Fate/Grand Order

 憎悪。そうだ。
 憎悪。そのはずなのだ。ずっと昔から、あの神殿が崩壊してからずっと。
 魔神柱にあるまじき、ヒトのような激しい憎悪。それを胸に我は待って待って待って待って、そして戦って、倒されて、何の因果かここにいる。
 ご都合主義な謎の空間。脆く弱そうな白い世界には私一柱だけしかいないはずだった。
 目の前には怨敵、藤丸立香が一人。
 視界に入れた瞬間に感情が湧き上がる、それは憎悪。憎くて、憎くて、憎くて、
『―――』
『……ゲー、ティア?』
『……!』
 呼ばれて、憎悪が一瞬途切れる。我ではない、もはやその名は我では。
 我に幻影を見るなど。
 再び湧く、黒い炎。もはや理由はわからぬ、ただ憎い。
 藤丸立香は口を開く。
『ちがうのか。じゃあ、きみは』
『バアルだ。忘れたか、藤丸立香』
『バアル? ああ、』
 そんなやつも、いたね。
 藤丸立香は平坦な声で、何の執着も感じさせぬような調子で呟く。
『藤丸立香。お前がここにいるということは、お前はあの時新宿では死ななかった……そういうことか』
『どうだろうね』
『たがそれもいい。我が直接お前を殺す機会が再来したということだ。悲願の成就……憎悪の決着』
 ぐるぐると、頭の中で炎が渦巻く。思考が黒で塗り潰される。私は藤丸立香に手を伸ばし、肩を掴み、引き寄せて、細い首に手をかけ、
『――――』
 そして止まった。
『どうしたの』
『……』
『殺さないの』
『藤丸立香』
『何?』
『なぜ抵抗しない』
『ああ』
 藤丸立香が息を吐く。
『もうどうでもよくなっちゃったからね』
『……』
『どうせ私がどう頑張ったって世界は滅ぶんだ。人は死ぬんだ。大事な人も消えてしまう。それなら、』
 何もせずにしんだほうがましだ。
 そう言って、藤丸立香は目を伏せた。
『……』
『どうしたの』
『……』
『何も言わないの』
『……』
『何か言ってよ……腑抜けとか、臆病者とか、最低最悪のクズとかさ……』
『我が言って何になる』
『え』
『罵って欲しいのか?』
『え……』
『断罪だろう、それは』
『……』
『私を魔神柱、神と見込んでのことか』
『………』
 世界最後のマスターは無言で俯く。
 目の前の怨敵が何を考えているのか。
 我は研究した、3000年間ずっと。
 光を無くしたこの瞳は。
『藤丸立香、我はお前が憎い。だから我はお前が望む断罪を与えてなどやらん』
『どうして……私が死んだ方がきみは嬉しいでしょう』
『……』
『死にたいのか、藤丸立香』
『……そうかもしれない』
『死んでどうなる』
『死ねば解放される、そうでしょ』
『解放? ……それでは貴様が死んだら我がその魂を貰い受けてやろう』
『えっなんで』
『永遠の責め苦を与え続けるのだ。思ったが、貴様を殺すよりもその方が我の復讐には相応しい』
『えーやだな……』
『光栄だろう』
『いや、全然……』
『ならば足掻くことだ』
『えっ』
『抵抗せぬ貴様を殺しても意味が無い……抵抗しろ、そうすれば殺してやる、その後永遠の責め苦を』
『……ふふ』
『なぜ笑う』
『なんだか、それって……』
 藤丸立香が笑う、その姿が薄れる。
『ありがとうバアル、私なんだか』
 頑張れそうだ。
 そう残して、怨敵は消えた。
『………』
 何もなくなった空間を見詰める、落ちている、茜色の……リボン。
 我はそれを拾い上げ、そして。

 ──。
 終わった話。
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