Fate/Grand Order

 聖杯を注いでも、駄目だった。
「今の雇い主のことぐらい覚えているさ」
 注いだ瞬間、彼の身体の錆は引いた。そうして、数日間は記憶が保たれていたことを確認している。だが、
「正義の味方、だろ」
 認識の歪み。記憶の消失。目の前にいる彼の身体は再び錆に覆われ、数日経たずに前の状態に戻ってもおかしくはなかった。
 自然と涙が滲んでくるがこらえて、ありがとう、と言う。今日のクエストを完遂できたのは彼、エミヤ〔オルタ〕のおかげなのだから。
「報酬分の働きはする。当然だろう」
 その口ぶりだけがいつものエミヤで、私は唇を引き結んだ。
「この程度で感動されては困る。よっぽどいい傭兵と出会ってこなかったのか」
「そんなことないよ……みんな強くて優しくて……でも、」
 言いつのる私を手で制すエミヤ。
「冗談だ」
「うん」
「仕事は終わった。部屋に戻らせてもらう」
「うん……」
 マイルームの扉が閉じる。
 みんな強くて優しくて、でも、エミヤが一番だから。
 そんな言葉、今の私に言う資格はなかった。
 テーブルに残った錆の粉をすくい上げ、握り込んだ拳に私はそっと口付けた。


(了)
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