともとれるか。面白い。凡百のサーヴァントの癖に、魔術王相手に面白いことを言う」
「違いますか」
マシュは膝に置いたフォウをぎゅっと抱きしめる。
「……そう解釈したいならしておくがいい。私はこの小娘を見極めているだけだ」
「少し、安心しました。ありがとうございます、魔術王さん」
ソロモンはそれ以上何も言わずに部屋を出て行った。
「センパイ、私は待っていますから」
「フォウ、キャーウ」
◆◆◆
四日目の昼。
「魔術王さん! 先輩が目覚めました!」
「知っている。そろそろだろうと思っていた」
「よかったです、本当によかったです! 他のサーヴァントさんたちにもお知らせしてきますね!」
明るい笑顔を振りまきながら駆けていくマシュ。読んでいた本を閉じて、ソロモンは立ち上がった。
「あ、ソロモン。お見舞いに来てくれたんだ? でも私はもうこの通り元気だから、心配することないよ」
「馬鹿め。心配して来たのではない」
「え?」
「素材集めだ。新たなサーヴァントを召還するつもりなのだろう。素材がなくては再臨も進まぬ」
「よ、よくわかったね。実は、魂飛ばされてたときにずっと一緒にいて助けてくれたサーヴァントがいてってちょっと、自分で歩くから引きずらないで、ソロモン! というか、二人だけで行くつもりなの」
「冬木だ。私がいれば充分だろう」
「病み上がりに優しくー!」
(おわり)
「ええ、先日からずっと様子がおかしかったんです。目は開いているのですが、何をしても反応してくれなくなってしまって。今はマイルームのベッドに」
心配そうな様子で説明するのは白衣に眼鏡の少女、マシュだ。対するのは白い長髪に飾りのたくさんついた服を纏った男、ソロモン。カルデア唯一のマスターが倒れたと聞かされても特に動じる風でもなく少女を見やる。
「それを何故私に言う?」
「魔術王さんは一番マスターのことを気にかけてらしたと思うので、伝えておかなければいけないと」
「あのような小娘のことを気にかけると思われるなど、私も軽く見られたものだ」
「すみません、違いましたか?」
「さてな。……小娘のところに行くのだろう? 娘」
「はい」
マシュが返事をするかしないかのうちに先頭を切って歩き出すソロモン。少女は慌ててその後を追った。
「マスター、魔術王さんが来ましたよ」
ベッドの上に横たわった茜色の髪の少女は、後輩に話しかけられてもぴくりとも反応を返さない。
「マスター……」
悲痛そうな顔で後輩はマスターを見つめた。
「『私』だ」
そんな二人の様子を見ているのか見ていないのか、表情を変えずに呟くソロモン。
「魔術王さん?」
問いかけるマシュにソロモンはマスターに視線を向けたままで続ける。
「グランドキャスターの呪いだ。こいつの魂はここではないどこかに囚われている」
「先輩の魂がいつ帰ってくるかわかりますか?」
「『私』は直接手を下したがらず、小娘に試練を課す形で呪いをかけた。その試練を突破したとき、こいつの魂は身体に戻る」
「こちらから助ける手だてはないものでしょうか……」
「グランドキャスターに呪われた時点で奴以外に手を出せる者はいなくなる。我々にできるのはここでこいつが試練に打ち勝つのを待つことだけだ」
「そんな……」
絶句するマシュ。ソロモンはそれ以上興味をなくしたように、茜色の少女に背を向けた。
◆◆◆
「マスターが倒れたって聞いたけど、本当?」
「ええ、これで二日目になります」
「大丈夫なんですか?」
「わかりません……」
「心配ですね」
「そんなときこそ音楽さ。マスターの部屋にピアノはないけれど、このバンドネオンでマスターの好きなタンゴを奏でてあげよう」
「アマデウス、お前はまた……」
「いいじゃないかサンソン。君はこのカスタネットでも奏でていたまえ」
中空から取り出したカスタネットをサンソンに手渡すアマデウス。
「ふざけるなよ」
「ありがとうございます。先輩も喜びます」
渋い顔で黙り込むサンソン。否定しようとしたのを、喜ぶと言われて何も言い返せなくなったようだ。
「よろしければこのまま先輩の部屋まで行かれますか」
「うん。サンソン、お前も行くだろう」
