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一番の友人である君の大切なものを構いたい

2020/11/23 03:55
リーンハルト×カタシロ(男男)
『何故かとても構われる』のラディエおじいちゃん視点です。
× × × × × × ×

「リーンハルト君」

 黙々と作業台で何かしらの作業を進めているらしいその背中に声をかける。普段はイニャスさんが彼と共に行っている仕事の一つではあるが、今日、イニャスさんはイオさんやシスターアレニエと連れ立ってどこぞに遊びに出かけたらしいことは知っている。
 手を止め、とろりと眠そうな印象を受ける顔がこちらを振り返る。

「今日はお一人で作業ですか、」
「え、あ、ああ」

 少しばかり周囲を視線だけで探った後に彼は、はい、と返事をする。視線がかち合うわけではないが、きちんとこちらに顔を向けて会話をしてくるあたり彼は危うい人物とのやりとりも慣れているように思う。

「休憩に致しませんか?」
「え……?バレトアさん、と、ですか?」

 時間的に見てもそろそろ休息時間であることを把握している。わざわざ声を掛けに来たのもまあ、色々理由はある。
 不思議そうな顔をする青年は、飄々とした印象を与えることが多いのだがこちらに言わせれば、船長に比べてそれはそれは幼い。確かに年相応、それ以上の経験値は感じられてもまだまだ若さがにじみ出る部分もある。まあ、それにしても非常にわかりづらい滲み方であり、情報収集をする部隊の一員としては優秀な若者だろう、という評価は出来る。
 こうして声をかけても決してこちらに己の腹を読み取らせまいとする表情の変え方や、声音も意識するまでもなく身についたやり方なのだろう、と思う。全くカタシロはいい部下を選んでいる。

「僕では不満ですか?……ああ、カタシロの方が心躍りますか?」

 そう、カタシロ。カタシロにかかわりがあるから彼にこうして声をかけるのだ。

「いえ、そのような事」

 へにゃり、と笑って見せるものの、わかりやすい、と思う。わずかにぴくりと動きかけた眉をすぐさま通常通りの位置に戻して見せたことは感心する。本当に細やかだった動揺は、彼をよく観察していないとわからないだろう。

「カタシロは僕と違って高潔ですし綺麗ですものねえ、わかりますよ、心を傾けてしまうのも」

 リーンハルト・アロン、年若い彼は、私の古い友人であったカタシロの事が恋愛感情で、好きなのだ。カタシロはどうも気が付いていないらしいが、見ていれば分かる。僕になら、この青年がカタシロへ心を傾けているその事がよくわかる。
 同じものを見ているのだから当たり前と言えば当たり前のことだが、彼自身は恐らく、何故だと思っている事だろう。

「い、いきましょう!休憩!」

 初めて動揺して見せた声にくすりと笑いが零れてしまう。それも一瞬の事ですぐに落ち着きを取り戻し、机の上に広げていた道具をきちんと道具箱に収め、片付けてから歩き出す青年の背中を見る。ぴんと伸びた背中に若い頃の友人を見るようで目を細めながら後ろをついていき、隣に並ぶ。
 カタシロと自分は背丈が同じだ。もしかしたら数センチ差異はあるかもしれないが、青年に比べて僕は少しばかり背がある。きちんと整えている髪も、つけているピアスもよく見える。なんなら襟首から覗いて見える首筋だって伺う事が出来る。カタシロはいつもまっすぐ前を向いて歩くから青年のこういう細かなパーツは見ないのだろう。こんなに一生懸命彼を慕っている可愛らしい青年なのにつくづくもったいない。
 ふう、と小さくため息をつく表情や遠くを見つめる瞳もカタシロは気にかけたことがないのだろう。

「君が、そうして切なそうにため息をつくとカタシロに僕が怒られる」
「え?」
「いじめてやるな、と怒るんですよ、僕は君と仲良くなりたいのに、ねえ?」

 不思議だと言わんばかりに目を開いて立ち止まった彼の顔をなぞる。若々しい張りがある肌、左目の大きな傷は確か幼少の頃に事故で、とイニャスさんに話していたのを聞いた。
 リーンハルト君に限らず、カタシロの部下に話しかけると彼に怒られるのは事実ではあるが、ことこの若者にだけ関していえば他と訳が違うのも知っている。カタシロは恐らく自分で気が付いていないのだが。

「僕と手を組みませんか?僕ならカタシロの事をよぉく知ってる」

 僕とカタシロの声はよく似ているらしい。イニャスさんや、彼の部下で一番若いだろうコウエン君にもそう言われるのだから間違いはないのだろう。船長も声がよく似ていると笑っていたし。だから僕に話しかけられれば、彼は面白いほど顕著な反応を返してくれる。

