ハサン先生と性能厨ぐだ子

 性能厨のマスターは、最終決戦までハサンを使った。
 聖杯を集める旅の途中、霊格の高いサーヴァントも多く加わった。それまでのマスターであればすぐにメンバーを入れ替えたであろうが、如何なる理由かマスターは呪腕のハサンを使い続けた。
 ハサン先生は強いからね、とは本人の弁である。
 
 終局特異点の激しい戦いが終わり、カルデアに帰還し、挨拶が終わり、サーヴァントたちがそれぞれの部屋に戻る流れになったとき、ジャック・ザ・リッパーは真っ先にマスターに駆け寄りこう言った。
「おかあさん、わたしたちはおかあさんを置いて座に還ったりしないから」
「ありがとう、ジャックちゃん。これからもよろしく」
「うん! また明日ね」
 手を振りながら駆けてゆくジャックを見送ってから、マスターはマシュの方を向いた。
「生きていてくれて嬉しいよ、マシュ」
「はい」
「私はマシュのことを信じていたからね。マシュは強いし、ここまでずっと強くしてきたし、急に消えたらその労力だって無駄になっちゃうでしょ? 世界の理的にそれはないかなって」
「ああ、先輩は相変わらずですね」
「私はほっとしたんだよ。本当にね」
「ええ……わかってますよ」
「でさ。マシュ、私ちょっと確認したいことがあるんだよね。悪いけど、先に戻っててくれる?」
「了解です、先輩。……では失礼しますね」
 ぺこりと頭を下げて部屋を出て行くマシュ。マスターはその後ろ姿を見送ると、さて、と言って振り返った。
「いるんでしょ、先生」
 すう、と何もないところから実体化したのは白い髑髏の仮面の暗殺者、呪腕のハサン。
「やはりわかっておられましたか、マスター」
「気配は全くわからなかったけど、パスが繋がってるからね。ここにいるなとは思ってた」
 マスターは一旦言葉を切って、呪腕のハサンを見る。
「それで……還っちゃうんでしょ、先生? すぐに還ってくれてよかったのに、先生は律儀だから別れの挨拶に来てくれたんだよね?」
「……」
 ハサンは無言だった。それを肯定ととったマスターは言葉を続ける。
「先生はこれまでとてもよく働いてくれたね。先生を最終再臨してあげたとき、あなたは最高のマスターだって言ってくれたの、すごく嬉しかった」
「私は今でもあなたこそが最高のマスターだと思っておりますぞ」
「ありがとう。私もあなたこそが私の最高のサーヴァントだと思ってるよ」
「私なぞには勿体ないお言葉です。もっと優秀なサーヴァントはいくらでもいるでしょうに。それこそ、あのジャックなどは戦闘能力だけで申せばカルデアにいるアサシンの中でも最高峰。どちらかと申せば彼女こそが、」
「そうやって自分をすぐ卑下するのはよくないよ。確かにジャックちゃんは優秀だ。宝具もすぐ撃てるし、クリティカルも出しやすい。でも、先生だって、少し性能は落ちるけどジャックちゃんと同じか場合によってはより強力なことができるし、何よりジャックちゃんにはない回数回避という立派な武器があるじゃない。先生は自分の能力にもっと自信を持っていいと思うんだ」
「ありがとうございます。世界を救ってもマスターは相変わらずと言いたいところですが……」
「が、何?」
「……いえ。性能を見てくださるところも私には好ましいと言いたかったのです」
「あ、え、何を、そうかな、そう?」
「マスター?」
「いや、何でも……でも、還っちゃうんだね。優秀だったから惜しいなあ。先生が還っちゃうとさみ……」
「さみ?」
「さみ……寂しい。寂しいと思ってるのか、私は」
「マスター」
「本当は……私は……いや、わかってる。ハサン先生がこれまで私に仕えてくれたのは、あなたが私のサーヴァントだったからだ。私も自分がこんなにもあなたを重用するのは性能がいいからだと思ってた。……気づいたのは……今。わからないんだ。こんな気持ちになったのは初めてで、自分が何をしてほしいのか、どうなりたいのかさえわからない。今まで自分のすべきことなんてわかりきってたのに、今回ばかりはわからない」
「私にもわかりませんよ」
「え?」
「あなたが興味をなくすまでは忠実に仕えたいと思っていた。必要とされなければ身を引くつもりだった……そのはずでしたが、いつしかあなたの意向に関係なくあなたに仕えたいと思うようになっておりました」
「それって」
「ええ。私はこのカルデアに残ります」
「……」
 マスターは大きく息を吸った。
「マスター?」
 息を吐くマスター。
「ありがとう……ハサン先生。私のアサシン」
 マスターは片手をハサンに伸ばし、手を取った。
「行こっか。そろそろ日が昇る」
「見に行くのですな」
「うん。日本では初日の出って言うんだよ」
「存じております」
「知ってるの!? なんで?」
「以前召喚されたことがありましてね」
「ほんと? 今度色々聞かせてよ」
「承知」

 外に出る階段に通じる廊下に出たところで、二人に声をかける者がいた。
「先輩! ハサンさんも!」
「おーマスター。呪腕の野郎も一緒か」
「マシュ。と兄貴。と……」
「おかあさん!」
「あるじどの~!」
「義経様、その酒からは一旦手を離していただいて」
「弁慶貴様も呑め」
「呑んでおりますとも」
「正月からタンデムは危ねえって止められちまった」
「主殿、僕たちは今から初日の出を見に行くのですが、一緒に行きませんか」
「ちょうど行こうと思ってたんだよ。せっかくだしみんなで見ようか」
「はい!」

 日が昇る。物語が一つ終わる。
 性能厨のマスターと呪腕のハサンの旅はまだ終わらない。


(了)
3/3ページ
スキ