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姉と私
2019/06/14 04:32CP無し
社交を持つためのパーティーの類と言うのは非常に苦痛だ。そもそも視線が怖いし、仮に誰かと対話するとしてもたいした話題も思いつかない。同性でさえそうなのに、母親をあまり知らない自分にとって、女性などというのはもっと未知の生物だ。思考も好む話題もわからない。わかる事は自分が場にそぐわないということくらいで、部屋の隅でひっそりと身を縮こませてときが経つのを待っているのがいつものことだ。
兄上に連れられてこういう場には来るものの、先述した通りなので人脈はおろか友人関係さえ築けない。
ぶっちゃけいうと早く家に帰って小説の続きが読みたい。
(ウグググ…おうち帰りたい)
人がたくさん集まる場所は息が詰まる。あれこれと色々気にしてしまって気が気ではない。早く時間を進ませる力などあったらどれだけ苦ではないんだろうと思ってしまう。異能力系っていいなあ、などと現実逃避をしていた所で手首をやわりとしたものが掴む。反射的に振り払おうとしたものの、手首の関節の骨を、ゴリ、とやわらかいそれが押しこめてきて肩を跳ねさせた。
「こんにちわ」
「ッ…ぁ、ぇ…と」
「レヴェンデルさんですよね」
黒く艶やかな髪を揺らした女性が自分の視線の遙か下にいる。自分等に声をかけてくる人がいるわけがないと思っていただけに咄嗟に言葉が出てこないでおろおろしていると、女性はくすくすと笑って小首をかしげた。怖い、と思いながらおずおずと彼女を見て、愛想笑いの一つでもできたらと思った時だ。
「ホライゾン・レヴェンデルさん」
「ぅ、ぁ、は、はい」
「ふふふ」
「……」
くすくす、と零れた笑い声は優しい。年のころは近いかもしれないと思いつつつい笑顔を見つめてしまっていた。
「いつも一人で隠れてらっしゃるのはどうしてです?」
「ぅぇっ!?」
「年が近いのかな、と思って見かけていたんですけど」
「そ、そ、それは、えと、あのその、その前にあの、手、手を」
「手?」
「手、手を離してほしい、デス」
「あら…このままでもいいじゃないですか」
「うぅ……」
女性と接触するのはこれが殆ど初めてだ。柔らかさも小ささも何もかもが新鮮すぎて、しかも良い匂いがする。小さな手がずっと手首をやんわり掴んでいて、かと思えば握っている拳を開けと促すような動作で包んでくる。
「あらあら、恥ずかしがりやさんなのはお兄様の仰る通りなんですね」
「あ、兄上が…?」
「お兄様とお話してましたの、そうしたら、弟もどこかにいるので良ければ、と言われて」
「ぅ、ぅ…」
「ほら、手くらい繋ぎましょう?」
「す、すいませ、無、無理です」
「あらあら」
するり、とやっと手が離れていく。ほっとする間もなく彼女も壁に隠れるように体をそっとこちらに寄せてくる。
「ヴァルトルーデです」
「ぁ、ホ、ホライゾン、です」
「緊張なさらないで、とって食べたりしません」
「は、はは…」
のちに兄が伴侶として連れてくる人と、初めて話をしたのが、これだった。
女性と会話する、その内容に一体何を選べばいいのかわからずにただただ彼女が話しかけた言葉に応答するしかない。
会話が得意な分野だという類の者はきっとこんな隅にいる自分より集まりの中央にいる彼ら、彼女らの中にいるだろうにどうしてこの女性が好き好んでここにいるのか、わからない、わけではない。
多分だが、兄上に好意を持っていて、自分にも愛想を振りまいておくとかそういう奴だろうと、過去の経験から察することはできる。兄上も恐らくは露払いみたいな、そういう感覚で自分に挨拶をと言ってるのだろうと。
大概そういう類の人たちは自分の事などはあまり見ていない場合が多かったりするし直ぐに離れていくので彼女もそうだろうな、と思った。手を掴まれたのは初めてだったが。
「ホライゾン様はあちらには混ざらないんです?」
「あ、ぁぁ…と、……」
「苦手だったりします?」
「そ、そう、ですね、苦手、です」
「一緒ですね」
嘘だあと声をあげたい。そんな風には全く見えない…。話をあわせてくれているんだろうなと思いながら恐らく下手くそであろう愛想笑いを浮かべる。
