ハサン先生と性能厨ぐだ子
カルデアに召喚された呪腕のハサンはかれこれ半年強の間マスターに放置され、戦力とも見なされていなかった。マスターとの魔力の相性はよかったものの、燃費がいい代わりに行使できる力が落ちてしまっていたからだ。
マスターがこちらを必要とせず気にも留めないことについて、必要ないなら身を引くまでとハサンは考え、マスターを恨むこともなく他の鯖との交流もせず職員からの定期連絡を受けるのみ、時々トレーニングルームで訓練をし、それ以外のときは割り当てられた自室で万が一呼ばれたときのために待機する日々を送っていた。
ある日、新たな特異点もどきが発生した。いつか自分も参加した聖杯戦争で戦いの舞台となった極東の島国だ。
別段感慨のようなものはない。ただ漠然と、マスターの旅が今回もうまくいくとよい程度に考えていた。そんなときだ。
「ハサン先生!」
初めて呼ばれる呼び名で呼び掛けられると共に自室のドアがガンガンとノックされ、どうぞと言い終わらないうちにばたばた駆け込んできたのは自分を長期間放置していたマスターだった。
「先生ってステータスが低くなってる状態でも強いらしいね……はいこれ食べて」
そう言って、山盛りの種火を差し出される。突然のことであったがマスターの頼みを断る理由もないので、出された分だけ取り込むと、霊基に力が溢れた。
「これは……」
初めての感覚だった。召喚先で力が増すこと。普段あまり感情を揺らすことのない己であったが、これは少しいい気分だ。
「我が身は確かに強化されましたぞ、マスター」
「そっか。うれしい。後でもっと持ってくるから、どんどん食べて。それと再臨もしてもらうからよろしく」
「はっ」
マスターは少し微笑むと、またばたばたと去っていった。
急に己に関心を向けられ戸惑う気持ちもあるハサンであったが、それをマスターに伝えることはしなかった。雇い主に対して己の気持ちを伝えることなど不要だと思ったからである。今はただ、この与えられる強化を受けるのみだと感じていた。
「はい種火。それ食べてもらったあとはこれで霊基再臨ね」
どんどんと素材が目の前に積まれる。了承の意だけを示し、ハサンはそれらを摂取した。抑えられていた力が解放されていくのがわかる。
「先生。種火これっきりしか集められなかったからマックスのパワーじゃないのはわかってるんだけど、戦場出てくれる? 急で悪いんだけど」
強化だけではなく、戦闘にまで出されるとは。だがマスターが自分を必要とするならば、己はそれに応えるまでだ。
「承知」
「ありがとう。じゃ今から行こう」
自室から出て、長い廊下をマスターと二人で管制室に向かう。
「今回先生に出てもらうのは、今回の戦いが持久戦だからなの。莫大なHPを持つバーサーカー相手に、全滅することなく耐えてダメージを与えては離脱するという戦法。うちでそれなりにレベルが高い継続戦闘できるサーヴァントにはランサーのクー・フーリンがいるけど、彼一人だけだとどうしても耐えきれなくて……」
「耐えればよいのですな。一撃離脱はアサシンの得意分野につき、安心して任されよ」
「うん、信じてる」
話をすることすらほぼ初めてのサーヴァントにこうも簡単に信じると言うのはいささか危ういマスターなのではないか。しかし、信じすぎるマスターであれば騙されないよう己が目を光らせていればいいだけのこと。少なくとも今回の戦いではそれができる、とハサンは思った。今回の戦いに参加したからといって今後の旅に加わるかどうかはわからないので保証はできないが。
そうこうしている間に、管制室に到着した。
「準備できたのかい」
待っていた様子のロマンはそう言いながら計器に向かっていた身体をマスターの方に向けた。
「できたよ」
「ではすぐ行きましょう、マスター」
同じく待機していたマシュもマスターに声を掛ける。
「うん」
マスターはそれに短く答えると、コフィンに乗り込んだ。
「向こうに着いたら喚ぶから、よろしくね先生」
そして、コフィンの蓋が閉まった。
「あー、また来ちゃったか羅生門」
京の外れの召喚サークルでサーヴァントを喚びながらマスターがぼやく。
「先輩、言葉が悪いですよ」
「ごめんごめんマシュ……再度の訪問となりましたか羅生門。これでいい?」
「言い換えればいいという問題ではないのですが……」
眉間に皺を寄せるマシュ。それをよそにマスターは召喚を続ける。一騎また一騎とサーヴァントが召喚されていく。
「種火を集めたってこたあ新たなサーヴァントを加えるってこったろ、嬢ちゃん?」