「……好きな女の子のタイプもわかるし、ああ、彼の精通した年齢だってしってますよ?」
「いやそれは聞きたくないです!」

 遠慮します、という彼は真面目だろう。真面目というか態度を見るに、カタシロに対して誠実な部下であろうとしている。僕としてはもっと欲に素直になってくれた方が見ていて楽しいのだけれど。彼は欲望を叩き伏せて己を律することが出来る理性的な男なのだろう。カタシロよりもしかしたら大人な一面が多いかもしれない。

「好きな人の事は何でも知りたくなりませんか?僕はそうだ」

 はは、と笑うだけの彼は何も言わない。肯定も否定もしない。

「可哀想に、まだ20代だって言うのに、ねえ、持て余して」
「しょ、処理は適切にしておりますので」
「カタシロで?」

 彼に今まで明確にカタシロが好きだろう、と詰めたことはなかった。案の定というか想像通り、彼はびくっと肩を跳ねさせて動揺を隠しきれないままこちらを見てくる。少し厚い唇が動いて、震えてから閉じる。苛めすぎた、とは思わない。僕は悪くないと思う。

「ちょっと興味がありますね、どんな感じを想像してるんですか?抱きたいんですか?抱かれたいんですか?」
「だあああああ……止めてください!やめてくださいよ!!!」
「教えてくださいよ、そう言わず、友達じゃないですか」
「えええ?!」

 ふっと彼が何かに気が付いたように顔を逸らして、廊下の先を見た。誰が来たかくらいわかっている。足音の主も。
 わざと見せつけるように彼の顎を捉えて唇の端にキスをする。彼からみたらきっと唇同士合わせたように見えるはずだ。リーンハルト君はこういうことには当然慣れているらしく、多少驚きを示したものの抵抗はない。

「ラディエッッ!!!」
「カーターシーロー!遅かったですねえ、」

 廊下の向こうから急いでかけてきたカタシロが間に割って入ってくる。引っぺがすなり部下をその背中に隠すようにするのに笑ってしまう。

「何をした!!」
「えぇ?何をって、……君も大人でしょ?」
「部下に手を出すなと言った!」

 ふふ、と笑うと彼の目が吊り上がるのが面白い。

「手は出してませんよ、あ、ちょっとは出しましたが」
「口も出すな!!!」
「良いじゃないですか、挨拶みたいなものでしょ」
「お前のところの船長とうちの部下は違う!」

 まあ、確かにうちの船長は気さくに人にキスして回るような男だけれど、それでも相手が嫌がるならキスはしないのだから僕とは違うと思うのだが……これは言うとややこしいからやめておこう。

「そんな怒らないでくださいよ、リーンハルト君だって男なんですしキスの一つや二つでガタガタ言うのは君だけですよ。大体にしてキスしただけでしょ、セックスしたわけじゃないんですから」

 本当は君としてみたいと思っているかもしれないのに、と声には出さないが腹のうちで考えながらくすくすと笑いが零れていく。

「キスもセックスもやめろ!」
「君の口からセックスなんて言葉が出るとわくわくしますね」

 幼少の頃は、カタシロはこの手の類の言葉を適齢になっても口にしようとはしない恥じらいがあったように記憶しているが、環境などが彼の口からこんな言葉を出すことに戸惑いを感じさせなくなったのかと思うと非常に面白い。
 そのくせ、部下から寄せられる好意の種類は一緒くたにしているくせに自分が特別その背に隠した若者を大切に思い始めていることに気が付いていない。

「そんな堅物だから……恋人も出来ないまま爺さんになるんですよ?」
「関係ないだろ!」

 彼が恋人も伴侶も持たなかったのは僕が原因だと重々わかっている。でもそれを踏まえてもこの男は融通が利かない。立てた目標が達せられるまでは作る気はなかったのだろうし、そもそも若い頃だったら、僕は彼の伴侶を攫うか何かしただろうなと思う。彼も彼だが、僕も、カタシロの事に関してだけは嫉妬深いので彼が心を傾けた女なり男なりをどうにかしてやらないと気が済まない、といった血の気が多い所があったと思う。カタシロが他の誰かに視線を向けるのが若い頃は許せなかったし。
 それもここにきて彼と会話を交えるようになってからは少しだけ意識が変わったと思う。今は単純に引っ掻き回したいだけだ。何をしていなくてもカタシロが話しかけてくるし、僕が話しかけてもこの男が答えてくれる。対等に。それが心地いいから、どうだっていい。
 それに、リーンハルト君は僕が大好きだからいいんです、と言えばそんなわけないと躍起になる男が可愛いと思う。

「おやあ、そんな躍起になって否定してぇ」
「若者をおちょくるなと何度申し上げたらわかって下さるんだ貴方は!!」
「おちょくってませんよお、僕は……君こそ若者を誑かして可哀想に」