「嘘じゃありませんよ?」
「ッ」
可愛らしい、と思うような声で心臓を掴まれたようだった。思わず息を詰めると彼女はまたくすくすと優しく笑う。
「ふふふ、図星?」
「すっ……いませ、」
「気にしてませんよ」
「で、でも、き、傷つけました……」
「あら…」
もしかすれば他の誰かに言われたことがあるのかもしれないが、そうでなくても、自分の顔に出ていたかもしれない。気にしていないと彼女は言うが、気にしていないと言えるようになるまで沢山言われたことが、自分がしたかもしれない「嘘だ」という表情をされた経験があるのかもしれない。
それは、酷く辛い事だ。なにせ自分が、一番よく知っている。言葉を正直に汲み取られないまま否定されるということは。
「あ、貴女の事を傷つけて、しまったと、思います、ほんとうに、すいません、あの、」
「優しいんですね」
「や、優しくはない、ですから」
「優しいですよ、優しい人、大好きです」
「ぎえっ」
「あらあ、凄い声」
左腕の全てで彼女の柔らかさを実感せざるを得ない状況になっている。少しでも動かしたら、多分、失礼になる。
「あ、あの、う、うう、その、」
「ああ、はいはい」
ふふ、と小さく笑って少しだけ離れてくれる。
「ホライゾン様は女性が苦手なんですね」
「す、す、すいません」
「注意しないと悪い人に捕まっちゃいそう」
「は、はは…が、眼中にも入れて貰えてないと思うのでご心配なく…」
卑下でも謙遜でもなくガチめな自己評価なので言ってて虚しいとは思わないのだが、こうして長く女性と話したこともないのでそろそろ胃が痛い。
「またお話してくださいますか?」
「えっ」
「ね?」
「……え、えと、その、でも、わ、吾輩、あの、……つ、つまらない、ですよ」
「あら」
笑う彼女は小さな手を口元に充ててくすくすと笑う。
「つまらない、と思ったら今ここでまたお話して、なんて言いませんよ」
「……うぅ」
「お世辞でもないですよ?」
ぐぅ、と呻いてしまうと、彼女がまた小さく笑った音が聞こえる。
「それじゃあ、また今度」
「………は、はい、また、こ、今度」
小さく小さく、手を振って去っていく彼女をあっけにとられたように見つめながら、不思議な人だ、とそう思った。
◆ ◆ ◆
ホライゾンさん多分まともに会話が出来る相手ってそうそうない気がする(箱庭時空覗く)
兄上に連れられてこういう場には来るものの、先述した通りなので人脈はおろか友人関係さえ築けない。
ぶっちゃけいうと早く家に帰って小説の続きが読みたい。
(ウグググ…おうち帰りたい)
人がたくさん集まる場所は息が詰まる。あれこれと色々気にしてしまって気が気ではない。早く時間を進ませる力などあったらどれだけ苦ではないんだろうと思ってしまう。異能力系っていいなあ、などと現実逃避をしていた所で手首をやわりとしたものが掴む。反射的に振り払おうとしたものの、手首の関節の骨を、ゴリ、とやわらかいそれが押しこめてきて肩を跳ねさせた。
「こんにちわ」
「ッ…ぁ、ぇ…と」
「レヴェンデルさんですよね」
黒く艶やかな髪を揺らした女性が自分の視線の遙か下にいる。自分等に声をかけてくる人がいるわけがないと思っていただけに咄嗟に言葉が出てこないでおろおろしていると、女性はくすくすと笑って小首をかしげた。怖い、と思いながらおずおずと彼女を見て、愛想笑いの一つでもできたらと思った時だ。
「ホライゾン・レヴェンデルさん」
「ぅ、ぁ、は、はい」
「ふふふ」
「……」
くすくす、と零れた笑い声は優しい。年のころは近いかもしれないと思いつつつい笑顔を見つめてしまっていた。
「いつも一人で隠れてらっしゃるのはどうしてです?」
「ぅぇっ!?」
「年が近いのかな、と思って見かけていたんですけど」
「そ、そ、それは、えと、あのその、その前にあの、手、手を」
「手?」
「手、手を離してほしい、デス」
「あら…このままでもいいじゃないですか」
「うぅ……」
女性と接触するのはこれが殆ど初めてだ。柔らかさも小ささも何もかもが新鮮すぎて、しかも良い匂いがする。小さな手がずっと手首をやんわり掴んでいて、かと思えば握っている拳を開けと促すような動作で包んでくる。