召喚されたランサーのクー・フーリンが興味深そうにサークルを覗きこむ。
「で、誰なんだよそれはよ」
「我と共に戦うのだ、相応しいサーヴァントでなければ許さんぞ」
「まあ見ててよ」
召喚サークルが発光し、最後のサーヴァントが召喚された。
光が収まるか収まらないかのうちにギルガメッシュが口を開いた。
「誰かと思えばハサンめではないか。貴様我を舐めておるのか、マスターよ。答えようによってはその首無事では済まぬと思え」
「ハサン先生は強いよ。データだけでもそれは確か。特に優秀なスキルは第三再臨で習得する風避けの加護。私たちの戦いの中では敵の攻撃を回避するのに使えるんだけど、今回のような持久戦にはぴったりのスキルだと思う……まあ、実際戦闘の中で使ってもらったことはないけど、使えるのはわかってるんだからうまくいくはず。適材適所だよ英雄王、あなたに先陣を切ってもらい、しんがりの先生と兄貴に耐えてもらって逃げ切る。それが今回の作戦なんだから」
「いい作戦じゃないか」
ずっと黙っていたデオンがマスターを援護するように言った。
「召喚済みのサーヴァントに関してなら、カルデアのデータが間違っていたことはない。信じてもいいと私は思うけどね」
「我が言いたいのはそういうことではない。我と並ぶだけの格がハサンめにはないと言いたいのだ」
「格がないかどうかは……調べてないからわかんないけど」
「わかんねえのかよ」
クー・フーリンがため息をついてマスターを見る。
「強さ調べるのはいいがよ、ちったあそいつの背景とかも調べてやれよ、マスター。呪腕のハサンといえば中東の山の翁ハサン・サッバーハの一人だ。アサシンの名の由来はハサンだとも言われてる。アサシン教団を纏め上げ、治め、暗殺の技を教えるのが山の翁の仕事だった。つまり、それだけの力がこいつにはあったたっつーことだろ」
「そうなんだ……よく知ってるね、兄貴。調べたの?」
「いいや。昔のよしみだ」
「へー。もし今回の作戦がうまくいったら教えてもらおうかな、その話。で、どうなの英雄王」
ランサーからギルガメッシュに視線を移してマスターが聞く。
「犬めが言った情報くらいは我も知っておる。が、我はこやつが気に入らん」
ふん、と鼻を鳴らすギルガメッシュ。
「この特異点だけだから。作戦がうまくいかなかったらハサン先生には降りてもらうし。それに先生は後衛だからあなたとは顔合わせないだろうし、いいでしょ」
「……まあよい。今回だけとく許す」
「ありがとう英雄王!」
「もう行くの? 話は終わった? また僕の前で喧嘩始められるのはごめんだからな」
サーヴァントたちの輪から少し離れた場所に立っていた孔明が出立の気配を感じ取ったのか、近づいてきた。
「待たせたね。孔明せんせは客将だからまあ無理のない程度にみんなを守ってあげてね」
「わかってるよ」
「懲りもせずまた来たか。無様よの。何度挑んでも同じことを教えてやるわ」
目的地に着いた瞬間、今回の攻撃目標、莫大な体力をもつバーサーカーの茨木童子が門の上から飛び降りてきた。
「みんな、作戦どおり行くよ! 配置について!」
◆◆◆
結果だけ述べると、今回の作戦は成功した。ランサーのクーフーリンと呪腕のハサンが共にその継戦能力で撤退まで戦い続けたのだ。味を占めたマスターが同じメンバーで戦っては撤退(撤退されたとも言う)を繰り返した結果、茨木童子の撃退は成り、特異点の修正も成された。
◆◆◆
「いやー、データどおり先生は強かったねー!」
興奮気味に語るマスター。彼女は呪腕のハサンの活躍を気に入り、ハサンをマイルームに呼んだのだ。
「私にできることをしたまでです、マスター」
「謙遜しなくていーよ。データで見たときはここまで活躍してくれるとは思わなかったなあ。やっぱりデータで見るのと実際戦ってもらうのは違うね。これからはライダー相手にも出撃してもらおうかな」
己が出撃するのは今回一度きりかもしれぬと思って臨んだ戦いであったが、マスターの声音から、今後も使っていただけるかもしれぬと判断し、ハサンはマスターにうなずいてみせた。
「マスターがおっしゃるなら、私はそのとおりに動くまで。いつでもご命令ください」
「うん。これからよろしくね、ハサン先生」
ハサンにとってこのマスターはいきなり己に興味を向けてきた後に数回かの戦いを共にしたのみで、性格も傾向もわずかしか把握できていない存在であったが、彼女がサーヴァントの性格よりも性能を気にするマスターだということはわかっていた。活躍如何ではいつまた放置されるかわからなかったが、己はそのときが来るまで己の最善を尽くすのみ。そう思ったが口には出さず、任されよ、と答えたハサンであった。