「お前と一緒っていうのが気にいらないが、マスターのためだ。仕方ない」
「では皆さんご一緒に」
三人はカルデアの廊下をなんやかんや言いながら目的の部屋まで歩いた。
「マスター、アマデウスさんとサンソンさんが来ましたよ」
返事はない。
「では早速」
アマデウスがバンドネオンを弾き始める。跳ねるようなタンゴ。不服そうな顔をしていたサンソンも、真剣にカスタネットを叩いている。マシュはベッドサイドに座って軽くリズムを取りながらそれを聞いていた。
アンコールまで終えて、アマデウスがバンドネオンを出したときと同じように消す。サンソンからカスタネットを取り、それも消した。
「お二人とも、ありがとうございました」
「なに、当然さ」
「マスターのためならば」
「そういえば、あの魔術王は来ていないんだね。よくマスターの側にいるから、今回も側にいるものだと思っていたけど」
「よく側にいるのか? 初耳だぞ」
「ああ。お前はアサシンだから知らないか。殺種火が出る種火集めのとき、魔術王はいつもマスターと一緒にいるんだ」
「そうですね。術種火のときも一緒です。騎種火のときはマイルームで留守番してもらってる、と先輩が言っていました」
「そんなに側にいるのにこんなときには来ていないのか。魔術王の心というやつはよくわからないな」
心底わからない、という風に、サンソン。
「んー、よくわからないけど、信じてるんじゃない? マスターのこと」
「信じてる? 何が言いたい、アマデウス」
「マスターは必ず帰ってくるってわかってるから、必要以上に接触しないとか」
「そうでしょうか……」
「想像だけどね。さて、僕はそろそろ戻らせてもらうよ」
「僕も戻ります。またお見舞いに来ますね」
「はい。じゃんじゃん来てあげてください」
扉の前で二人を見送った後、マシュはベッドサイドに戻り、マスターの頬に手を当てた。
「センパイ……」
◆◆◆
マスターが倒れて三日目の晩。
「フォウさん、先輩は本当に目覚めてくれるのでしょうか……」
「不安か、娘」
マイルームの扉を開けて入ってきたのは、ソロモンだ。
「あなたは心配ではないんですか、先輩のことが」
「心配?」
ソロモンは心底不思議そうに言った。
「『私』に敵対する者が『私』の呪いぐらい打ち破れないでどうする。目覚めぬならば、こいつは『私』に敵対する価値もなかったということだ」
「信じて、るんですか」
虚をつかれたような顔をするソロモン。
「先輩を信じてるから、必要以上に接触しない。そう、アマデウスさんがおっしゃっていました」
「ク、ククク。信頼か。そうともとれるか。面白い。凡百のサーヴァントの癖に、魔術王相手に面白いことを言う」
「違いますか」
マシュは膝に置いたフォウをぎゅっと抱きしめる。
「……そう解釈したいならしておくがいい。私はこの小娘を見極めているだけだ」
「少し、安心しました。ありがとうございます、魔術王さん」
ソロモンはそれ以上何も言わずに部屋を出て行った。
「センパイ、私は待っていますから」
「フォウ、キャーウ」
◆◆◆
四日目の昼。
「魔術王さん! 先輩が目覚めました!」
「知っている。そろそろだろうと思っていた」
「よかったです、本当によかったです! 他のサーヴァントさんたちにもお知らせしてきますね!」
明るい笑顔を振りまきながら駆けていくマシュ。読んでいた本を閉じて、ソロモンは立ち上がった。
「あ、ソロモン。お見舞いに来てくれたんだ? でも私はもうこの通り元気だから、心配することないよ」
「馬鹿め。心配して来たのではない」
「え?」
「素材集めだ。新たなサーヴァントを召還するつもりなのだろう。素材がなくては再臨も進まぬ」
「よ、よくわかったね。実は、魂飛ばされてたときにずっと一緒にいて助けてくれたサーヴァントがいてってちょっと、自分で歩くから引きずらないで、ソロモン! というか、二人だけで行くつもりなの」
「冬木だ。私がいれば充分だろう」
「病み上がりに優しくー!」
(おわり)
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