「あらあら、恥ずかしがりやさんなのはお兄様の仰る通りなんですね」
「あ、兄上が…?」
「お兄様とお話してましたの、そうしたら、弟もどこかにいるので良ければ、と言われて」
「ぅ、ぅ…」
「ほら、手くらい繋ぎましょう?」
「す、すいませ、無、無理です」
「あらあら」
するり、とやっと手が離れていく。ほっとする間もなく彼女も壁に隠れるように体をそっとこちらに寄せてくる。
「ヴァルトルーデです」
「ぁ、ホ、ホライゾン、です」
「緊張なさらないで、とって食べたりしません」
「は、はは…」
のちに兄が伴侶として連れてくる人と、初めて話をしたのが、これだった。
女性と会話する、その内容に一体何を選べばいいのかわからずにただただ彼女が話しかけた言葉に応答するしかない。
会話が得意な分野だという類の者はきっとこんな隅にいる自分より集まりの中央にいる彼ら、彼女らの中にいるだろうにどうしてこの女性が好き好んでここにいるのか、わからない、わけではない。
多分だが、兄上に好意を持っていて、自分にも愛想を振りまいておくとかそういう奴だろうと、過去の経験から察することはできる。兄上も恐らくは露払いみたいな、そういう感覚で自分に挨拶をと言ってるのだろうと。
大概そういう類の人たちは自分の事などはあまり見ていない場合が多かったりするし直ぐに離れていくので彼女もそうだろうな、と思った。手を掴まれたのは初めてだったが。
「ホライゾン様はあちらには混ざらないんです?」
「あ、ぁぁ…と、……」
「苦手だったりします?」
「そ、そう、ですね、苦手、です」
「一緒ですね」
嘘だあと声をあげたい。そんな風には全く見えない…。話をあわせてくれているんだろうなと思いながら恐らく下手くそであろう愛想笑いを浮かべる。
「嘘じゃありませんよ?」
「ッ」
可愛らしい、と思うような声で心臓を掴まれたようだった。思わず息を詰めると彼女はまたくすくすと優しく笑う。
「ふふふ、図星?」
「すっ……いませ、」
「気にしてませんよ」
「で、でも、き、傷つけました……」
「あら…」
もしかすれば他の誰かに言われたことがあるのかもしれないが、そうでなくても、自分の顔に出ていたかもしれない。気にしていないと彼女は言うが、気にしていないと言えるようになるまで沢山言われたことが、自分がしたかもしれない「嘘だ」という表情をされた経験があるのかもしれない。
それは、酷く辛い事だ。なにせ自分が、一番よく知っている。言葉を正直に汲み取られないまま否定されるということは。
「あ、貴女の事を傷つけて、しまったと、思います、ほんとうに、すいません、あの、」
「優しいんですね」
「や、優しくはない、ですから」
「優しいですよ、優しい人、大好きです」
「ぎえっ」
「あらあ、凄い声」
左腕の全てで彼女の柔らかさを実感せざるを得ない状況になっている。少しでも動かしたら、多分、失礼になる。
「あ、あの、う、うう、その、」
「ああ、はいはい」
ふふ、と小さく笑って少しだけ離れてくれる。
「ホライゾン様は女性が苦手なんですね」
「す、す、すいません」
「注意しないと悪い人に捕まっちゃいそう」
「は、はは…が、眼中にも入れて貰えてないと思うのでご心配なく…」
卑下でも謙遜でもなくガチめな自己評価なので言ってて虚しいとは思わないのだが、こうして長く女性と話したこともないのでそろそろ胃が痛い。
「またお話してくださいますか?」
「えっ」
「ね?」
「……え、えと、その、でも、わ、吾輩、あの、……つ、つまらない、ですよ」
「あら」
笑う彼女は小さな手を口元に充ててくすくすと笑う。
「つまらない、と思ったら今ここでまたお話して、なんて言いませんよ」
「……うぅ」
「お世辞でもないですよ?」
ぐぅ、と呻いてしまうと、彼女がまた小さく笑った音が聞こえる。
「それじゃあ、また今度」
「………は、はい、また、こ、今度」
小さく小さく、手を振って去っていく彼女をあっけにとられたように見つめながら、不思議な人だ、とそう思った。
◆ ◆ ◆
ホライゾンさん多分まともに会話が出来る相手ってそうそうない気がする(箱庭時空覗く)