マスターがこちらを必要とせず気にも留めないことについて、必要ないなら身を引くまでとハサンは考え、マスターを恨むこともなく他の鯖との交流もせず職員からの定期連絡を受けるのみ、時々トレーニングルームで訓練をし、それ以外のときは割り当てられた自室で万が一呼ばれたときのために待機する日々を送っていた。
ある日、新たな特異点もどきが発生した。いつか自分も参加した聖杯戦争で戦いの舞台となった極東の島国だ。
別段感慨のようなものはない。ただ漠然と、マスターの旅が今回もうまくいくとよい程度に考えていた。そんなときだ。
「ハサン先生!」
初めて呼ばれる呼び名で呼び掛けられると共に自室のドアがガンガンとノックされ、どうぞと言い終わらないうちにばたばた駆け込んできたのは自分を長期間放置していたマスターだった。
「先生ってステータスが低くなってる状態でも強いらしいね……はいこれ食べて」
そう言って、山盛りの種火を差し出される。突然のことであったがマスターの頼みを断る理由もないので、出された分だけ取り込むと、霊基に力が溢れた。
「これは……」
初めての感覚だった。召喚先で力が増すこと。普段あまり感情を揺らすことのない己であったが、これは少しいい気分だ。
「我が身は確かに強化されましたぞ、マスター」
「そっか。うれしい。後でもっと持ってくるから、どんどん食べて。それと再臨もしてもらうからよろしく」
「はっ」
マスターは少し微笑むと、またばたばたと去っていった。
急に己に関心を向けられ戸惑う気持ちもあるハサンであったが、それをマスターに伝えることはしなかった。雇い主に対して己の気持ちを伝えることなど不要だと思ったからである。今はただ、この与えられる強化を受けるのみだと感じていた。
「はい種火。それ食べてもらったあとはこれで霊基再臨ね」
どんどんと素材が目の前に積まれる。了承の意だけを示し、ハサンはそれらを摂取した。抑えられていた力が解放されていくのがわかる。
「先生。種火これっきりしか集められなかったからマックスのパワーじゃないのはわかってるんだけど、戦場出てくれる? 急で悪いんだけど」
強化だけではなく、戦闘にまで出されるとは。だがマスターが自分を必要とするならば、己はそれに応えるまでだ。
「承知」
「ありがとう。じゃ今から行こう」
自室から出て、長い廊下をマスターと二人で管制室に向かう。
「今回先生に出てもらうのは、今回の戦いが持久戦だからなの。莫大なHPを持つバーサーカー相手に、全滅することなく耐えてダメージを与えては離脱するという戦法。うちでそれなりにレベルが高い継続戦闘できるサーヴァントにはランサーのクー・フーリンがいるけど、彼一人だけだとどうしても耐えきれなくて……」
「耐えればよいのですな。一撃離脱はアサシンの得意分野につき、安心して任されよ」
「うん、信じてる」
話をすることすらほぼ初めてのサーヴァントにこうも簡単に信じると言うのはいささか危ういマスターなのではないか。しかし、信じすぎるマスターであれば騙されないよう己が目を光らせていればいいだけのこと。少なくとも今回の戦いではそれができる、とハサンは思った。今回の戦いに参加したからといって今後の旅に加わるかどうかはわからないので保証はできないが。
そうこうしている間に、管制室に到着した。
「準備できたのかい」
待っていた様子のロマンはそう言いながら計器に向かっていた身体をマスターの方に向けた。
「できたよ」
「ではすぐ行きましょう、マスター」
同じく待機していたマシュもマスターに声を掛ける。
「うん」
マスターはそれに短く答えると、コフィンに乗り込んだ。
「向こうに着いたら喚ぶから、よろしくね先生」
そして、コフィンの蓋が閉まった。
「あー、また来ちゃったか羅生門」
京の外れの召喚サークルでサーヴァントを喚びながらマスターがぼやく。
「先輩、言葉が悪いですよ」
「ごめんごめんマシュ……再度の訪問となりましたか羅生門。これでいい?」
「言い換えればいいという問題ではないのですが……」
眉間に皺を寄せるマシュ。それをよそにマスターは召喚を続ける。一騎また一騎とサーヴァントが召喚されていく。
「種火を集めたってこたあ新たなサーヴァントを加えるってこったろ、嬢ちゃん?」
召喚されたランサーのクー・フーリンが興味深そうにサークルを覗きこむ。
「で、誰なんだよそれはよ」
「我と共に戦うのだ、相応しいサーヴァントでなければ許さんぞ」
「まあ見ててよ」