 その背中に隠した青年が、カタシロの何気ない一言、深い意味のない「上司と部下」の関係上での好意の言葉にどれほど心をかき乱されている事だろう、と考えるともう楽しくて仕方がない。カタシロから言葉を引き出すのは簡単だ。彼は結構僕の言う事には思考が単純になる。
 僕がどんどん煽ってやればいい。

「ば、バレトアさん!!」
「僕ならリーンハルト君をずうっと可愛がってあげられますもの、ねえ」

 まずいと思ったのか、カタシロの背中に隠されていた彼が半分身体を出して、僕の言葉を遮ろうとする。しめた、と二の腕を掴んで抱き寄せた体はがっちりしていて、しかし程よく柔らかさもあるので抱き心地はよさそうだなんて思う。僕は結構彼の身体付きはタイプかもしれない。脂肪もつくべき部位にきちんとあるし。

「ちょ、ちょっと、」

 顔をあげようとした彼の頭を胸に押し付けるようにして抱きしめると、面白いくらいカタシロが怒っている。ああ、そんな露骨に嫉妬して。まあ、無意識なんだろうけれど。

「カタシロよりも絶対セックス上手ですし」
「はあ!?」
「は!?ちょっとまっ」

 何かを言おうとしたリーンハルト君を再びきつく抱きしめる。香りにも気を遣っているらしい彼からはきつすぎない香水の香りがしてくる。

「ね、リーンハルト君、僕にしませんか?あんな爺さんよりいいですよ」

 これ見よがしに彼の頭や顔を指でなぞったところで、やっとわなわなとしているだけだったカタシロの腕が伸びて、彼をひったくるようにしてその腕の中に抱きしめてしまう。そんなに大事ならもっとちゃんと自分の心を見てみたらいいのに、と思う。

「俺の部下だ!!馬鹿を言うな!」

 俺の、という言葉に声と一緒に笑いが零れる。随分とまあ、なんとも。

「俺の、部下ですか、ふうーーん、俺の、ですか」
「そうだ、俺の部下だ、好き勝手してもらっては困る」
「でも恋人ってわけじゃないんですから別に僕がリーンハルト君とどうなろうがいいでしょ」
「ダメだ!!!」

 そんなにきつく抱きしめたら彼が苦しくないですかね、と思いながらも黙って見ている事にする。

「なんで?」
「なんででもだ!」
「どうして??」
「うるさいな!」
「はあーーー意地悪爺さんですねえ、更年期です?」
「お前が怒らせてるんだろうが!!とにかくダメだ!俺のだ!!」

 何度も自分のだ、と繰り返し言うカタシロの言葉がやっと頭に入ったのか、リーンハルト君の耳がじんわりと赤くなるのをみて目を細める。それでもカタシロが見ているのは僕の方で、勿体ないなと思う。
 腕の中の若者はすぐ感情を整える事が出来るから恐らくはもうしばらくもしないうちに赤みは引いてしまうだろうに、それを見ることもないままカタシロは必死になってこちらを見る。

「僕にも半分くださいよ、こんなに一途で可愛いんですから昔みたいに、二人でわけっこしましょ?彼も嬉しいと思います」

 昔は彼とよく、果物や菓子を分け合ったなと思う。恋愛的な意味を含んだ単語を使って話していることにこの男は果たして気が付いているだろうか。気が付いてなさそうだ。

「やらん!!!ダメだ!!!俺のなんだからダメだ!」
「つれないですねえー、カタシロォ」

 必死に彼を渡すまいとする彼の腕と、その必死さ、だというのに腕の中の存在に意識を向ける余裕がないことに笑いが止まらずにいる。

「君……だって、勃ちます?彼20代ですよ?相手出来るんですか?二人の方が良いですよ」
「なっ、あっ……」

 そろそろ明確に示してもいいだろう、と言葉を向けると途端に言葉を失ったらしい。ぱくぱくと口を開閉した後、そんなことは、と言葉をつづけようとする。

「大事ですよお?だってやりたい盛りなんですもの、爺さんあいてじゃねえ?抱き続けられますう?爺さんのくせにい……僕は魔術でどうにでも出来ますが」

 絶句し、僅かに震えた唇でいい加減察したろうかと考える。僕が言っている意味を男は理解したのではないか、と思う。耳が赤いし。

「ど、どうしたいかはリーンハルトが決める事だろうが!」
「そぉですけどねぇ」

 答えに詰まって、そうしてやっと返された言葉に笑ってしまう。ああ、そうなんですね、君は彼の意思なら尊重するわけだ、年上だからとか、上司だから、なんてつまらない理由は作らず、一対一で、彼の気持ちを尊重出来るわけだ、と笑ってしまう。声には出さない。無理やり僕がだしてやるより、当人同士で探り合ってる方が面白い。僕は高みの見物だ。
 ああ、この青年は一体どんな気持ちで彼の腕の中にいるんだろうか。

× × × × × × ×
完全に無茶苦茶楽しんでるだけのじいちゃん

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