召喚サークルが発光し、最後のサーヴァントが召喚された。
光が収まるか収まらないかのうちにギルガメッシュが口を開いた。
「誰かと思えばハサンめではないか。貴様我を舐めておるのか、マスターよ。答えようによってはその首無事では済まぬと思え」
「ハサン先生は強いよ。データだけでもそれは確か。特に優秀なスキルは第三再臨で習得する風避けの加護。私たちの戦いの中では敵の攻撃を回避するのに使えるんだけど、今回のような持久戦にはぴったりのスキルだと思う……まあ、実際戦闘の中で使ってもらったことはないけど、使えるのはわかってるんだからうまくいくはず。適材適所だよ英雄王、あなたに先陣を切ってもらい、しんがりの先生と兄貴に耐えてもらって逃げ切る。それが今回の作戦なんだから」
「いい作戦じゃないか」
ずっと黙っていたデオンがマスターを援護するように言った。
「召喚済みのサーヴァントに関してなら、カルデアのデータが間違っていたことはない。信じてもいいと私は思うけどね」
「我が言いたいのはそういうことではない。我と並ぶだけの格がハサンめにはないと言いたいのだ」
「格がないかどうかは……調べてないからわかんないけど」
「わかんねえのかよ」
クー・フーリンがため息をついてマスターを見る。
「強さ調べるのはいいがよ、ちったあそいつの背景とかも調べてやれよ、マスター。呪腕のハサンといえば中東の山の翁ハサン・サッバーハの一人だ。アサシンの名の由来はハサンだとも言われてる。アサシン教団を纏め上げ、治め、暗殺の技を教えるのが山の翁の仕事だった。つまり、それだけの力がこいつにはあったたっつーことだろ」
「そうなんだ……よく知ってるね、兄貴。調べたの?」
「いいや。昔のよしみだ」
「へー。もし今回の作戦がうまくいったら教えてもらおうかな、その話。で、どうなの英雄王」
ランサーからギルガメッシュに視線を移してマスターが聞く。
「犬めが言った情報くらいは我も知っておる。が、我はこやつが気に入らん」
ふん、と鼻を鳴らすギルガメッシュ。
「この特異点だけだから。作戦がうまくいかなかったらハサン先生には降りてもらうし。それに先生は後衛だからあなたとは顔合わせないだろうし、いいでしょ」
「……まあよい。今回だけとく許す」
「ありがとう英雄王!」
「もう行くの? 話は終わった? また僕の前で喧嘩始められるのはごめんだからな」
サーヴァントたちの輪から少し離れた場所に立っていた孔明が出立の気配を感じ取ったのか、近づいてきた。
「待たせたね。孔明せんせは客将だからまあ無理のない程度にみんなを守ってあげてね」
「わかってるよ」
「懲りもせずまた来たか。無様よの。何度挑んでも同じことを教えてやるわ」
目的地に着いた瞬間、今回の攻撃目標、莫大な体力をもつバーサーカーの茨木童子が門の上から飛び降りてきた。
「みんな、作戦どおり行くよ! 配置について!」
◆◆◆
結果だけ述べると、今回の作戦は成功した。ランサーのクーフーリンと呪腕のハサンが共にその継戦能力で撤退まで戦い続けたのだ。味を占めたマスターが同じメンバーで戦っては撤退(撤退されたとも言う)を繰り返した結果、茨木童子の撃退は成り、特異点の修正も成された。
◆◆◆
「いやー、データどおり先生は強かったねー!」
興奮気味に語るマスター。彼女は呪腕のハサンの活躍を気に入り、ハサンをマイルームに呼んだのだ。
「私にできることをしたまでです、マスター」
「謙遜しなくていーよ。データで見たときはここまで活躍してくれるとは思わなかったなあ。やっぱりデータで見るのと実際戦ってもらうのは違うね。これからはライダー相手にも出撃してもらおうかな」
己が出撃するのは今回一度きりかもしれぬと思って臨んだ戦いであったが、マスターの声音から、今後も使っていただけるかもしれぬと判断し、ハサンはマスターにうなずいてみせた。
「マスターがおっしゃるなら、私はそのとおりに動くまで。いつでもご命令ください」
「うん。これからよろしくね、ハサン先生」
ハサンにとってこのマスターはいきなり己に興味を向けてきた後に数回かの戦いを共にしたのみで、性格も傾向もわずかしか把握できていない存在であったが、彼女がサーヴァントの性格よりも性能を気にするマスターだということはわかっていた。活躍如何ではいつまた放置されるかわからなかったが、己はそのときが来るまで己の最善を尽くすのみ。そう思ったが口には出さず、任されよ、と答えたハサンであった。
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